1.はじめに
本書は、コンテナというものを発明して、それが世界の物流を根本から変えたという内容です。原著の副題にも、”How the Shipping Container Made the World Smaller and the World Economy Bigger”とあり、発明したマルコム・マクリーン氏を中心に、「箱」が世界経済をどう変えたのかを理解できる物語になっています。
今となっては、以下に引用したような貿易統計等のニュースで映像表示されるコンテナ船や、高速道路を走るトラックで引かれているコンテナなど、何度も目にしたことがあり、映像として頭に思い浮かべることができると思います。
いつもの本の紹介では、印象に残った部分を引用して紹介しています。
しかしながら、本書は物語のため、決まったキーワードががあるわけでなく、本書を読んで感じたことを書き連ねていきたいと思います。
2.内容
(1)デファクト・スタンダード
いわゆる、「事実上の標準」のことです。
世の中になかったものを作りだすに当たっては、前例がないため、当然ながら標準のサイズや仕様というものはありません。
しかしながら、似て非なるものが乱立すると、作業方法やスペースなどが統一されず、互換性もなく量産もできないため、メーカー側・ユーザ側双方にとってメリットが少なくなります。
そこで、基本的には、自らが新たに開発した仕様を「世の中標準」に仕立て上げる企業が勝ち残ります。
コンテナも同じで、サイズはもちろんのこと、クレーンで吊り上げるために必要な穴の位置だったり、固定させる方式だったりも決まっています。
当初は一国のデファクト・スタンダードとしてスタートしたものも、国際物流としてどの国のどの港の施設でも同じように作業ができるようにならないと作業効率が上がらなくなるため、今では国際規格(ISO)が定められています。
異なる鉄道会社が相互乗り入れとして直通運転して便利になっているのも、軌道の幅が統一されているからであって、幅が異なる路線同士だと電車が走れるはずはありません。(そのため銀座線と東急は直通運転できません)
秦の始皇帝も、中統合前の国ごとに異なっていた馬車の車輪幅(いわゆる轍)を統一して交通を便利にした考えと全く同じです。
(2)既得権益
新たなモノ・サービスが登場し、世の中の人が便利だね、と思っても、だからといって一瞬で入れ替わることはほとんどありません。
当然ながら、旧来の製造設備しか持っていない人、それで飯を食っている人、使い方に慣れている人、様々な「現に困っていない」人が関わっています。
本書でも、労働組合の抵抗だったり、統一前のものを使い続ける人が描かれています。
いわゆる、変化を嫌う「抵抗勢力」は必ず登場します。
例えば、自身が担当している業務だと、紙の書類を電子決裁化(ワークフロー化)するときのことが挙げられます。
コロナ2019が蔓延し、出社が当たり前でなくなった今、社内外との連絡を紙でやり取りすると、どうしても目の前の現物があって、ハンコを押して、という仕事の仕方はボトルネックになります。そこで、電子的に書類回覧ができれば、出社しなくても郵送しなくても業務が回るようになります。
しかしながら、そこに「タイムスタンプ」という壁が立ちはだかります。紙の時代では、誰がいつハンコを押したのかは記録が残らないので、後で見て辻褄があった書類が残っていればいいのですが、電子決裁になると、押印時刻が一目瞭然になります。従来も、手続き前に決裁されていることが前提なのは当たり前ですが、なぜか「手続き前に電子決裁ができない」という意見が頻出します。
また、「一度決裁した内容が訂正できない」ということも多く声が出ます。従来は、間違いがあれば事後に訂正印を押すか、書類そのものを差し替えていたということです。
どうしても今までのやり方に慣れきっていると、本来の使われ方ではない形で流布していることもあり、「何で変えるのか?今まで通りではいけないのか?」という声と対峙していく必要があります。
また、あからさまに抵抗せずとも、「まずはお手並み拝見」という様子見ムードの人も出てきます。その人たちにうまく賛同者側に立ってもらう努力も必要になります。
(3)選択と集中
さまざまな周辺インフラを整えていくのには、当然ながらコストも人手もかかります。
コンテナの話で行けば、大型クレーン船が停泊できる岸壁、積み下ろしできるクレーン等の設備、クレーンを置ける広大な用地、運び出すための鉄道網等が必要で、それまでに存在するすべての港がその基準を満たせるわけではありません。
そこで、予算を勘案しながら、どの港を重点的に整備するかの検討が必要になり、競争に敗れたエリアでは職を失う人が出てきます。
自身の業務でも、似たような機能を持った既存のシステムが乱立し、それぞれに顧客名を保持したり、同じ数値を二重三重に打ち込んだり、という無駄が発生しています。
そこで、すべての業務を維持するには限界があり、システムの統合や一部の非効率・非主流なシステムを廃止したり、業務を標準化する決断も迫られます。その際には、どう代替手段を講じるか、既存システムからのデータ移行はどうするのか、といった課題をクリアしていく必要があります。
(4)全体最適
物流に関していえば、単に船でコンテナを運搬することの最適化だけ考えればよいわけではなく、鉄道やトラックでの運送を含めた、「コンテナリゼーション」としてシームレスなサービスとしての全体最適を検討していく必要があります。
上述の(3)の課題解決の際、一部の声の大きな人の要望を取れ入れると、メインの使い方をする大半の業務運営にとっては、かえって面倒な手続きが増えた、につながることがあります。
また、一つ一つの要望を細かく拾うと、満足度の高いものが出来上がるとは思いますが、個別に対応していくにはリリースに時間がかかりますし、もちろん特別仕様を多く盛り込むことでコストもかかります。さらには、その後の改修や運営変更の際に、特殊な方式にどう対応するかがネックになることがあり、将来運営を含めたトータルのオールインコストにも跳ね返ってきます。
(5)レガシーシステム
新たなサービスを展開していく際には、既存インフラはどうするのか、ということにも直面します。
海上輸送の世界では、船そのものが課題になります。もちろん、コンテナが登場する前は、コンテナを運搬することを目的に船体設計しているわけではないので、コンテナ運搬に最適な形状にはなっていません。既存の船を一部改修しながら使うこともあり、そうすると、基幹部分では旧来の性能に依存することになります。
じゃあ新たに船を造ればいいじゃないか、となるのですが、一隻建造するのに莫大なコストも時間もかかるので、失敗できない投資案件扱いとして簡単な話ではなくなります。
現状の業務運営を継続しつつ、既存の基幹インフラを刷新するのは、本当に容易ではありません。基幹だからこそ、その維持・運営に、既に多くの資源を投入しています。基幹部分を変えるとなると、既存運営のことを熟知している人をアサインする必要があり、適任者は限られます。また、プロジェクト期間も長くなるので、人繰り・資金繰りは相当きつくなります。
それでも、新たな技術や考えが出てきたり、耐用年数やシステムの寿命を迎えたりするので、ずっと維持することもできず、やるときはやらないといけません。
3.教訓
本書は物流をテーマにした本ですが、以上に記載したように、メーカーやサービス、ITといった、さまざまな産業においても、考え方そのものに応用が利く内容です。
あの「ビル・ゲイツ氏も推薦」している本です。
Windowsという基盤となるOSを整え、そのうえで動くOfficeというアプリを開発し、業界標準をリードするMicrosoft創業者が推薦するのも、読めば理解することのできる良書でした。