仕事に役立つ本のご紹介~100冊目指して~

40代のサラリーマン課長がビジネスに役に立った本、買って読む価値のあるおすすめの本について紹介するページです

エッセンシャル思考 グレッグ・マキューン著


 

1.はじめに

以前から気になっていた本です。

最近、同じ著者で「エフォートレス思考」が出版され、大きめの書店では2冊並べて平積みされているところもよく見かけます。

まずは、こちらから読み、印象に残った点を書き抜きします。

 

2.内容

(1)エッセンシャル思考とは何か

エッセンシャル思考を身に付けるためには、これら3つの嘘を捨て、3つの真実に置き換えなくてはならない。

  1. 「やらなくては」ではなく「やると決める」。
  2. 「どれも大事」ではなく「大事なものはめったにない」。
  3. 「全部できる」ではなく「何でもできるが、全部はやらない」。
①エッセンシャル思考と非エッセンシャル思考
  • 「何もかもやらなくては」という考え方をやめて、断ることを覚えたとき、本当に重要な仕事をやり遂げることが可能になる。エッセンシャル思考とは、まさに「より少なく、しかしより早く」を追求する生き方だ。
  • エッセンシャル思考は、より多くのことをやり遂げる技術ではない。正しいことをやり遂げる技術だ。もちろん、少なければいいというものでもない。自分の時間とエネルギーを最も効果的に配分し、重要な仕事で最大の成果を上げるのが、エッセンシャル思考の狙いである。
  • 多くの優秀な人びとが、自分にとって大事なことを見分けられなくなっている。理由の一つは、断ることを極端に嫌う世の中の風潮だ。何でも引き受けるのがいいことで、断るのは悪いことのように思われている。こうした風潮のせいで、優秀な人は「成功のパラドックス」に陥ることになる。
  1. 目標をしっかり見定め、成功へと一直線に進んでいく
  2. 成功した結果、「頼れる人」という評判を得る。「あの人に任せておけば大丈夫」と言われ、どんどん多様な仕事を振られるようになる。
  3. やることが増えすぎて、時間とエネルギーがどんどん拡散されていく。疲れるばかりですべてが中途半端になる。
  4. 本当にやるべきことができなくなる。成功したせいで、自分を成功に導いてくれた方向性を見失ってしまう。
  • 「全部手に入れよう、全部やろう」とするうちに、私たちは知らず知らず何かを失っている。自分の時間とエネルギーをどこに注ぐか決められずにいるうちに、誰かが私たちのやるべきことを決めてしまう。そうして思考停止に陥り、自分にとて何が大事なのかわからなくなる。自分で選べない人は、他人の言いなりになるしかない
  • 人生も仕事も、クローゼットと同じ。必要なものと不要なものを区別できなければ、どうでもいいことで埋め尽くされてしまう。捨てる仕組みを作らない限り、やることは際限なく積みあがっていくばかりだ。
②選択-選ぶ力を取り戻す
  • エッセンシャル思考の最初の一歩は、「選ぶ」ことを選ぶこと。自分自身の選択を取り戻したとき、始めてエッセンシャル思考は可能になる。
  • 選ぶことを忘れた人は、無力感にとらわれる。だんだん自分の意思が無くなり、他人の選択を黙々と実行するだけになる。せっかくの選ぶ力を、すっかり手放してしまう。
  • エッセンシャル思考の人は、選ぶ力を無駄にしない。その価値を理解し、大切に実行する。選ぶ権利を手放すことは、他人に自分の人生を決めさせることだと知っているからだ。
③ノイズー大多数のものは無価値である
  • 努力は大切だ。だが、努力の量が成果に比例するとは限らない。がむしゃらに頑張るよりも、「より少なく、しかしより良く」努力した方がいい。
  • 努力の量を増やしても、いつか限界がやってくる。それ以上努力しても成果が増えないどころか、逆に成果が減ってしまう。「努力した分だけ報われる」というのは、ただの幻想だ。残念ながら、世の中はそこまで単純ではない。
  • エッセンシャル思考の人は、たっぷりと時間をかけて選択肢を検討する。やるべきことを正しく選べば、その見返りはとてつもなく大きいことを知っているからだ。エッセンシャル思考の人は、多くをやらなくて済むように、多くを吟味する
トレードオフー何かを選ぶことは何かを捨てること
  • 何かにYESということは、その他すべてにNOと言うこと。何かを選ぶことは、何かを捨てること。この現実を受け入れられない人は、中途半端に片足ずつ突っ込んで、あれもこれも失うことになる。
  • 非エッセンシャル思考の人は、トレードオフが必要な状況で「どうすれば両方できるか?」と考える。だがエッセンシャル思考の人は、「どの問題を引き受けるか?」を考える。エッセンシャル思考の人は、自らトレードオフを選び取る。誰かに決められる前に、自分で決める
  • エッセンシャル思考の人は、トレードオフを当たり前の現実として受け入れている。「何をあきらめなくてはならないか?」と問う代わりに、「何に全力を注ごうか?」と考える。小さな違いだが、積み重なると人生に大きな差がついてくる。

(2)見極める技術

立ち止まる時間こそが生産性を高める特効薬だ。立ち止まる時間は無駄な寄り道ではなく、前に進むための最短コースを教えてくれる。エッセンシャル思考の人は、なるべく時間をかけて調査・検討し、意見を交わし、じっくりと考える。そうすることで初めて、本当に重要なものを見極めることが可能になる。

①孤独ー考えるためのスペースをつくる
  • 忙しすぎて考える時間も無いなら、それは仕事が多すぎる。シンプルな理屈だ。多数の瑣末なことの中から少数の重要なことを見分けるためには、誰にも邪魔されない時間が不可欠だ。ただし、この忙しい世の中で、そんな余裕が自然に生まれるわけがない。あえて時間を取らなければ、誰も考える余裕など与えてくれない
  • 自分の力を最大限に発揮するためには、誰にも邪魔されない環境が必要だ。1日に2時間でも、1年に2週間でも、あるいは毎朝5分でもいい。忙しい日常から離れ、自分だけでいられる時間を確保しよう。
②洞察ー情報の本質をつかみとる
  • エッセンシャル思考の人は、目と耳がいい。すべてに注意を向けることが不可能だと知っているので、話の空白を聞き、行間を読む。
  • 非エッセンシャル思考の人は、耳を傾けてはいるけど、いつも何かを言う準備をしている。無関係な細部に気を取られ、瑣末な情報にこだわってしまう。声の大きい意見は聞こえるが、その意味を取り違える。自分がコメントすることばかり考えていて、話の本質がつかめない。
③睡眠ー1時間の眠りが数時間分の成果を生む
  • 私たちの最大の資産は、自分自身だ。自分への投資を怠り、心と体をないがしろにすると、価値を生み出すための元手がなくなってしまう。自分という資産を守らなければ、世の中のために働くこともできない。ところが現実には、優秀な人たちはどんどん自分を壊している。その最大の原因は睡眠不足である。
  • 多数のどうでもいい(あるいは普通に良い)選択肢の中から、本当に重要なことを見分けるためには、優先順位をつけることが不可欠だ。本当に重要なことはめったにない。ほとんどはただのゴミだ。睡眠不足が困るのは、そこを見極める能力が落ちて、優先順位が付けられなくなるからである。
④選抜ーもっとも厳しい基準で決める
  • 「この服が本当に大好きか?」という基準に変えると、中途半端な服が消えるので、もっといい服を入れるスペースが生まれる。同じことは、あらゆる決断に当てはまる。どうでもいいことを捨てられずにいると、本当に重要なことをする余裕がなくなってしまう
  • 非エッセンシャル思考の人はいつも、消極的な基準で物事を選んでいる。「上司に言われたからやる」「誰かに頼まれたからやる」「みんながやっているからやる」という基準だ。
  • 明確で厳しい基準があれば、誰でも不要な選択肢をシステマティックに却下し、重要な選択肢を選びとることが可能になる。

(3)捨てる技術

捨てるべきものを問うとき、自分の優先事項がはっきりと見えてくる。自分の本当の使命が明らかになり、個人だけでなく組織全体のために最高の仕事ができるようになる。仕事や人生の決定打となるブレイクスルーは、不要なものを切り捨てることから始まる。

①目標ー最終形を明確にする
  • 目標は具体的でわかりやすい言い方を選んだ方がいい。どれくらい具体的かというと、次の質問に答えられるくらいだ。「達成をどうやって判定するのか?
②拒否ー断固として上手に断る
  • 急に決断を迫られたとき、その場で正しく本質を選ぶのは難しい。自分にとって本当に重要なことを明確にしない限り、私たちは葛藤に対して無力なままだ。次々とやってくるタフな選択から私たちを守ってくれるのは、「自分にとって本当に重要なのはこれだ」という確信である。
  • あらゆる依頼を断れと言っているわけではない。本当に重要なことをやるために、本質的でない依頼を断るのだ。肝心なのは、絶対にやるべきこと以外のすべてに対して、上手にノーと言うことである。
  • どんな判断をするときも、機会コストを忘れてはならない。「もしこれを選んだら、別のもっと価値あることができなくなる」ということだ。全部やってみよう、という非エッセンシャル思考の罠にはまってはいけない。すべてをやることは不可能。失うものを冷静に計算し、納得できる答えを出そう。
  • うまく依頼を断ることは、「自分の時間を安売りしない」というメッセージになる。これはプロフェッショナルの証だ。エッセンシャル思考の人は、みんなにいい顔をしようとしない。時には相手の機嫌を損ねても、きちんと上手にNOを言う。長期的に見れば、好印象よりも敬意のほうが大切だと知っている。
  • エッセンシャル思考の生き方は、NOを言い続ける生活だ。だから、上手な断り方を何種類も身に付けておいた方がいい。以下に8つの例を紹介する。(プレジデントオンラインからのリンク)

president.jp

③キャンセルー過去の損失を切り捨てる
  • すでにお金や時間を支払ってしまったという理由だけで、損な取引に手を出し続ける「サンクコストバイアス」という心理傾向がある。「ここでやめたら今までの投資が無駄になる」と思うあまりに、望みのない投資を重ねてしまう。エッセンシャル思考では、「もしまだ1円も払っていないとしたら、この企画に投資するだろうか?」と考える。
  • 自分の失敗を認めたとき、初めて失敗は過去のものになる。失敗した事実を否定する人は、決してそこから抜け出せない。失敗を認めるのは恥ずかしいことではない。失敗を認めるということは、自分が以前よりも賢くなったことを意味する
  • 何かをやめるときに、いまやっていることを試験的にやめてみて、不都合があるか確かめる「逆プロトタイプ」いう方法がある。試しに、その行動をやめるか簡素化してみよう。しばらく様子を見て、誰も困らないようならやめてしまった方がいい。
④編集ー余剰を削り、本質を取り出す
  • 決断の本質は、選択肢を減らすことにある。余分な選択肢を断ち切れば、すんなりと決断できる。かなり魅力的な選択肢だとしても、混乱のもとになるものはすべて取り除いた方がいい。
  • 凝縮の目的は一度に多くをやることではない。無駄を減らすことだ。より少ない努力で大きな成果を出す。つまり人生を凝縮するということは、結果に対する行動の比率を減らすということだ。そのためには、いくつもの無意味な行動をやめて、重要な行動ひとつに置き換えればいい。
  • 何でも手術するのが名医というわけではないのと同じで、すぐれた編集者は自分を抑制し、本当に必要なときにしか手を出さない。抑制すべきところを知っておくと、人生はもっとうまくいく。反射的に手を出すのをやめて、何もしないことを選ぶ。
⑤線引きー境界を決めると自由になれる
  • 一度でも例外を許したら、その後は例外だらけになってしまう。仕事の線引きは砂の壁のようなもので、一か所が崩れると、他も一気に崩壊してしまう。
  • 境界線を引くのが簡単だというつもりはない。出世の妨げになるかもしれないし、仕事を失うことも考えられる。自分の領域を守るには、ときに大きな代価が必要。だからといって、境界線を放棄してしまったら、もっと大きな代償を払うことになる。人生でもっとも大事なものを選べなくなる。
  • 自分で線を引かなければ、自分の領域は守れない。あるいは誰かが勝手に、もっとも望ましくない形で線を引いてしまうかもしれない。自分の境界を定めなければ、他人の侵入を受けてどんどん居場所がなくなっていく。明確な境界線を引くことで、自分の領域を好きなだけ使えるようになる

(4)しくみ化の技術

非エッセンシャル思考の人は、努力と根性でやりとげようする。だが、エッセンシャル思考の人は、なるべく努力や根性がいらないように、自動的にうまくいくしくみを作る。つまり、いったんやるべきことを決めたら、それを無意識に実行しておくようにしておく。

①バッファー最悪の事態を想定する
  • 確実に言えることは、世の中に確実なことなどないということだけ。だから、何が起こっても慌てないように、あらかじめ備えておいたほうがいい。常にバッファを取っておく。
  • 理由はどうあれ、私たちは何をするのにも、当初の想定より遅れる傾向がある。この状態から抜け出す方法は、自分が見積もった時間を常に1.5倍に増やして締切を設定する。思ったより早くできたときには(そんなことはめったにないが)余った時間がごほうびのように感じられる。
②削減ー仕事を減らし、成果を増やす
  • エッセンシャル思考の人は目の前の症状に惑わされず、どこが本当の問題なのかを見極めようとする。何が妨げになっているのかを特定し、最も効果的に処理する。非エッセンシャル思考の人は応急処置でつぎはぎだらけになっていくが、エッセンシャル思考の人は本当に必要なところに一度だけメスを入れる
  • ボトルネックを取り除くために、「完璧じゃないとダメだ」という考えを捨てて、「完璧を目指すより終わらせることが大事」と考えよう。完成度よりもスピードを重視する。
③前進ー小さな一歩を積み重ねる
  • エッセンシャル思考の人はもっと現実的だ。何でもいっぺんにやろうとせず、小さな成功を積み重ねる。見た目だけ派手なプレイに酔いしれるのではなく、本当に大切なところで着実に点を取りに行く
  • 小さく始めて、日々の小さな進捗を評価する。それを何度も何度も繰り返す。最初から壮大な目標を立てるより、そのほうがずっと遠くまで行ける。小さな達成を繰り返せば、目標までの道のりは楽しく、満足感に満ちたものとなる。
④習慣ー本質的な行動を無意識化する
  • 習慣は妨害に打ち克つための最強の武器だ。習慣がなければ、数知れぬ誘惑に勝つことは難しい。だが本質的な目標に向かう行動を習慣づけてしまえば、無意識のうちに目標を達成できる。いちいち難しい判断をする必要はないし、誘惑から目を背けるためにエネルギーを使う必要もない。習慣をつくる段階で少しだけ努力すれば、あとは勝手にうまくいく
  • 習慣を変えるのは、それほど簡単なことではない。長年の癖は脳の奥まで染み込んでいるし、強い感情と結びついている。一瞬にして変わるほど単純な話ではない。どんなスキルも新しく身につけるには時間がかかる。それでも練習を続ければ、やがて体がそれを覚え込み、一生もののスキルになってくれる。習慣についても同じ。
⑤集中ー「今、何が重要か」を考える
  • 単に「負ける」というのは、自分に負けること。集中力を失い、本質を見失ったときに負けるのだ。最高の力を発揮するためには、「今、この瞬間」だけを意識しなくてはならない。
  • 問題は、人は一度にひとつのことにしか「集中」できないということ。複数のことをやるのはかまわない。しかし集中の対象がどれなのかははっきりさせておく必要がある。エッセンシャル思考の敵はマルチタスクではなく、焦点を複数に合わせようとする、マルチフォーカスだ。
  • やることが多すぎて何から手を付けていいかわからなくなったら、まずは考えるのをやめて深呼吸をすることだ。心を落ち着けて、今この瞬間に何が重要かを考えよう。明日のことや1時間後のことは忘れていい。今だけを見る
⑥未来ーエッセンシャル思考を生きる
  • 人生はあまりに短い。それは悲しむよりも、むしろ喜ぶべきことに思える。短い人生だからこそ、勇気を出して冒険できる。間違いを恐れずに済む。限られた時間の使い方を、よりいっそう厳密に選ぼうと思える。
  • エッセンシャル思考を生きることは、後悔なく生きることだ。本当に大切なことを見極め、そこに最大限の時間とエネルギーを注げば、後悔の入り込む余地は無くなる。自分の選択を心から誇りに思える。
  • 「本当に重要なのは何か?」それ以外のことは、全部捨てていい。

3.教訓

今まで読んだ本の中でも、かなり個人を尊重した考え方の内容でした。

日本企業の職場でこれをそのまま実践できるのは、ごく一部の限られた優秀な人で、周りからもその人が優秀ゆえに本当に忙しいことを知られている人だけだと思います。

そうでもない、新入社員や異動したての人が、いきなり「それって意味あります?」と発したら、その職場はかなり険悪な雰囲気になるものと推察されます。

また、「忙しそうに見えるのは、まだそのタスクに対する経験や業務知識が追い付いていないだけ。それなのに偉そうにして。」と陰で思われるだけのリスクもあります。

一方で、時間が有限で、すべてのことに100点満点で対応できないのも事実です。自身も、色んな人に声を掛けられ、「一緒にミーティングに出てください」と言われ、1日はしごしているという日もあり、そういう日は自分自身の手を動かす余裕は実際のところ無くなります。

しかしながら、HIGH OUTPUT MANAGEMENTでは、「ミーティングこそマネジャーとして活動する機会を提供している」とも記載されていて、実際にミーティングの場で他の出席者の意見を聞き、判断したり方向性を示したりすることも、マネージャーの責務です。

すべてに全力投球するのは無理という前提で、何が重要か、他の人に任せられるかのトレードオフを意識するという考え方は積極的に取り入れたいと考えています。

bookreviews.hatenadiary.com

 

 

銃・病原菌・鉄(上) ジャレド・ダイアモンド著


 

1.はじめに

通常、学校で学ぶ世界史は、何年にどこで何が起こったのかを、時系列で同一年代で地域比較をしながら、事実を学んでいきます。

しかし、本書では、なぜそれがそのように起こったのか、なぜ人類社会の歴史はそれぞれの大陸によってこうも異なる経路をたどって発展したのか、その逆の展開は無かったのかについて考察しており、単に世界史だけでなく、生物学や文化人類学を含め総合的に学べる内容となっています。

本来、上巻では第3部が1章分だけ収蔵されていますが、ここでは第2部までのレビューとし、第3部以降は下巻の紹介時にまとめて記載します。

2.内容

(1)勝者と敗者をめぐる謎

①平和の民と戦う民の分かれ道
  • 人口密度が低いところや、小さな環礁地帯のように総人口が少ないところ、そして総人口も少なく密度も低いところでは、経済面での変化はあまり起こっていない。そうした社会の人びとは、家族単位で自給自足の生活を送っており、社会的な分業はほとんど見られない。分業化は、より大きくかつ人口の稠密な島で進展し、世襲の職人制が維持されてきた。
  • ポリネシアは経済や社会、そして政治において非常に多様である。この多様性は、それらの島々の総人口や人口密度が島によって異なっていることに関係している。それらの島々の人口面での差異は、広さや地形、そして他の島々からの隔絶度が島によって異なるためである。そしてこれらの差異は、島民の生活形態の違いや食料の集約生産の方法の違いに関係している。
②スペイン人とインカ帝国の衝突
  • 世界史では、いくつかのポイントにおいて、疫病に免疫のある人たちが免疫のない人たちに病気をうつしたことが、その後の歴史の流れを決定的に変えてしまっている天然痘をはじめとして、インフルエンザ、チフス、腺ペスト、その他の伝染病によって、ヨーロッパ人が侵略した先住民の多くが死んでいる。
  • 集権的な政治機構と航海技術は、ヨーロッパ人が他の大陸に進出するための不可欠な要件だった。スペイン人がペルーにやってくることができた要因の一つは、インカ帝国になかった文字を彼らが持っていたことである。情報は記述されることによって、口承よりもはるかに広範囲に、はるかに正確に、より詳細に伝えられる
  • 要するに、読み書きのできたスペイン側は、人間の行動や歴史について膨大な知識を継承していた。それとは対照的に、読み書きのできなかったインカ帝国側は、スペイン人に関する知識を持ち合わせていなかったし、海外からの侵略者にについての経験も持ち合わせていなかった。それまでの人類の歴史で、どこかの民族がどこかの土地で同じような脅威にさらされたことについて聞いたこともなければ読んだこともなかった。
  • スペイン側を成功に導いた直接の要因は、銃器・鉄製の武器、そして騎馬などに基づく軍事技術、ユーラシアの風土病・伝染病に対する免疫、ヨーロッパの航海技術、ヨーロッパ国家の集権的な政治機構、そして文字を持っていたことである。本書のタイトルの『銃・病原菌・鉄』は、ヨーロッパ人が他の大陸を征服できた直接の要因を凝縮して表現したものである。

(2)食糧生産にまつわる謎

①食糧生産と征服戦争
  • 農耕民は土地を耕し家畜を育てることによって、1エーカーあたり、狩猟採集民のほぼ10倍から100倍の人口を養うことができる。この数字は、食料を自分で生産できる人びとは、当初から狩猟採集民よりも人数面において軍事的に優位にあったことを示している。
  • 馬は、第一次世界大戦においてトラックや戦車が使われるようになるまで、敵を襲撃するための乗り物であり続けた。馬あるいはラクダを家畜化し、その利用方法を編み出した人びとは、そうしなかった人びとに比べて軍事的にはるかに有利な立場にあった。
  • 植物栽培と家畜飼育の結果として生まれる余剰食糧の存在、また地域によってはそれを運べる存在が、定住的で集権的であり、社会的に階層化された複雑な経済的構造を有する技術革新的な社会の誕生の前提条件だった。したがって、栽培できる植物や飼育できる家畜を手に入れることができたことが、帝国という政治形態がユーラシア大陸で最初に出現したことの根本的な要因である。
②持てるものと持たざるものとの歴史
  • 食糧生産を他の地域に先んじてはじめた人びとは、他の地域の人たちより一歩先に銃器や鉄鋼製造の技術を発展させ、各種疫病に対する免疫を発達させる過程を歩みだしたのであり、この一歩の差が持てるものと持たざるものを誕生させ、その後の歴史における両者間の絶えざる衝突につながっている
③農耕を始めた人と始めなかった人
  • 狩猟採集生活と食糧生産生活は、二者択一的に選ばれたわけではなく、食料獲得戦略の一つとして、いくつかの生活様式の中から選ばれた。食料採集と食糧生産が併存する生活は、食料採集だけの生活や食糧生産だけの生活と優劣を競い合う関係にあった。
  • 狩猟採集から食糧生産に移行した要因は、入手可能な自然資源が徐々に減少したこと、狩猟採集が難しくなったときに栽培可能な野生種が増えたこと、食糧生産の技術(刈入・加工・貯蔵)が次第に発達したこと、人口密度が上昇するにつれてそれに見合う食料を確保する手段として食糧生産が加速したことである。
  • 最後の要因は、食糧生産者は狩猟採集民より数の上で圧倒的に多かったため、それを武器に狩猟採集民を追い払ったり殺すことができた(技術的により発達し、各種疫病への免疫を持ち、職業軍人を有していたことが、彼らに有利に働いたことはいうまでもない)。ちなみに土着の狩猟採集民が食糧生産の方法をよそから習得して農耕民になった地域では、農耕民にならずにいた人たちが、出生数で農耕民に圧倒されている。
④毒のないアーモンドのつくり方
  • 食物を最初に作り始めた狩猟採集民は、果実ができるだけ大きく、味に苦みがなく、油分が多く、繊維質が長いといった実際に自分が検証できる特性に着目した。そして、それを基準に野生種の中から選抜し、好ましい特性に優れている個体を何世代か繰り返し収穫し続けることで、意識しないままにその植物の分布を助けるとともに、野生種を栽培種に変化させてきた。
  • 小麦や大麦は、穂先に実り、自然にまき散らされ、地面に落ちて発芽する。しかし、突然変異を起こした個体は、穂先の実をまき散らさない。野生の状態では、このような個体の種子は、穂先で宙ぶらりになったまま死に絶えるので、子孫を伝えたい植物にとっては致命的である。ところが、穂先からまき散らされない実ほど、人間が採集するのに好都合なものはない。
  • こうして収穫に好都合な突然変異を起こした個体の実を幾世代にもわたって栽培し続けることで、人間は自然淘汰のベクトルを完全に反転させてしまったーそれまで種の存続に必要とされた遺伝子が死を招くものとなり、死を招くものが存続の遺伝子となった
⑤リンゴのせいか、インディアンのせいか
  • 最初に農耕をはじめた人たちが自分たちの生活環境に自生している野生種についてよく知っており、その知識を生活に役立てていたことを示している。彼らは、現代のもっとも博学な植物学者よりも詳しい知識を自分たちの周囲に生えている植物について持ち合わせていた。
  • 現実には、何百もの競合する社会が存在する大陸などの地理的に広大な範囲を見た場合、新しいものの受け容れに対してより寛大な社会と、それに抵抗を示す社会が混在している。それゆえ、新しい作物や家畜、技術を取り入れることによってより強力となり、取り入れに抵抗を示す社会の人びとを数で凌駕し、追放し、征服し、あるいは抹殺してしまうことも可能となった。
  • 栽培化可能な野生種の分布状況は地域によって異なり、それに呼応して自然発生的に食料生産がはじまった年代も地域によって異なり、農耕に適した肥沃な地域のなかには近代になるまで食料生産が独自に始まらなかった地域もありえた。
  • ヨーロッパ人がアメリカ大陸に入植してくる以前に、アメリカ先住民が北米原産のリンゴを栽培化できなかった原因は、先住民の側にあったわけでもなければ、野生リンゴの側にあったわけでもない。北米では、生物相全体において栽培化や家畜化が可能な動植物の種類が限られていたことが、食料生産の開始を歴史的に遅らせてしまった。
⑥なぜシマウマは家畜にならなかったのか
  • 家畜は、肉や乳製品といった食料を提供してくれるし、農業に必要な肥料や、陸上での輸送運搬手段、物作りに使える皮類、軍事的な動力なども提供してくれる。また、農耕動物として働き、鋤を引いてくれるし、織物のための毛も提供してくれる。さらに、さまざまな最近に対する免疫を人びとに植え付け、それらの最近に全くさらされたことのない人びとの命を奪ってくれる。大型哺乳類の家畜は、こうした重要な役割を果たしてくれるがゆえに、それを保有する人間社会にとって特に重要なのである。
  • 少数を除いて、餌の問題、成長速度の問題、繁殖の問題、気性の問題、パニックになりやすい性格の問題、序列制のある集団を形成しない問題などがあって人間が家畜化できない。野生哺乳類のうち、ほんのわずかの動物だけがこうした問題をすべてクリアでき、家畜と人間といい関係を持つに至った
  • ユーラシア大陸に家畜化可能な大型の草食性哺乳類が多数生息していたのは、哺乳類の地理的分布、進化、そして生態系という3つの基本的要素がそろって存在していた結果である。
⑦大地の広がる方向と住民の運命
  • 植物の発芽や成長、病気に対する抵抗力も、自生地の気候にうまく適用している。季節ごとに変化する日照時間や気温、そして降雨量は、植物に発芽のタイミングを教え、苗木の成長を促し、開花や成熟のタイミングを知らせる自然のシグナルである。植物は自然淘汰の過程を通じて、生存環境の気候に適した反応を示すように遺伝子がプログラムされている。そして、その生存環境の気候的要因は、その場所がどの緯度に位置するかによって決まるものが多い
  • 肥沃な三日月地帯の農業が西はアイルランドから東はインダス渓谷にわたる温帯地域に急速に伝播できたのは、ユーラシア大陸が東西方向に広がりを持つ陸地だったからである。
  • 大陸が東西に広がっていること、あるいは南北に広がっていることは、農業の伝播のみならず、技術や発明の広がっていく速度にも影響を及ぼした。初期のユーラシアの農民が、他の大陸の住民よりも創意工夫に優れていたことを証明するものではない。人類の歴史の運命は、大陸の広がりの違いを軸に展開していった

3.教訓

たまたま、この時代の日本に生まれたので、今の生活を当たり前に過ごしていますが、いつどこで生まれるかによって、本当に違った運命が待っているということを改めて考えさせられる内容で、冬期休暇中にじっくり向き合って読むには最適の本でした。

また、偶然に今の社会が出来上がったのではなく、ユーラシア大陸の動植物の多様性や陸地の広がり方、気候などが相まって、ある程度の必然性で成り立っているという理論について、しっかり理解することができました。

第2部までは食料生産についての話題が中心でしたが、第3部以降では病原菌や科学技術の話題に展開していきます。新型コロナウイルスが、このように変異しながら増殖していく理由も、上巻の最終章を読めば理解できます。

下巻を読み終えた段階で、改めて全体総括したいと思います。

 

EQ こころの知能指数 ダニエル・ゴールマン著

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EQ こころの知能指数 (講談社+α文庫) [ ダニエル・ゴールマン ]
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1.はじめに

いわゆる知能指数(IQ)は、知能テストを数値で表したものです。

言葉としては知っていますが、実際に自分の点数が何点かは知りません。

ノルウェーメンササイトで似たようなものが測れるようです。自分も試しました)

一方で、人生に成功するかどうかを決めるのは、単なる頭の良さでなく、本書のテーマであるこころの知能指数(EQ:Emotional Intelligence)である、というものです。

本書は、結婚生活や医療など、幅広いテーマを扱っていますが、ここではビジネスに関係すると考える箇所に絞って案内します。

2.内容

(1)情動の脳

  • 何かを決断したり行動を起こしたりする際に人間が理性と同じくらい(あるいはそれ以上に)感情に頼っていることは、誰でも経験から知っている。今の時代は純粋に理性的なもの(IQとして測定可能な知能)の価値や重要性ばかりが強調されているが、結局のところ、感情が人間を支配しているときには理性など手も足も出ない
  • 私たちの知性は、根本的に異質な2通りの認識モードが作用しあって成り立っている。事態をきちんと把握し、熟慮含味し、思慮をつけるのは「考える知性」だ。しかし、頭の中にはもう1つの別の、衝撃的で、パワフルで、ときに非論理的な命令を出すこともある「感じる知性」がある。理性と情動は相反する力関係にあって、情動が強ければ強いほど「感じる知性」が支配的になり、「考える知性」は無力になる

(2)EQ~こころの知能指数

①秀才がつまずくとき
  • その他もろもろの才能が生かせるかどうか、これがつまり、「こころの知能指数(EQ)」だ。こころの知能指数とは、自分自身を動機づけ、挫折してもしぶとく頑張れる能力のことだ。衝動をコントロールし、快楽を我慢できる能力のことだ。自分の気分をうまく整え、感情の乱れに思考力を阻害されない能力のことだ。他人に共感でき、希望を維持できる能力のことだ
  • 世の中を眺めてみると、EQが高い人ー自分の気持ちを自覚し制御できる人、他人の気持ちを推察し対応できる人ーの方が、親しい人間関係においても組織の中を泳ぎ回ることにかけても有利なようだ。こころの知能指数が高い人は、自分の能力をうまく発揮できる心の使い方を自覚している分だけ、人生における満足度や効率が高い自分の感情をコントロールできない人は内面が混乱していて、仕事や思考に能力を集中することができない
  • 社会的知性は学問的知性とは別の能力であり、健全な日常生活に欠くべからざる能力である。一例を挙げるならば、職場で高く評価される社会的知性は、部下の無言のメッセージを敏感に汲み取る上司の能力だ。
②汝自身を知れ
  • 「汝自身を知れ」というソクラテス箴言は、EQの要である「現在進行中の自己の心的状態を認識する」ことを指している。
  • 自己認識は情動に押し流されるような注意力ではない。知覚したことを増幅し過剰反応する注意力でもない。自己認識は情動の嵐の中にあっても内省を維持できる中立的な心理状態のことだ。
  • 確かに強烈な感情は人間の判断力を混乱に陥れる場合があるが、感情の認識欠如も破壊的な状況を招く。人生を左右する事柄を決める場合は特にそうだ。こういう事柄は純粋な理屈だけでは納得のいく決断が下せない。虫の知らせ、あるいは過去の経験からくる感覚的な知恵の助けが必要
③激情の奴隷
  • 目標は感情を抑えつけることではなく、バランスを取ること。どのような感情にも価値や意義がある。感情を消去したら、人生は豊かな色彩を失って単調で不毛な世界になってしまう。望ましいのは、それぞれの場にふさわしい「適切な」感情を持つこと。感情を押し殺してしまうと、人間の感性は鈍麻し現実から遠ざかってしまう。
  • 怒りは他のどんな不快情動よりも人の心をそそのかす。怒りを増幅する一人よがりのセリフで頭の中がいっぱいになり、怒りを吐き出してしまえと迫る。悲しみと違って怒りを感じると元気が出る。気分爽快にさえ感じる。
  • 怒りを鎮める方法の1つ目は、怒りの発端となった理由をもう一度問い直してみる方法。怒りは最初に衝突があり、それに対する評価から発生し、さらに評価検討が繰り返されて増大していくからだ。
  • 方法の2つ目は、さらなる怒りを喚起する要因のない環境に身を移して、急増したアドレナリンのほとぼりが冷めるまで待つ方法。怒りが鎮まるのを待つ間、何か気晴らしを見つければ、増悪の拡大にブレーキをかけることができる。気晴らしは怒りから意識をそらすのに大変有効である。
  • 怒りの発散は怒りを鎮めるには最悪の方法。怒りを噴出させると情動の脳が興奮状態になり、怒りが鎮まるどころか一層カッカとなってしまう。相手に怒りをぶつけた場合、不快な気分がかえって長引く場合が多いという。それよりも、一旦頭を冷やしてから前向きのあるいは断固とした態度で相手と対決し解決する方が、はるかに効果的
  • 不安神経症の人は、解決策を思いつくどころか潜在的危険そのものについてあれこれ考えて恐れおののくばかりで、思考の堂々巡りから抜け出すことができない。不安神経症の人は、何でも心配する。しかし大部分は、現実には起こりそうもないことばかりだ。彼らは人生の行く手に危険を読み込みすぎる。
④才能を生かすEQ
  • 同じ程度の才能に恵まれた者たちの間で一流と二流以下を分けるのは、幼いころから何年も続けて困難な訓練に耐えられるかどうかだ。この根気強さは、何よりも情動面の特性ーつらいことがあっても熱意や忍耐を持ちづけられるかどうかーにかかっている。
  • 思考し計画を立てる、高い目標に向かって訓練を続ける、問題を解決する、といった知的な能力を情動が阻害するか助長するかによって、持って生まれた才能をどこまで発揮できるか、ひいては人生でどこまで成功できるかが決まる。また、自分のやっていることに熱意や喜び、あるいは適度の不安のような情動による動機づけがあるかどうかによって、目標達成の度合いも違ってくる。才能を生かすも殺すもEQ次第。その意味で、EQは才能の総元締めといえる
  • IQは生涯変わることがなく、したがってその人間の限界を表すという説がある。一方、衝動のコントロールや社会状況の正確な読み取りなどに代表されるEQに関しては、学習可能と考えうる根拠がたくさんある。
  • 1つの認知作業(つまり心配すること)に知的資源を消費すれば、それだけ他の情報処理に使える資源が減るのは当然だ。今受けているテストに落第するんじゃないかという心配に気を取られていれば、それだけ解答に向ける注意力が少なくなる。結局、自分の心配を自分で実現させてしまうことになり、予言通りに破滅に向かってしまう。
  • EQの観点からいうと、楽観とは困難に直面したときに無気力や絶望や抑うつに陥らないように自分を守る態勢を意味する。そして希望と同じように、楽観は人生に恩恵をもたらしてくれる。もちろん、これは現実に裏付けられた楽観であることが前提だ。根拠のない楽観は、破滅につながる。
  • 気質は経験によってある程度変えられる。楽観も希望も、その意味では無力感も絶望も、学習可能。楽観や希望の根源にあるのは、心理学でいう「自己効力感」つまり自分は自分の人生を掌握できている、何代にも対応できる、という自信だ。何であれ得意な分野ができるとその人の自己効力感は強まり、より大きな目標目指して冒険したり挑戦したりする意欲が出る。そのようにして難局を乗り切ると、それがまた自己効力感を強化する。自己効力感によって人間は自分の持っている才能を最大限生かすことができる
  • 情動を生産的な目標に向けて活用していく力こそ、才能の総元締めということになる。衝動をコントロールし欲求の充足を我慢する能力も、自分の感情を思考の妨げではあく助けになるよう調整する能力も、自分自身を「フロー」状態へ導く方法を見つけて才能の向上を目指す能力も、すべて人間の努力を実りある方向へ導いていく情動のパワーを物語っている。
⑤共感のルーツ
  • 人間の感情は、言葉よりも言葉以外のしぐさで表現されるほうがはるかに多い。他人の気持ちを感じ取るカギは、声の調子、身振り、表情など言語以外の伝達手段を読み取る能力だ。
  • 人に共感することは、その人を思いやることだ。その意味で、「共感」の反対は「反感」だ。共感的な姿勢は、倫理的価値判断を下す際に欠くことができない。自分を他人の立場に置いてみる共感能力は、人間に一定の倫理原則を守らせる力となっている。
⑥社会的知性
  • 事実、知能面できわめて優秀な人間が「横柄な奴だ」とか「気に障る奴だ」とか「気の利かないやつだ」と思われて人間関係でつまずくのは、社会的能力が欠けているかに他ならない。このような社会的能力には人間関係を築き、人の心を動かし、親しい人たちとの関係を豊かにし、他人に影響を及ぼし、周囲の人間をくつろがせる効能がある
  • 私たちは人と出会うたびに情動の信号を送り出している。そしてその信号が相手の気分に影響を与える。情動の交流を上手に管理する能力もEQの一つ。情動の交流が上手な人間は周囲の者たちをいい気分にさせるから、「人気者」で「魅力的」なのだ。
  • 私たち人間は知らず知らずのうちに相手の表情、身振り、声の調子などに対する運動模倣が働いて相手が見せる情動を模倣している。この模倣行為によって、人間は他人の気分を自分の中に再構築する。
  • 要するに気分の協調性は人間関係の核心であり、対人能力を決定する1つの要素は同調性をどのくらい器用にこなせるかだ。他人の気分に同調させるのがうまい人は、情動レベルの相互関係をスムーズに運ぶことができる。優秀なリーダーの条件は、このような方法で聴衆を動かす力を持っていること。同じ意味で、感情を受け止めたり伝えたりすることが下手な人は人間関係で問題を起こしやすい。こういう人たちは、どういうことか自分でもわからないうちに、周囲の人々に居心地の悪い思いをさせてしまう。
  • 自分の本心を厳しく監視できるかどうかによって、皆に好かれようとして一生を浮草のようなカメレオンで終わるか、自分の本当の気持ちに従って社会的知性を使える人間になれるかが分かれる。後者は自分自身に対して正直である能力、社会的にどのような結果になろうとも自分の中の最も深いところにある感情や価値観に従って行動する能力を持っている人。
  • 社会のルールが守れないと、周囲の人間との間に居心地の悪い波風が立つ。ルールは、言うまでもなく、その場に関わっている人々が気を許し合えるために存在する。ルールに触れる不器用な対応は不安を引き起こす。ルールに従って行動する能力を欠く人間は社会生活の機微がわからないだけでなく、他人の感情に適切に対処することもできない。そのため、こういう人間が通った後には波風が立つ。

(3)EQ応用編(職場のEQ)

  • リーダーシップは他人を支配する技術ではなく、共通の目標に向かって力を発揮できるよう他人を説得する技術。自分自身のキャリアにおいても、仕事に対する自分の本当の気持ちを認識しどこをどう変えれば仕事に心から満足できるのか認識する能力は、何よりも大切。
  • ある意味では、批判は管理職の重要な仕事の一つ。しかしまた気の重い、先延ばしにしあくなる仕事でもある。職場の人々が効率よく気持ちよく生産的に働くためには聞きたくない話をいかにうまく伝えるかが大切。批判がどのように伝えられ受け止められるかが、最終的には仕事や同僚や上司に対する満足感を決めることになる。
  • 問題がはっきり表れている場面をとらえて批判すること。良くないと言われるだけでどこをどう変えればよいかわからない状態では、士気が低下する。具体的にどこが悪くて、どうすれば改善できるかを指示することが大切。遠回しな言い方や間接的な表現は良くない。伝えるべき要点がぼやけてしまう
  • 偏見をその場で偏見と指摘し抗議するという単純な行為が、偏見を抑制する社会的雰囲気を育てていく。何も言わないのは偏見を許す行為だ。こうした努力が実を結ぶためには、組織で上の地位に立つ人間の役割が大きい。上の者が偏見に基づく行為を非難しなければ、それは偏見を許すという暗黙のメッセージとなって下に伝わる

3.教訓

確かに、社会に出てみると、あまり出身校の偏差値は関係ないな、と思うことの方が多いです。

ただし、学歴がないと、就職活動においてスタート位置が異なってしまうことも、残念ながら今の日本社会では否定できない事実であると思います。

ただ、どういう形であれ、社会人としての生活が一度始まってしまえば出身校は関係なく、逆に「あの人は○○大学なのに・・」という、ありがたくない枕詞がついて回る可能性もあります。

単に自分の知識だけに頼って仕事を進めるのは止めて、相手の話す内容に加え、表情などの無言のメッセージも汲み取って、「あの人はわかってくれる」と言われるような存在を目指したいと思います。

 

貞観政要 呉競 著 守屋洋 訳

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1.はじめに

唐の2代皇帝”太宗”とその臣下の言行録です。

古くから「帝王学」の教科書として有名で、徳川家康明治天皇も読んだと言われています。

中国の広大な国土を、周辺国の動きもみながら安定した統治をするには、トップ自らが自律した行動をするだけでなく、トップに対して遠慮なく諫言できる環境、人材を整えることが必要です。

本書は全280篇の中から、70篇が抽出されています。

2.内容

(1)太宗の発言

  • 単に私の下した詔勅に署名をし、下部に文書を流してやるだけのことなら、どんな人間にでもできる。わざわざ選りすぐってそれらの地位に据えておく必要はない。私の叱責を恐れて、知っていながら口を閉ざす、かりそめにもそんなことは許されないものと心得よ。
  • これは危ういと気づいたことああれば、隠さずに申し述べよ。仮にも君臣のあいだに疑惑が生じ、お互いの心の中で思っていることを言い出せないようになれば、それは国を治めていくうえで、この上ない害を及ぼすことになる。
  • どうか気づいたことがあれば、遠慮なく申し述べてほしい。またそちたちも、部下の諫言は喜んで受け入れるがよい。部下の意見が自分の意見と違っているからといって、拒否してはならぬ。部下の諫言を受け入れない者が、どうして上司に諫言することができようぞ。
  • 臣下があることを諫めても、君主の方は「今さらやめるわけにはいかぬ」とか、「すでに許可を与えてしまった」と聞き流して、一向に改めない、そんな話が良く出てくる。君主がこんな態度を取っていたのでは、あっという間に国を滅亡させてしまうだろう。
  • 同じ人物が同じ王の下に長く仕えるのは、好ましいことではない。長く仕えればそれだけ情が移り、やがては「我がご主君を天子に」などと、当初には思いもよらぬ野心が芽生えてくるからだ。
  • 例えていえば、船とは君主のようなものだ。そして船を浮かべる水は人民のようなものである。水はよく船を浮かべるが、時にはひっくり返しもする。かりそめにも人民をあなどるようなことがあってはならん。
  • いかに長い付き合いとはいえ、能力の劣る者どもを、単に古参だからといって、真っ先に登用することはできぬ。今、その者どもが自分の能力を棚に上げて恨み言を並べているとは、もってのほかのこと。
  • 一般庶民の間でも、人と話すとき、一言でも相手の気に障るようなことを口にすれば、相手はそれを覚えていて、いつか必ずその仕返しをするものだ。いわんや、万乗の君主たる者、臣下に語るとき、わずかな失言もあってはならない。たとい些細な失言でも、影響するところは大。
  • 古人は「幸、不幸は決まった門があって入ってくるわけではない。みな人が招き寄せるのだ」とも語っている。我が身を不幸に陥れるのは、利益を貪ろうとするからである。それはまったく餌を貪って人手にかかる鳥や魚と異ならない。どうか常にこの古人の言葉を思い出して自戒してほしい。
  • 国の法令は単純明快であるべきだ。ある一つの罪を数か条にわたって記載してはならぬ。そのような煩瑣な規定をすれば、係官といえどもことごとく記憶することおはできない。また、かえってそれにつけ込む輩も現れてこよう。というのは、手心を加えてやろうとすれば微罪の条項を適用し、重罪に陥れてやろうとすれば、重罪の条項を適用するだろうからだ。
  • しばしば法令を変更するのは、世道人心の不安を招くもとであるから、一度定めた法令は、やたらに変えてはならぬ。また、法令を制定する際には、慎重に条文を検討し、曖昧な規定は避けなければならない

(2)名臣の発言

  • まず君主がおのれの姿勢を正すことです。君主が姿勢を正しているのに、国が乱れたということはいまだかつてありません。
  • 名君の名君たるゆえんは、広く臣下の進言に耳を傾けることであります。また、暗君の暗君たるゆえんは、お気に入りの臣下の言葉だけしか信じないことであります。君主たる者が臣下の進言に広く耳を傾ければ、一部の側近に耳目を塞がれることなく、よく下々の動きを知ることができるのです。
  • 国の基盤が固まってしまえば、必ず心にゆるみが生じてきます。そうなると、臣下も我が身第一に心得て、君主に過ちがあっても、あえて諫めようとしません。国が安泰なときにこそ心を引き締めて政治にあたらなければなりません。
  • どんなに曲がりくねった木でも、縄墨に従って製材すれば真っ直ぐな材木が採れる。それと同じように、君主も、臣下の諫言を聞き入れれば立派な君主になることができる。
  • 良臣とは、自らが世の人々の称賛の声に包まれるばかりでなく、君主に対しても名君の誉れを得しめ、ともに子々孫々に至るまで、反映してきわまりがありません。一方の忠臣は、自らは誅殺の憂き目にあうばかりか、君主も極悪非道に陥り、国も家も滅び、ただ「かつて一人の忠臣がいた」という評判だけが残ります。それを考えますと、良臣と忠臣とでは、天と地ほどの違いがあるのです。
  • 臣下の上書に少しでもあやふやなところがあると、陛下はその者を呼びつけて厳しく叱責なさいます。上書した者こそいい面の皮、ただただ恥じ入るばかりでございます。これでは、あえて諫言しようとする者などいなくなってしまうでしょう。
  • 人物を推薦する際には、いつもその人物の長所と短所を詳しく申し上げてきました。陛下は、かれの長所に目をつけず、その短所だけを見て、私ども推薦人を詐欺師扱いなさいますが、承服いたしかねます。
  • 臣下の忠誠を期待するためには、まず君主の方が、それ相当の礼をもって臣下を遇しなければならないことがわかります。
  • しばしば勝てば王は得意満面となり、しばしば戦えば民力は底を尽きます。しばしば兵を動かしては、やがて滅亡の道をたどったのも当然です。
  • 嗜好、喜怒の感情は、賢者も愚者も同じように持っております。しかし、賢者はそれをうまく押さえて、過度に発散させることはしません。ところが、愚者はそれを押さえることができず、結局は身の破滅を招くことになるのです。

3.教訓

私の今の立場は、トップでも何でもなく、中間管理職に過ぎません。ただ、小さな1つのチームを率いる立場であっても、参考になることは多く含まれています。

また、社内規定を定める業務も担っているので、法令の制改定について記載された箇所は、非常に心に響くものがありました。

どうしても社内規定は長くなりがちです。そのため、全体を読む時間が取れないので、関連箇所だけ都度確認する、といったことが起こります。関連する章だけ読んでわかってもらおうとするために、他の章に箇所に記載されていることの要約をそこにも入れてしまう人が出てきます。

そうすると、1つの事柄について運営変更をする場合であっても、同じことが記載されている複数の箇所を手直しする必要が出てきます。漏れなく変更しないと、ここに書いていることと、あそこに書いていることが違って、「どっちが本当なんだ?」ということが起こります。

また、同じ規定を何度も改定をすると、「そんなに頻繁にルールが変わっても覚えられない」と言われることもあります。一方で、ちょくちょく改定せずに一定期間内容を溜めておき、同じ規定の複数個所を同時に改定すると、「そんなに一度に多くの箇所が変わっても分量を消化できない」と言われることもあります。

人の理解度や感覚には個人差があるので、一つの解はないと思いますが、洗練された表現、文量となるよう、意識をしていきたいと思います。

 

 

歎異抄 唯円 著 梅原猛 訳注

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1.はじめに

親鸞の弟子である「唯円」により記された著書です。

全18条のうち、10条までは唯円親鸞から聞いた内容、11条からは唯円自身の意見が書かれています。

中学の歴史では、親鸞浄土真宗を開いたと習いましたが、自身には浄土真宗を開宗する意図はなく、没後に門下生が親鸞を”担いで”発展されたもののようです。

また、親鸞は、タブーとされていた「肉食妻帯」を宣言したことで、当時は相当な異端扱いを受けていたということも、本書後半の解説を読んで初めて知りました。

2.内容

(1)歎異抄

  • (第2条)私の言葉をとっくりお考えのうえ、念仏を信じなさるのもよろしいし、念仏を捨てなさるのもよろしい。全く皆さま方の自由勝手、全く皆さま方が自分でお決めになることであります。
  • (第3条)阿弥陀さまの願いを起こされる本当の意思は、悪人を成仏させようとするためでありましょうから、自分の中に何らの善も見出さない、ひたすら他力をお頼みする我らのごとき悪人の方が、かえってこの救済にふさわしい人間なのであります。
  • (第6条)阿弥陀さまのおはからいにお任せして、こせこせと知恵を働かすことなく、自然の理に従って生きていますのならば、去っていった弟子たちも、いつかは仏さまの大きな恩を知り、また師の恩を知るときもありましょう。
  • (第12条)何かの間違いで悪口をいう人がない場合は、どんなに信ずる人があっても、悪口をいう人がないのはどうしたわけであろうと、あやしまねばなりません
  • (第13条)悪を作った者を助けようとするのが阿弥陀さまの願いでありますからといって、わざと好んで悪を作り、往生の原因とせよという旨のことを言って、色々と悪い風聞がございましたときに、親鸞聖人のお手紙に「薬があるからといって毒を好んではいけない」とお書きになっていらっしゃるのは、かの間違った考え方をやめさせようとするためであります。
  • (第14条)死の前にあって、念仏をして罪を消して極楽へ行こうとするのは、自分の心であるし、そういう人は、死ぬ前に静かな心にならねばならないと願っている人であり、全く自力往生の人、他力の信心のない人であります。
  • (第16条)極楽浄土へ往生するためには、利口ぶる心を持たずに、ただ阿弥陀さまの御恩が深いことを常にほれぼれと思い出す必要があります。そうすれば、自然に念仏が申されてくるのであります。これが自然ということであります。自分のはからいでないものを自然と言います

(2)梅原猛氏による解説

  • 法然には愚人、悪人の救済を説く彼の思想と、勢至菩薩の再来と言われる智慧と堅固な持戒を持つ生活の矛盾があった。この矛盾の解決を悪の方、愚の方に進めたのが親鸞であろう。愚禿親鸞と自ら名乗るのは、そのような自覚ゆえである。
  • 一人も殺さぬも千人殺すも、全くの過去の宿縁の結果であり、我々は善悪をそのような宿業に任せて、ひたすら念仏に励めという。それは全くの自力の放棄であり、道徳の否定であるようにすら見える。この本願ぼこり、造悪の徒への批判があるが、このような批判より、批判の中心は、このような造悪の徒を否定しようとするために、かえって偽善に堕した念仏者に向けられている
  • 宗教は決して現世的価値の、権力や名誉の価値ばかりか、学問的価値や道徳的価値の延長上にあるものではない。むしろ神の声は、そういう一切の現世的価値との切断を命じるのである。権力や金銭はもちろん、学問や道徳から自己を切断したところに初めて絶対者が語りかけるというのが宗教的心理の本質なのである。

3.教訓

私の家系が浄土真宗だからこの本を手に取ったわけではなく、他の宗派に属していることは認識しているものの、むしろ無宗教に近い感覚にいます。

ただ、国内外の歴史を見ても現代においても、宗教はテロや戦争を引き起こすほどの力を持っています。

そのため、自分は無宗教だからといって目を背けるのではなく、多くの人々の拠りどころとなる宗教とはいかなるものか、それぞれのどのような違いがあって何を目指しているのか等、これから学んでいきたい領域だと考えています。

その意味でも、本書と梅原猛さんの解説を読んだことは、大きな意味があったと思います。

兵法三十六計 檀道済 著 守屋洋 解説

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1.はじめに

中国で西暦400年台に書かれた兵法書です。

中国出自の兵法書と言えば「孫子」が有名で、「孫子」は戦う前の心構え、態勢や主導権といった戦略全般を取り扱うのに対し、「兵法三十六計」は実際の戦い方や行動そのものといった戦術面に特化している内容です。

また、本書は、三十六計そのものの解説は少量に留まり、それを実際に応用した、三国志項羽劉邦の時代や、第二次世界大戦時の実例がふんだんに紹介されている内容となっています。

以下では、三十六をすべて紹介するのでなく、印象に残った記述だけ、解説からだったり実例からだったり、また著者の意見だったりと、統一感のない形ではありますが引用します。

2.内容

  • 策略は、客観的法則の中に含まれているものであり、したがって客観的法則に基づいて行使されなければならない。現実の中にある矛盾を把握すれば、臨機応変に策略を使いこなすことができる。現実を無視してかかれば、必ず失敗を免れない
  • 「やるぞやるぞ」と見せかければ、相手も警戒を怠らない。ところが、やるぞというのは見せかけだけで、一向に行動を起こさない。これを繰り返しているうちに、やるぞという構えを示しても、相手はまたかと思って警戒しなくなる。そこで、相手の油断を見澄まして、一気に叩く。
  • 内部対立、内部抗争、すべて組織としての体力を弱め、業績の低下を招いてしまう。隙を与えたら付け込まれる。だから、隙を与えないような、慎重な対応が望まれる。
  • 仮に相手が内部抗争にあけくれていても、こちらが下手に進攻の構えを見せたりすれば、かえって団結させてしまう可能性がある。じっと静観して内部抗争を待つというのは賢明な策である。だが、実際問題として、出ていくか静観するかの判断は難しい。静観したばかりに、みすみすチャンスを逃してしまうというケースも十分にありうる。
  • 友好的な態度で接近し、相手が警戒心を解いたところを見澄まして一挙に襲い掛かる。あくまでもにこやかな態度で接するのは、相手の警戒心を和らげるための方便であることは言うまでもない。
  • 戦いであるからには、必ず損害を覚悟しなければならない局面が生じてくる。そんな時、損害を最小限に食い止めなければならないことはもちろんであるが、それと同時に、損害を上回る利益をどこかで埋め合わせをつける。局部的な損害にくよくよせず、その損害を捨て石として活用し、より大きな利益をつかむ
  • 目標追求という大前提は、あくまでも崩してはならない。と同時に、情況の許す範囲で戦果の拡大に努める柔軟性も持たなければならない。そのためには、冷静な情況判断能力が必要とされる。
  • エサをばらまく方よりも、むしろ食いつく側に大きな責任がある。利益をちらつかされても、その裏に潜む「害」を思いやるだけの冷静な判断力を持ちたい
  • チームに活を入れるときには、あらかじめ了解を得て「叱られ屋」を一人作って起き、もっぱらその人物ばかりを叱りつける。それが主将とかベテランであれば、一層効果が上がるに違いない。
  • 客の座(受動の状態)にとどまっているうちは軽挙妄動せず、隠忍自重して時を待たなければならない
  • 先制攻撃をかけるとき、予め二段構え、三段構えの作戦を用意しておくことが望ましい。頭の中で組み立てられた作戦計画を活かすためには、機敏な対応能力を備えていなければならない。思考が硬直していたのでは、外界の変化に対応できず、二の矢、三の矢を有効に発することができない
  • 凡庸な将帥ほど、進むことを知って退くことを知らない。そんな人物を「匹夫の勇」と呼んで軽蔑する。組織の責任者に望まれるのは、進む勇気ではなく、退く勇気。勝てはしないが敗れることもない。打撃を避け、戦力を温存し、次の戦いに備えることができれば、逆転勝利も夢ではない

3.教訓

最後の引用が、いわゆる「三十六計逃げるに如かず」の由来です。

それ以外にも、相手の警戒心を解く、情況に応じて利と害を見極める、一旦時を待つ、といったことは、日常の仕事としても生かせる内容が多くあると感じました。

例えば、新たな社内システムや、対外サービスを導入する際も、それ単独の利害や損益を計算していただけでは、なかなか決裁が下りないことがあります。また、何かを変えようとするときには、既得権益者から警戒されることもあります。

そんなとき、既存のシステム・商品と組み合わせた相乗効果を考えたり、その後の大きな果実をつかむ展開としての第一歩であるとして、相手の心理的ハードルを下げるように持っていき、自分の考えたシナリオに近づけるように努めます。

それでも勝ち目がないとわかれば、固執することなく潔く取り下げ、違うやり方を考えることに時間を使う、という柔軟性も持ちたいと思います。

HIGH OUTPUT MANAGEMENT アンドリュー・S・グローブ著


 

1.はじめに

著者のアンディ・グローブは、世界的企業インテルの創業にかかわり、後に社長・会長も務めた人物です。

本書は、以下の経営理論50冊の1冊にも選ばれていて、原書は1983年に発行されています。

今まで知らなかったものすごい理論が書かれているのかと思いきや、至って基本的な内容が中心で、ただ、それを実践するのは簡単ではありません。

イントロダクションには「ミドル・マネージャーに語りかけたいと、とくに強く願っている」とありますが、ミドルと言っても幅広く、執行役員クラスや人事採用権であるわけでもなければ、第3部全体や第4部14章は読み飛ばしてもいいと感じます。

また、ベン・ホロウィッツによる序文に書かれている以下の文章も印象的でした。

  • あなたがマネジャーなら、その製品についてどんな情報が口コミで流れているのか社内の誰よりもよく知っているかもしれない。しかし組織の他の部署と効果的に共有できなければ、何を知っていても全くの無価値。それが一部員ではなくマネジャーであることの本質。

2.内容

(1)イントロダクション

  • 遅かれ早かれ、みなさんの上司は嫌でも応でも一つの選択をすることを余儀なくされる。それは良い仕事をしていてはくれるが、他の人間の邪魔になっているみなさんをそのまま置いておくか否かという選択である。こうした状況を回避する責任は、みなさん自身にある。
  • 一番大事な課題は、環境変化の犠牲者にならないためには、自らのキャリアを管理しなければならないということ。その前に考える3つの問いは以下。
  1. あなたは本当の価値を付加しているのか、それとも単に情報をあちこちに流しているだけなのか。付加価値をどうやって高めようとしているのか。
  2. 自分の範囲で何が起こっているかに関して、いつもアンテナを張り、回路を接続して、情報収集を怠らないでいるか。
  3. 新しいアイデアや、新しい手法や、新しい技術をいつも試みているか。
  • マネジャーのアウトプットが、即、担当組織のアウトプット。原則として皆さんの時間は、自分が責任を負っている部下のアウトプットや、そのアウトプットの価値を高めることに費やさなければならない。
  • 単に新しいものについて読むだけではなくて、自分自らが実際に手を下して試みるということ。それとも他の人間があなたの職場をリエンジニアして組み替えしてくれるのを待っていて、ついには自らの職場から追い出されてしまう人間ではないのか。

(2)第1部:生産の基本原理

①生産の基本
  • カギとなる大切な考え方は、最も長い(あるいは最も困難な、最も要注意の、または最も費用のかかる)ステップから生産の流れを組み立てて、逆に考えていくという点。最も重要不可欠なステップを中心に流れを計画し、他のステップはそれぞれの処理時間に応じてずらす
  • 少なくとも、代案が必ずある。機械の性能、マンパワー、在庫をトレードオフ(損得の比較考慮)し、提供時間との兼ね合いを図ることができる。どの案を取るにしても金がかかるので、我々の仕事は、経営資源を利用するのに、”費用対効果上の最も良い方法”、つまり、あらゆる種類の生産作業を最適化するカギを発見すること
  • 大切なのは、生産プロセスのいろいろな面の間の関係をなんとしても理解しようと努力するものの考え方。
  • どのような問題にしても、生産プロセスの中で、できる限り”価値が最低”の段階で問題を発見して解決すべき。完成品の最終テストのときに問題を発見するのではなく、構成部品のユニットテストの時点に発見に努めるべき。
②朝食工場を動かす
  • 測定はどんな測定であったとしても、無いよりはマシということ。だが真に有効なインディケーターは、作業単位の”アウトプット”を測定するものであって、それに含まれる”アクティビティ”だけを見るものではない。
  • 測定されるものは”物理的(外在的)な、計算のできる”ものでなければならない。
  • インディケーターを選択する以上は、それが警戒信号を発したときには必ず行動を起こすというように、信用できるものでなければならない。
  • インディケーターの管理を厳しく実施しなければ、管理部門の職員数はいつも目いっぱいの水準に置かれることになり、有名なパーキンソンの法則がそこに働けば、人々は何をするにしても、なんだかんだと口実を見つけてはその完成までに使えるだけの時間をフルに使うようになる。当然のことだが、基準を持ち、それを信じ、かつ、予想作業量を使って管理部門の定員充足を客観的に行えれば、生産性の維持と増加の助けとなるだろう。
  • 作業簡素化を実施する際に必要なのは、それぞれのステップが”なぜ”遂行されるのかを自問自答してみること。一般に、多くのステップは大した理由もなしに、作業のながれに存在していることがわかるだろう。伝統的にそうだとか、正式の手続き上そう決められているからということで、行われていることが多い。したがって、あるステップにどのような理由が存在しようとも、一つひとつについて批判的な目で質問し、常識的に見てそれがなくても困らないようなものは捨て去らなければならない

(3)第2部:経営管理はチーム・ゲームである

経営管理のテコ作用
  • マネジャーも、自分自身の仕事をやりこなすだろうが、これは当人のアウトプットにはならない。何人かの部下や、自分の影響下にあるグループがいれば、そのマネジャーのアウトプットは、部下、あるいは影響下にある仲間たちが創出するアウトプットで測定しなければならない。
  • マネジャーの仕事は決して終わらない。もっとなすべき仕事が、もっとなさねばならない仕事が、そしてなしうる以上の仕事がいつも控えている。マネジャーは多くのボールを同時に空中に上げておき、自分の部門のアウトプットを最高に上げると思われる活動に自分のエネルギーと注意を注がなければならない。言い換えれば、自分の”テコ作用”が最大となりそうな点に移るべき
  • レポートが公式化されて記録されるときに、それを書く人は口頭で言うときよりも、厳密にならざるを得ない。レポートの作成者はその説明の中で、トラブル個所を確認し処理せざるをえない。つまり、そういう規律と思考を自らに課さざるを得ないところから、レポートの価値が生じてくる。レポートは情報を伝える方法というよりは、”自己規律訓練”の”手段”である。レポートを書くことは重要だが、読むことは重要でないことが多い。
  • 大型資本支出の許可”プロセス”はそれ自体が重要であって、許可そのものが重要なのではない。申請書を作成し正当化するために、人々は繰り返し、ああでもないこうでもないと自己分析や工夫をする。そして価値があるのはこの精神的試練であり訓練なのである。
  • マネジャーは情報を集めるだけでなくて、情報の提供源でもある。自部門の部下や、自分が影響を及ぼしている他部門の者にも知識を伝えてやらなければならない。事実を伝えるということ以上に、マネジャーは自分の目標や重点事項や優先事項などについても、特定の仕事の処理の仕方に関連する限り伝えなければならない。マネジャーがこういうことを知らせさえすれば、部下は、どうすれば上司であるマネジャーに認めてもらえるような意思決定ができるかがわかる。
  • ミーティングこそマネジャーとして活動する機会を提供している。人と顔を合わせることそのものは、マネジャーの活動ではなく、それは一つの”手段”。マネジャーは自分の仕事を、ミーティングで、あるいはメモを書くなりして、することができる。だが、自分が達成したいことに対し、最も効果的な手段を選ばなければならない。それこそがマネジャーに最大のテコ作用を提供する
  • 部下への余計な口出しや干渉は、上司が監督者としての実務知識をあまり多く使いたがることから生じてくる。ネガティブなテコ作用は、こういった状況が何度も繰り返されると、部下は自分に期待されている事柄を今までよりもずっと狭く考え始め、自分自身の問題解決にもあまり積極性を示さず、問題を上司に任せるようになることから生じてくる。その結果、組織のアウトプットは長期的に減少する。
  • 人は、自分が精通している活動と、あまりよく知らない活動とのどちらを委任するかと言われたら、どちらを選ぶだろうか。答える前に、最後までとことん、フォローしない権限移譲は”職務放棄”だという原則をよく考えておいてほしい。よく精通していることのモニタリングの方が容易だから、一番よく知っている活動を委譲すべき。この手の委任はマネジャー自身の気持ちにかなり逆らうところがあるかもしれないことを理解していただきたい。
  • リミッティング・ステップを中心にその他の仕事をやりくり(オフセット)したり、計画しなければならない。つまり、動かせないものを先に決め、もっとやりくりできる活動をその周辺に置くように工夫すれば、より能率よく働ける。
  • もしマネジャーが相当数のレポートを読んだり、下からの人事考課の結果を承認しなければならないとすれば、相当なまとまり時間を取っておき、次から次にそれらをひとまとめ(バッチ)にして処理することにより、こうしたタスク処理に必要な”精神的な”準備期間を最大限に活用しなければならない。
  • マネジャーがカレンダーを「生産」計画のツールとして使うには、次の2つのことを責任を持って処理しなければならない。
  1. 時間が決定的な意味を持つ出来事と、必要だが時間的にはそれほどではない出来事との間の穴を進んで埋め、カレンダーを積極的に利用する方向に進むこと。
  2. 処理能力以上の仕事に関しては、初めからはっきりと「ノー」を言うこと。
  • 仕事が仕上がらなければ何も言わなくても結局は「ノー」と言うことになるので、はっきりと、あるいはそれとなく「ノー」と言うことが大切。時間は人間にとって有限の資源なのであり、あることに対し「イエス」と言ったら、必然的に他のことには「ノー」と言っていることを忘れてはならない。
  • やることは必要だがすぐに達成させる必要もないもの、つまり、マネジャーが長期にわたり部下グループの生産性向上のため実施するような任意プロジェクトの在庫がないと、マネジャーは自分の空き時間を部下の仕事への余計な干渉に使いがちになる。
  • 大事な点は、仕事を邪魔する人はそれなりに処理してもらいたい正当な問題を抱えているのだと理解してやること。だからこそ、それを持ち込もうとする。
  • 要は、マネジャーの問題の処理の仕方に一つの”型(パターン)”を設けること。かつては不規則だったものを規則的にするのが基本的な生産の原則であり、この原則がマネジャーを悩ます中断をいかに処理するかを教えてくれる。
②ミーティング-マネジャーにとっての大事な手段
  • マネジャーは意思決定もするし、人の意思決定の援助もする。この基本的なマネジャーの仕事は両方とも、膝を交えての話し合いの時、したがってミーティングを通じてのみ遂行できる。だから、ミーティングはマネジャーが仕事を遂行する”手段”そのものに他ならない。ということは、我々はミーティング存在の当否と戦うのではなく、むしろその時間をできるだけ能率良く使わなければならない。
  • ワン・オン・ワンの大切な点は、これが”部下の”ミーティングであり、その議題や調子も部下が決めるべき筋合いのものと考えることである。これには相応の全うなな理由がある。ミーティングに対しては誰かが準備しなければならない。アウトラインの作成は部下にさせるべきである。
  • ワン・オン・ワンを効果的にする上での物理的なヒントの一つに、上司も部下もミーティングのアウトラインをそれぞれ各一部手にして、メモを書き込まなければならない。アウトラインが載った紙にメモしようとすれば、勢い情報を論理的に分類せざるをえない。それが情報の吸収に役立つ
  • ワン・オン・ワンでは、上司をいわゆる「ポロリともらすこちらをハッとさせるような本音」、つまり処理しにくいときに、思いもかけず持ち出される率直な問題点に十分な注意を払わなければならない。こういう事柄はしばしばミーティングの終わり間際に現れる。
  • スタッフ・ミーティングでは監督者はどういう役割を果たすのか。リーダーか、観察者か、進行係か、質問者か、意思決定者か、答えはもちろんこの全てである。ただし、講師役だけは入っていない点に注意願いたい。監督者はスタッフ・ミーティングの場を利用してもったいぶった話をしてはならない。それをすれば必ずや自由討議を妨げ、ひいてはミーティングの基本目的すら危うくしてしまう。
  • 司会者はミーティングの目標、何をする必要があるのか、どういう意思決定をしなければならないのか、をはっきりと理解していなければならない。自分の欲しいものを知らないで手に入れることなどはできない。これは絶対の真理。だから、ミーティングを招集する前に、自分が達成しようとしているのは一体何なのかと自問しなければいけない。このミーティングは果たして必要なのか、望ましいのか、理由付けできるのか、と考えてみる。すべての答えがイエスでなければ、ミーティングを招集してはならない
③決断、決断、また決断
  • 議論が白熱してくると、通常、参加者は事態の方向を感知しようとして、どんな見解が優勢であるかを見極めるまで腰を引いていて発言しようとしない。こういうとき、負け戦となるような立場に与しているとみなされるのを避けるために優勢な意見の方を支持する。一見、奇怪に思えるかもしれないが、そういう行為を奨励している組織も実際にはある。
  • 意思決定にまだ議論の余地があると思うときは、議論を避けるために問題をあいまいにしがち。しかし、当たり障りのないことを言うだけでは、結局は議論そのものは避けられず、単に延期されるだけになる。
  • どんな意思決定でも、その”処理能力段階から見て一番下のところで"これを行い合意に達すべき。その理由は、意思決定は、その状況の最も近くにいて、かつその状況を最もよく知っている人々によってなされることだから。
  • 同僚同士は、会議を仕切って取りまとめるために、上役のマネジャーを求める傾向がある。その上司が、一座の中で最も有能だとか知識豊かな人物というわけでないときさえそうである。その理由は、たいていの人は、自分ひとりだけが出しゃばるのを恐れるから。
  • 知識パワーと地位パワーの両方の所有者をも麻痺させて身動きをできなくさせるものが一つある。それは実は単純なことだが、”何か言うとばかだと思われはしないか”という恐怖心である。上席者は、そのために自分が当然尋ねねばならない質問を自ら抑え込んでしまうことになりやすい。
  • 我々は英知を授けられ、意志力に恵まれている人間存在なのである。うっかり口を開くとばかだと思われはしないかという恐怖とか、上から否決される恐怖とかを克服する上で、我々は英知と意志力を活用できる。英知と意志力こそが議論を始めさせ、一定の立場を抱きながらも話し合いの第一線へと出るようにさせる。
  • 機が熟さない状態では、意思決定を強引に求めない。会議の初期段階では、とかく出がちな表面的なコメントよりも、本当の問題点に耳を傾け考慮したかどうかどうか確認すべき。しかし、問題のあらゆる側面が洗い出され、すべて聞くべきことは聞いたと感じたならば、コンセンサスを強く求める。そして、コンセンサスを得ることができなかったら、介入して意思決定をしなければならないとき。
  • 経営管理の重要な課題の一つは、事前に次の6つの重要な質問を自問自答する。
  1. どのような意思決定をする必要があるのか?
  2. それはいつ決めなければならないか?
  3. 誰が決めるのか?
  4. 意思決定をする前に相談する必要があるのは誰か?
  5. その意思決定を承認あるいは否認するのは誰か?
  6. その意思決定を知らせる必要がある人は誰か?
④計画化-明日のアウトプットへの今日の行動
  • 工場における計画方法を要約すれば、ステップ1:製品への市場需要を見極める、ステップ2:調整をしない場合なら工場は何を生産するか決める、ステップ3:生産計画を調整することいよって、市場需要の予想と工場の予想アウトプットとを一致させる。
  1. 環境が要求するもの:顧客は現在何を要求しているか。自分は顧客を満足させているか。今日から1年経ったら、何を期待するであろうか。必要なのは、環境が現在要求するものと、今日から1年後に要求すると思われるものとの差異を浮き彫りにさせること。この差異に”対応すること”が実際上、プランニング・プロセスにおける主要な成果。
  2. 現状把握:現在の能力と仕掛りのプロジェクトをリストアップし、現在動いているプロジェクトはすべて完了できるか、いつか廃棄されるか流される可能性があり、こういう要因を予想のアウトプットに割り込ませる。
  3. ギャップを埋めるためになすべきこと:要求と現在のギャップを埋めるために、新しいタスクに着手するとか古いタスクを修正する。第一はギャップを埋めるために何をする”必要”があるか、第二はギャップを埋めるために何が”できるか”、それぞれの質問を個々に考え、それからあなたの活動がギャップを狭めるうえで”どんな影響”を”いつ”与えられるかを評価しながら、実際に何をするかを決める。こうして決めた一連の行動があなたの”戦略”。
  • プランニング・プロセスには誰が参画すべきか。組織の中の実施担当マネジャーである。というのは、計画立案者が計画を実行する人と異なっていてもかまわない考え方は通用しないから。組織の将来の業績に与える影響を与えるテコの作用は、プランニングと実行がよく組み合わされ、まっとうに協力してこそ実現できるもの。
  • プロジェクトに対して、あるいは一連の活動、あるいは何に対してでも「イエス」と言うことは、その他のことについては「ノー」と暗黙のうちに言うことになる。ひとつの約束をするたびに、何かそれ以外のことを約束する機会を喪失する。もちろん、これは避けがたく逃れがたいものであるが、有限の資源を配分する以上当然のこと。計画を立てる人間は、「イエス」と笑って答えるばかりではなく、「ノー」と頭を振る気迫、正直さ、規律を身に付けなければならない

(4)第4部:選手たち

①スポーツとの対比
  • 人が仕事をしていないとき、その理由は2つしかない。単にそれができないのか、やろうとしないかのいずれかである。つまり、能力がないか、意欲がないかのいずれかである。
  • マネジャーの最も重要なタスクは、部下から最高の業績を引き出すこと。その取り組み方は、”訓練”と”動機付け(モチベーション)”の2つある。
  • マネジャーはどうやって部下にやる気を起こさせるか。だが、私にはそういうことができるとは思えない。モチベーションなるものは人間の内部から発するものだから。したがって、マネジャーにできることは、もともと動機付けのある人が活躍できる環境を作ることだけ
②タスク習熟度
  1. 低:明確な構造、タスク志向-何を、いつ、どうして、を示す
  2. 中:個人志向-双方向通行的コミュニケーション、支持、お互いの判断力を重視する
  3. 高:マネジャーの関与を最小限に-目標を設定し、モニターする
  • マネジメント・スタイルに、何が「良く」て何が「悪い」ということは、あなたの考え方や行動の中で、いかなる場も占めてはならない。我々が追及しているのは、何が最も”効果的”かという点である。
  • 事実、実践上の価値観、優先順位、好みなどを共有していること、つまり、いかにひとつの組織が一致協力しているかということは、経営管理上のスタイルが進歩していくことを望むならば必須の条件。このような共有化がなければ組織はすぐに混乱を生じ、目的意識を失ってしまう。したがって、共通の価値観を伝えてゆく責任はまさに監督者にかかっている
  • 部下に物事を教える責任は必ず上司が負わなければならないし、組織の内外を問わず、顧客が支払うべきものではない。
  • マネジャーは部下の仕事にはまり込んで代わりに意思決定をしたいか、あるいは、完全に放り出して煩わされたくないか、のいずれかと考えている。これに関連するもう一つの問題は、マネジャーの自己認識。我々は実際以上に、もちろん部下たちが考えている以上に、自分自身のことをコミュニケーションの良い人、権限移譲をよくする人だとみなしがち。
③人事考課
  • 考課における最大の問題は、管理者が通常部下に何を期待しているかをはっきりと決めていないこと。自分が望むものを知らなければ、どうして確実にそれを得ることができようか。
  • マネジャーは業績がはっきりしているときにだけそれを見て記録するのではない。目に見えない業績を”判断する”ことも求められている。
  • 避けなければならない大きな落とし穴は、「可能性(ポテンシャル)という罠」。いつでも可能性でなくて実績を評価するよう努力すべき。「可能性」とは実質以外のものをいう。
  • 誰を昇進させるかの選択ほど、明確に大声でもってマネジャーの価値観を組織に対して知らせるものはないことを我々はよく認識しておかなければならない。誰かを引き上げることで、我々は実質的に組織内の人々に対する役割モデルを作り出している。我々は最良の人を昇進させることによって、部下に業績がものをいうことを知らせている。
  • 一人の部下がいかによく仕事をしたとしても、なお改善を示唆しうる道は発見できるはず。そういうことに対して、気まずい思いなど少しもする必要はない。たとえ後知恵であったとしても、まともな目で見れば、部下ができたかもしれないことに対し、何をやったかを比較することができる。そして、その際は将来どうしたら改善できるかの方法を我々に教えてくれるはず。
  • 「人の話をよく聞く(リスニング)」というのは、あなたの言いたいポイントが部下の頭で正しく解釈されるために全感覚機能を使うこと。あなたが正しい考課を準備するためにありとあらゆる知性と誠実さを傾けても、こうならなければ何も生み出さない。もし理解していないと思ったら、注意してもう一度同じことを説明するか、異なった表現で説明しなおす。
  • 人間には一時に吸収できるメッセージに限界があるということは事実。特に自分自身の考課を受け止める場合はそれが当てはまる。考課の目的は、部下を観察して得た”あなた側の”真実を洗いざらい出すことではなくて、”彼の”業績を向上させること。そこで、述べることは、少なければ少ないほど良いと言ってよい。
  • 業績の良くない人は自分の問題を”無視する”傾向が強い。そこで、マネジャーはその真実を示すことができる事実と具体例を持つことが肝要。部下が消極的に無視するよりは問題を”積極的に否定する”方が、前者に比べて一歩前進。
  • 問題の解決方法を発見することは、考課者と部下の共同作業であるけれど、部下をすべての段階を通過させて責任引受にまで移行させるのは考課者の仕事である。部下が相変わらず否定したり、他人を非難し続けていたりするのに、監督者が解決方法を発見しようとしても何にもならない。
④タスク関連フィードバックとしての報酬
  • 人により自分の能力以上の職位に昇進し、その仕事をかなり長い間平均以下にしかできないことがある。解決方法は”リサイクル”することである。昇進させられる前によくできた仕事に戻せばよい。不幸にも、これは我々の社会では非常に困難なこと。人々はそれを個人としての失敗と見がちである。事実は、その人がもっと責任ある仕事のできる準備ができたと誤って判断した経営者の失敗。
⑤なぜ教育訓練が上司の仕事なのか
  • マネジャーが通常、部下の個人個人のパフォーマンス・レベルを引き上げるにあたっては、2つの方法がある。ひとつは動機付け、すなわち各部下がそれぞれの職務をやろうとする意欲を増大することであり、もうひとつは各人の処理能力を増加させることであるが、この後者に教育訓練が関わってくる。
  • 訓練を動機付けとともに部下の業績向上の方法として受け止め、また教える中身は実際に行っていることに密接に結びついたものとし、さらに訓練は1回限りの出来事ではなくて、ひとつの継続したプロセスであるということを認識するならば、訓練をするのは「誰か」ということはおのずから明らかとなる。それは「あなたがたマネージャー」なのであるということがわかろう。

3.教訓

自身がマネジメントをしていて、かなり胸が痛い内容も多かったのは事実です。

  • よく知っていることこそ権限移譲すべきだが、自身の気持ちに逆らう
  • 一つのことにYESと言ったら、他のことにNOと言うことと同じ
  • 何か言うと馬鹿だと思われる恐怖心が本来すべき質問を抑える
  • 計画立案者が計画を実行する人と異なっていてもかまわない考え方は通用しない
  • 計画を立てる人間は、「YES」と笑って答えるばかりではなく、「NO」と頭を振る気迫、正直さ、規律を身に付けなければならない

自身の経験でも、収益化は見込めないが顧客利便性は確実に高まるサービスを導入を検討した際、どうせやるなら収益化を、と求められたことがありました。

その際、NO(顧客利便性優先)と言っても理解されずに、かなり落ち込みました。結果として導入は認められ、その後の展開には苦労しましたが、それでも今はあって当たり前のサービスになりました。

NOというのは、見栄やメンツ、プライドが邪魔して、実際には言いにくいものです。でも、そこでしっかりと自分の意見を言ったうえで、折り合いを見つけていくことを意識したいと思います。

ファスト&スロー(下) あなたの意思はどのように決まるか? ダニエル・カーネマン著


 

1.はじめに

前回は、本書の上巻を紹介しました。

第3部の「自信過剰」が、上巻と下巻にまたがりますので、その続きとして案内します。

 

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2.内容

(3)自信過剰

  • プロフェッショナルの直感的なスキルの習得は、基本的には質の高いフィードバックをすぐに得られるかどうか、そして練習し実践する機会が十分にあるかどうかにかかっている。
  • 自分たちのケースに固有の情報を持っている場合、そのケースが属するクラスの統計データも知っておこう、と考える人はめったにいない。そして、初めて外部情報に触れたとき、全員がそれを無視する。「くそおもしろくない」統計情報は、個人的な印象と一致しない限り、簡単にゴミ箱行きになりやすい。内部情報に基づくアプローチと対立する場合、外部情報に勝ち目はない。
  • 当初予算の見込違いは、必ずしも無知に起因するわけではない。非現実的な計画を立てる人たちは、多くの場合、その計画を上司または顧客に是非とも承認させたいと考えている。彼らは、一旦承認された計画は、単に予算不足や納期遅れが起きただけで中止や放棄に至ることはめったにない、と知っている。
  • 多くの人は、過去の分布に関する情報を軽視または無視しがちであり、この傾向がおそらく予測エラーの主因だと考えられる。したがって、計画立案者は、入手可能なすべての分布情報が十分に活用できるように、予測問題の枠組みを整える努力をしなければならない。自分たちの計画とよく似た他の試みの分布情報を活用することは、外部情報を求めることに他ならず、計画の錯誤の有効な治療法となる。
  • 多くのデータから、個人や組織が進んで大きなリスクを取るときには楽観バイアスが関与していること、それも時には決定的な役割を果たしていることがうかがわれる。リスクを取る人は、たいていは自分が失敗する確率を過小評価しており、猪突猛進した末に、本当の確率を思い知ることになる
  • 現在検討中の計画が失敗したと想定して要因分析する「死亡前死因分析」には、大きなメリットが2つある。1つは、決定の方向性がはっきりしていくると多くのチームは集団思考に陥りがちになるが、それを克服できること。もう1つは、事情をよく知っている人の想像力を望ましい方向に解放できること。「見たものがすべて」という思い込みと無批判の楽観主義というバイアスのかかった計画から、いくらか損害を減らす役に立つことだろう。

(4)選択

  • 損失は利得より大きく感じられる。このような人々を「損失回避的」と定義する。
  • 選好は一定不変ではない。参照点が変われば選好は変わる。変化に伴うデメリットはメリットより強く感じられ、現状維持を好むバイアスを誘発する。損失回避性が意味するのは、選択には参照点を好むバイアスが強く働くということに過ぎない。
  • 「悪は善より強し」という論文では、「人間は悪い感情、悪い両親、悪い評価を、よい感情、よい両親、よい評価よりもずっと詳しく検討するもの。悪い印象や悪いステレオタイプは、より印象やよいステレオタイプより容易に形成され、しかもなかなか取り消されない」と総括している。
  • 損失回避は現状の変更を最小限にとどめようとする強い保守的な傾向であり、組織にも個人にも見受けられる。近所付き合いや結婚生活や職場で安定した状態が維持されるのは、こうした保守的な傾向が寄与していると言えよう。言うなれば損失回避は、私たちの生活を参照点近くにとどめおく重力のような存在。
  • 悪い目しかないときに自分がどう選ぶかを考えてみると、利得がかかっているときにリスク回避になることの裏返しで、損失しか選べない状況ではリスク追求的になることがすぐにわかる。八方塞がりになった人々が絶望的な賭けに出て、大損を免れる一縷の望みと引き換えに、高い確率で事態を一層悪化させる選択肢を受け入れる。確実な大損を受け入れるのはあまりに苦痛が大きく、それを完全に避けられるかもしれないという望みはあまりに魅力的である。その結果、起死回生の一手を打つしかないという決断に立ち至る。
  • めったに起こりそうもない出来事は、無視されるか、または過大な重みを付けられる。起こりそうもない結果に過大な重みを付けるのは、システム1の仕業である。感情と鮮明性は、利用可能性、確率判断に影響を及ぼす。めったに起きないが無視できない出来事に私たちが過剰に反応するのはこれにより説明できる。
  • 他にもっとよい投資先があるにもかかわらず、損を出している勘定に追加資金を投じる決断は、「サンクコストの錯誤」として知られる。事の大小を問わず、高くつく誤りである。
  • 行動して生み出された結果に対しては、行動せずに同じ結果になった場合よりも、強い感情反応が生まれる。この感情反応の中に、後悔も含まれる。
  • 革新的な治療法と標準的な治療法では、結果論では標準的な治療法を選ぶことの方が想像しやすく、標準的でない方は「選ばなければよかったのに」ということになりやすい。確かに、あえて革新的な治療法を選んでうまくいけば、高い評判が得られる。だがその潜在的なメリットは失敗したときの代償と比べれば小さい。一般的に、治療はうまくいくものと考えられている。
  • あらゆるリスクの増加は絶対に認めないという「トレードオフのタブー視」は、安全のための予算を有効活用する賢い方法とは言えない。トレードオフへの抵抗は、安全を最適化したいという願いよりも、後で後悔したくないという利己的な恐れに動機づけられていることが少なくない。
  • 後悔は後知恵バイアスとセットになっていることが多いので、あらかじめ後知恵を排除しておくとよい。私自身は後知恵対策として、長期的な結果を伴う決定を下す際には、徹底的に考え抜くか、でなければごくいい加減にざっくりと決めるか、どちらかにしている。中途半端に考えるのが一番よくない
  • より広い総合的な枠組みで考える方が、合理的な判断が下されやすい。そして並列評価は、明らかに単独評価より広い枠組みである。ただし、並列評価で並べるものを決める立場の人が、あなたの選択に関して既得権益を持っている場合などには注意しなければならない。例えば、セールスマンは、商品の見せ方を操作して顧客の選好に大きな影響を与えることができる。
  • ガソリンスタンドで現金払いとクレジット払いで料金設定を変えるべきかという問題を議論したとき、「クレジット割り増し」でなく「現金割引」と表示すべきという意見が出た。人間は割り増しを払うより割引を容認する方がたやすい。両者は経済学的には同じだとしても、感情的には同じでない

(5)2つの自己

  • 私たちは、苦痛にしろ快楽にしろ、その持続時間についてはちゃんと好き嫌いがある。だがシステム1の機能の一つである私たちの記憶は、苦痛または快楽が最も強い瞬間(ピーク時)と終了時の感覚とで経験を代表させるように進化してきた。また、持続時間を無視するため、快楽を長く苦痛を短くしたいという好みを満足させることはできない。
  • そのとき注意が向けられていた生活の1要素が、総合評価において不相応に大きな位置を占める。これが「焦点錯覚」である。焦点錯覚は次の一文で表すことができる。「あなたがあることを考えているとき、人生においてそのこと以上に重要なことは存在しない」。

3.教訓

上巻の続きの感想として、文字にして改めて見ると、根拠のない自信過剰や、自分が合理的でない選択をしてきたことは多いと考えます。例えば、

  • 安くシステムを作ろうとお化粧してみても、結局は予算が膨らみ、他の事例と同じかそれ以上にコストがかかってしまう。
  • うまくいっているときは、誰もそれがうまくいかなくなるとは想像できない。
  • 後で批判されるかもと考えると、なかなかリスクを取ろうと判断できない。
  • ここまでやったのだからと考え、今さら中止できずにもうひと頑張りしてしまう。

また、リスクをすべて潰しにかかろうとすると、いつまで経っても決断できず時間を浪費するばかりか、その対策費用としてのコストも無尽蔵に増加していきます。

これは以前に読んだ、80対20の法則にも通ずる話であり、簡単に頭には浮かぶが実際にはあまり起こりそうにないことを排除するなど、バイアスに引きずられないように意識することの重要性を再認識しました。

どうせ後悔するなら、自ら行動して、自ら決断してからの方が良いと考えたいと思います。

 

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ファスト&スロー(上) あなたの意思はどのように決まるか? ダニエル・カーネマン著


 

1.はじめに

いわゆる「行動経済学」の内容です。

著者は、2002年にノーベル経済学賞を受賞していて、最近では、システム1・システム2という表現を目にする機会も増えてきたように感じます。

人間は、必ずしも合理的に行動するわけではなく、感情などの非合理性な部分に基づく行動を取ってしまいます。

背表紙には、「はたしてあなたは合理的に正しい判断を行っているか、本書の設問はそれを意識するきっかけいになる」と書かれています。

まずは上巻にて印象に残った部分を挙げ、下巻の紹介は別の機会に実施します。

2.内容

(1)2つのシステム

  • システム1」は自動的に高速で働き、努力は全く不要か、必要であってもわずかである。また、自分の方からコントロールしている感覚は一切ない。
  • システム2」は、複雑な計算など頭を使わなければできない困難な知的活動にしかるべき注意を割り当てる。システム2の働きは、代理・選択・集中などの主観的経験と関連付けられることが多い。
  • システム1の能力には、動物に共通する先天的なスキルが含まれている。すなわち人間は、周囲の世界を感じ、ものを認識し、注意を向け、損害を避け、クモを怖がるように生まれついている。一方、先天的でない知的活動は、長年の訓練を通じて高速かつ自動的にこなせるようになる。
  • あなたのシステム2が考えたり行動したりすることの大半は、システム1から発している。だが物事がややこしくなってくると、システム2が主導権を握る。最後の決定権を握るのは、通常はシステム2である。
  • システム1にはバイアスもある。システム1の欠点の1つは、スイッチオフできないこと
  • システム2はのろくて効率が悪いので、システム1が定型的に行っている決定を肩代わりすることはできない。私たちにできる最善のことは妥協に過ぎない。失敗しやすい状況を見分ける方法を学習し、懸かっているものが大きいときに、せめて重大な失敗を防ぐべく努力することだ。そして、他人の失敗の方が、自分の失敗より容易に認識できる。
  • システム2に備わっている決定的な能力は、「タスク設定」ができること。作業をうまくこなせるよう注意力をセットするのにも、実行するのにも、努力が必要。しかし何度もやれば必ず上達する。このようにタスク設定を導入し完了するプロセスを「実行制御」と呼ぶ。
  • システム2に困難な要求を強いる活動は、セルフコントロールを必要とする。そしてセルフコントロールを発揮すれば、消耗し不快になる。認知的負荷とは異なり、自我消耗に陥ると、モチベーションがいくらか低下する。あるタスクにセルフコントロールを大いに発揮すると、もう他のことに努力したくないという気になる。
  • 馴染みの印象を形成するのはシステム1であり、システム2はこの印象に基づいて正誤の判断を下すことになる。認知しやすいかどうかの印象に基づいて判断していたら、系統的な錯覚は避けられない。連想記憶マシンをスムーズに動かす要因は、例外なくバイアスを生む。誰かにうそを信じさせたいときの確実な方法は、何度も繰り返すこと。聞き慣れたことは真実と混同されやすい
  • 問題なのは、印刷が鮮明だとか、韻が踏んであって覚えやすいといった、内容とは無関係の理由からも認知が容易だと感じ、しかもその感覚が何に由来するのか、簡単には突き止められない。ほとんどの場合、怠け者のシステム2はシステム1の提案を受け入れ、そのまま突き進む。
  • 単純接触効果は、何か見せられたことに気づかないような場合ですら効果は認められ、結局は一番頻繁に見せられたものほど好きになる。この効果は生物学的に見て極めて重要な意味を持っている。新たな刺激に対しては慎重に反応し、場合によっては逃げ出す必要があるが、単純接触効果が起きるのは、刺激に反復的に接していても、何も悪いことが起きなかったため
  • 悲しいことを考えた被験者は、直感的な作業を全く正確にこなせなくなってしまった。気分は明らかにシステム1の働きを左右する。不機嫌な時や不幸な時、私たちは直感のきらめきを失ってしまう
  • システム1はだまされやすく、信じたがるバイアスを備えている。疑ってかかり信じないと判断するのはシステム2の仕事だが、しかしシステム2は時に忙しく、だいたいは怠けている。実際、疲れているときやうんざりしているときは、人間は根拠のない説得的なメッセージに影響されやすくなるというデータもある。
  • ストーリーの出来で重要なのは情報の整合性であって、完全性ではない。むしろ手元に少ししか情報がないときの方が、うまいことすべての情報を筋書き通りにはめ込むことができる。「自分の見たものがすべて」となれば、辻褄は合わせやすく、認知も容易になる。
  • システム1は、プロトタイプあるいは代表的な例のセットでもって、あるカテゴリーを代表させる。このため平均はうまくあつかえるが、合計は苦手だ。

(2)ヒューリスティクスとバイアス

  • 少数の法則:標本サイズが大きければ、小さい場合より正確である。標本サイズが小さいと、大きい場合より極端なケースが発生しやすくなる
  • アンカリング効果:ある未知の数値を見積もる前に何らかの特定の数値を示されると、この効果が起きる。これは、実験心理学の分野では極めて信頼度と頑健性の高い結果で、あなたの見積もりはその特定の数値の近くにとどまったまま、どうしても離れることができない。
  • アンカリングを生む心理的なメカニズムは、大半の人を好ましくないほど暗示にかかりやすくしてしまう。そこで、当然ながら、このだまされやすさに付け込もうとする輩や、実際にそれをやってのける輩が多数出現する。もし、相手が途方もない値段をふっかけてきたと感じたら、大げさに文句をいい、憤然と席を立ち、そんな数字をもとに交渉を続ける気がさらさらないことを示す。
  • チーム内に各自の自己評価に従ったら貢献度の合計が100%以上になってしまうことを示すだけで、問題が解消することがよくある。あなたはもしかすると、自分に配分された報酬以上の貢献をしたのかもしれない。だがあなたがそう感じているときは、チームのメンバー全員も同じ思いをしている可能性が高い。このことは、誰もが肝に銘じておくべきである。
  • 自己評価は、具体例を思い出すたやすさに左右される。たやすく思い出せたという感覚は、思い出せる例の数より強力なのである。改善点を多く挙げるように指示したクラスほど、講座に高い評価を付けた。
  • リスクの定義:リスク評価は計測方法次第で変わってくるのであり、その計測方法の選択は、結果の選考やその他事情に左右される可能性がある。したがって、リスクを定義することは権力を行使することに他ならない
  • メディアが競って刺激的な見出しを打つにつれて、危険はどんどん誇張されていく。高まる一方の恐怖感や嫌悪感を和らげようとする科学者や評論家はほとんど注目されず、されたとしても敵視されるだけ。危険が過大評価されていると口にしようものなら、「悪質な危険隠し」とみなされかねない。こうして問題が国民的関心事になると、政治家の反応は市民感情の強さに左右されるようになり、利用可能性カスケードが政策の優先順位を変えるに至る。
  • 無価値の情報は、その情報が全く無いものとして扱わなければならない。ところが「自分の見たものがすべて」になるせいで、この原則を守ることは困難になる。受け取った情報を直ちに却下するのでない限り、あなたのシステム1は手元の情報を正しいものとして自動的に処理するからだ。情報の信頼性に疑念を抱いたときにあなたがすべきことはただ一つ、確率の見積もりを基準値に近づけること。ただし、この原則を守るのは生易しいことでなく、自己監視と自己防御にかなりの努力を払わなければならない。
  • 平均への回帰:教官が訓練生を誉めるのは、当然ながら訓練生が平均をかなり上回る腕前を見せたときだけ。同様に教官が訓練生をどなりつけるのは、平均を大幅に下回るほど不出来だったときだけ。したがって、教官が何もしなくても、次は多かれ少なかれマシになる可能性が高い。つまりベテラン教官は、ランダム事象につきものの変動に因果関係を当てはめただけ
  • たくさんの著名な研究者が、単なる相関関係を因果関係と取り違えるという誤りを犯していた。回帰は研究を邪魔する厄介者であり、経験豊富な研究者は十分な根拠ない因果的推論をしないよう、厳に戒めている。
  • システム1は、手元情報から作り出せるストーリーの筋が通っているときほど自信を持つので、ごく当然のように自信過剰な判断を下す。直観は極端に偏った予測を立てやすいものだと肝に銘じ、直観的予測を過信しないように気を付けること。平均回帰を理解するには、システム2を重点的に訓練する必要がある。

(3)自信過剰

  • ハロー効果:ある人のたった一つの目立つ特徴についての判断に、すべての資質に対する評価を一致させるよう仕向けるのがハロー効果。ハロー効果は、「よい人間のやることはすべてよく、悪い人間のやることはすべて悪い」という具合に、評価に過剰な一貫性を持たせる働きをする。そこで、講釈も単純で一貫したものになる。
  • 人間の脳の一般的な限界として、過去における自分の理解の状態や過去に持っていた自分の意見を正確に再構築できないことが挙げられる。新たな世界観をたとえ部分的にせよ採用したとたん、その直前まで自分がどう考えていたのか、もはやほとんど思い出せなくなってしまう。
  • 実際にことが起きてから、それに合わせて過去の自分の考えを修正する傾向は、強力な認知的錯覚を生む。後知恵バイアスは、意思決定者の評価に致命的な影響を与える。評価する側は、決定に至るまでのプロセスが適切だったかどうかではなく、結果が良かったか悪かったで決定の質を判断することになる
  • 妥当性の錯覚:何らかの判断に対しては主観的な自信を抱いているだけでは、その判断が正しい可能性を論理的に示したとはいえない。自信は感覚であり、自信があるのは、情報に整合性があって情報処理が認知的に容易であるからに過ぎない。必要なのは、不確実性の存在を認め、重大に受け止めること。自信を高らかに表明するのは、頭の中で辻褄の合うストーリーを作りましたと宣言するのと同じことであって、そのストーリーが真実だということにはならない。

3.教訓

これまであまり意識はしていませんでしたが、文字にして改めて見ると、自分が合理的でない判断をしてきたことや、自分の考えが直近の情報に惑わされていることは多いと考えます。例えば、

  • 疲れていると、あまり考えずにOKを出してしまい、後で後悔することがある。
  • 他の人が頑張っていることも考えず、自分のボーナスの額に少しがっかりする。
  • たまたまうまくいったことを、自分の実力と勘違いし、同じことが再現できると思ってしまう。
  • 新しい建物が立った時、その前に何が建っていたのか全く思い出せない。
  • ニュースを見てから、自分も予想できたと思ってしまう。

自分のことではありませんが、選挙カーで候補者の名前を連呼するのも、コロナ禍でメディアが極端な事例を取り上げるのも、客観的な目線では理解できます。

自分の判断は周囲から影響されていることを意識することを忘れないようにしたいと思います。

悪文 伝わる文章の作法 岩淵悦太郎 著

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1.はじめに

もともとは1960年が初版、その後、2016年に文庫化されています。

冒頭から、悪文紹介のオンパレードです。

よくこのような題材となる文章を見つけてきた、と思う反面、案外、自分がこれまで書いてきた文章を含め、探せば探すだけ見つかるもの、という気もします。

2.内容

(1)文の切りつなぎ

  • 要するに、文の切りつなぎの面から見れば、悪文の代表の一つは長すぎる文であり、論理的な明晰さを、読み手に感じさせない文章である。
  • 論理的な文章では、なんと言っても、主語と述語とは、切っても切れない縁続きなのだから、そう遠くへ離してしまっては、かわいそうである。述語を前の方に持ってくれば、そこで分が終わるから、文章に初めに、誰がどうしたという、言わば結論的な文を置くことになる。つまり、「結論を予告する」ということになるのであって、論説の文章によく取られる手法であり、実際上、かなり有効。

(2)文の途中での切り方

  • 書く方にとって便利だということが、読む方にとって不便なことの原因になる。「見てわかった」の場合には、「見て」まで読んでも、「見たのでわかった」のか、「見たし、わかった」のかなど、推移か、並列か、原因か、方法か、逆接かわからない。そのことは、読み手の負担が増えることであり、場合によっては、読み誤りを起こす原因にもなる。
  • 読点(、)の最大の役割は、文の中止を形式的に表すことである。しかし、実際の文章には、そのあたりのことが意識されていないものが多い。特に注意を要することは、書き手の書く勢いの切れ目と、読み手の読みやすさの切れ目とが食い違うことである。
  • 接続助詞の「が」の用法は、逆接法だけではない。つなぎ、前置き、補充、対比など、非常に幅広い用法を持っている。その種々の関係を表しうるところに、あいまいさの源がある。そういう意味で、このような文は、読み手に大きな負担をかけるもの。

(3)文の筋を通す

  • 主語はなるべく早く出した方がいい。しかも、主語と述語との距離は短い方がいい。そこで、両方の要望を満足させるのはなかなか難しいが、たった一つ道がある。それは、短い文を書くということ。これはあらゆる場合の鉄則と言っていい。
  • 普通の日本語では主語となりえないものを主語とすると、どうしても述語が受身形になる。現実には、こういう文はとっつきが悪く、日本人には慣れていない発想法なので、理解しにくいことは否定できないと思う。日本語では、受身は1つも使わなくても、その気にさえなれば文を書くことができる。
  • 余計なものをなるべく省くということを、いつも考えていなければならないのであるが、一方、略し過ぎてもよくない。略し過ぎとダブったものとどちらがいいかと言えば、芸術作品ではない限り、むしろダブりの方がいい。省略してしまっては、全く筆者の予想しないような解釈が成り立つことがあるかもしれないが、ダブったものは、多少うるさいと思われても、そのための誤解は起こらない。

(4)修飾の仕方

  • 「難しい子の教育」では、①難しい「子の教育」なのか、②「難しい子」の教育という2通りに取れる。書き手の頭の中では、こんなことはわかりきったことに違いない。しかし予備知識のない読み手の側に立って読み直すべきであった。
  • 奥田靖雄氏は「正しい日本語の書き方」という本の中で、修飾語の条件として次の3つを上げた。
  1. 長い修飾語をつけないこと
  2. 修飾される語のすぐ前に修飾語を置くこと
  3. 長い修飾語と短い修飾語とがあるときは、短い修飾語の方を修飾される語の近くへ置くこと

(5)言葉を選ぶ

  • 相手が不特定の多くの人々となっている文章では、自分勝手の言い回し方は通らない。相手は必ずしも自分の書こうとしている事柄に理解があるとは限らない。それなのに、書こうとする全体を知っているから、つい相手の思惑にお構いなしに、筆が走りやすい。そこで、ひとり合点な書きぶりをしてしまう。
  • ひとり合点を改めない限り、いくら用語をくだいても、読み手の心理の引っ掛かりは救えない。難しい言葉を避けると、とかく文章が長たらしくなる。簡潔ということも、達意の文章を書くうえで大切な心構えである。
  • 頭の中のアイディアのモヤモヤを整理する努力をしないで、心に浮かぶイメージをただ書き連ねていくと、どうしてもひとり合点に陥る
  • 「太郎は次郎のように利口ではない」という分で、予備知識がない場合、①次郎は利口で太郎は馬鹿だ、②太郎も次郎と同じく馬鹿だ、③太郎も次郎も利口だが太郎の利口さは次郎に劣る、のどれかに解釈は決まらない。~と違って、~と同様になど、紛らわしくない表現を用いる。
  • よくは知らない言い回しを、気分的に使ったり、学をひけらかして書いたりすると、とんでもない結果になることが多い。言葉の選び方には、もっと慎重さが必要である。書こうとすることの掘り下げが足りないか、または整理がついていないか、結局、書き手の心構えと考えとが確かかどうかの問題にまで遡っていく。

3.教訓

自身でも文章を書きますが、立場上、担当者が書いた文章をチェックすることが多いです。その際、本書の内容が非常に役立ちます。

その際、本人が伝えたい内容と、読み手が感じる内容とが、必ずしも一致しない部分があり、「ここはこう書いた方が伝わる」という話をよくします。

また文章を短く切ったり、段落を変える必要のないところを戻したり、主語を明確にしたりといった校正作業を実施します。自身が説明する立場であるのに、という内容なのに、こう変更されます、こうなります、という文章も目立つので、変更します、という言い切り方に書き換えることもあります。

とにかく、紛らわしい表現を避け、簡潔な内容で、ひとり合点にならずに相手に誤解なく伝わる文章を心掛けたいと考えています。

 

 

7つの習慣 人格主義の回復 スティーブン・R・コヴィー著

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1.はじめに

本の紹介も、今回で節目の50冊目になりました。

そこで、「自己啓発」を代表する本書を取り上げます。

副題にもある通り、優れた人格を持つことこそが第一の偉大さであり、社会的評価は二の次である、ということが一貫して語られています。

以下で、7つのそれぞれの習慣について、個別に触れていきます。

2.内容

  • 「7つの習慣」とは、原則を中心に据え、人格を土台とし、インサイド・アウト(内から外へ)のアプローチによって、個人の成長、効果的な人格を人間関係を実現しようという思考である。インサイド・アウトとは、自分自身の内面から始めるという意味である。内面の最も奥深くにあるパラダイム、人格、動機を見つめることから始まる。
  • 習慣は、私たちの人生に決定的な影響を及ぼす。習慣とは一貫性であり、ときに無意識に行われる行動パターンであり、日々絶えず人格として現れる。その結果、自分自身の効果性の程度が決まる。
  • 習慣とは、知識・スキル・意欲の3つが交わる部分。①知識は、何をするのか、なぜそれをするのかという問いに答える理論的なパラダイム。②スキルはどうやってするのかを示し、③意欲は動機であり、それをしたいという気持ちを示す。人生において効果的な習慣を身に付けるには、これら3つすべてが必要。

(1)主体的である

  • 主体性とは、自発的に率先して行動することだけを意味するものではない。人間として、自分の人生を引き受けることも意味する。私たちの行動は、周りの状況でなく、自分自身の決定と選択の結果である。私たち人間は、感情を抑えて自らの価値観を優先させることができる。
  • 衝動を抑え、価値観に従って行動する能力こそが主体的な人の本質である。反応的な人は、その時々の感情や状況、条件付け、自分を取り巻く環境に影響を受ける。主体的な人は、深く考えて選択し、自分の内面にある価値観で自分をコントロールできる。
  • 良い仕事に就けるのは、自分から主体的に動く人。その人自身が問題の解決策となる。正しい原則に従って、望む仕事を得るために必要なものは端から実行する人。
  • 人に責任を持たせるのは、その人を突き放すことにはならない。逆に、その人の主体性を認めること。
  • どの習慣でも、行動を起こすのはあなたの責任。周りが動くのを待っていたら、あなたは周りから動かされるだけの人間になってしまう。自ら責任を引き受けて行動するのか、それとも周りから動かされるのか、どちらの道を選ぶのかによって、成長や成功の機会も大きく変わる。
  • 主体的な人は、影響の輪の領域に労力をかけている。自分が影響を及ぼせる物事に働きかける。主体的な人のエネルギーには、影響の輪を押し広げていくポジティブな作用がある。自分が影響を及ぼせる物事を疎かにしてしまうと、ネガティブなエネルギーが増え、その結果、影響の輪は小さくなっていく。

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  • 自分でコントロールできない問題の場合には、その問題に対する態度を根本的に改める必要がある。どんなに気に入らなくても、自分の力ではどうにもできない問題なら、笑顔を作り、穏やかな気持ちでそれらを受け入れて生きる術を身に付ける。自分の習慣を変える。影響を及ぼす方法を変える。
  • 「主体的」という言葉から、押し付けがましく、もしくは無神経な態度をイメージする人もいるだろう。しかしそれは全く違う。主体的な人は、賢く、価値観に従って行動し、現実を直視し、何が必要かを理解する。
  • 影響の輪にフォーカスすることは、人格を磨くことに他ならない。問題は自分の外にあると考えるならば、そのような考え方は、自分の外にあるものに支配されているのを許していること。それに対して主体的な人の変化のパラダイムは、「インサイド・アウト」だ。自分自身が変わる、自分の内面にあるものを変えることで、外にあるものを良くしていく考え方。
  • 自分の身の上を、他者や周りの状況のせいにする方がはるかに簡単。しかし私たちは自分の行動に責任がある。責任とは、反応を選べる能力である。自分の人生をコントロールし、あることに自分の在り方に意識を向け、働きかけることで、周りの状況に強い影響を与えられる。
  • 過去の出来事を悔いてばかりいる人にとって、主体的であるために必要なのは、過去の間違いは影響の輪の外にあることに気づくこと。過ぎてしまったことを呼び戻すことはできないし、やり直すこともできない。また、生じた結果をコントロールすることなどできない。
  • 重要なのは、過ちをを犯したときにどういう反応を選択するかである。自分を噛んだ毒蛇を追いかけたら、毒を身体中に回してしまうようなもの。すぐに毒を取り除く方がよほど大切。
  • 人間だけに授けられた自覚と良心という能力を使えば、自分の弱点、改善すべき点、伸ばすことのできる才能、変えるべき行動、やめなければならないことを意識することができる。そして、これらの自覚に実際に取り組むためには、想像と意志を働かせ、自分に約束し、目標を立て、それを必ず守る。こうして強い人格や人としての強さを築き、人生のすべてをポジティブにする。
  • 他者の欠点を責めない。自分の欠点を正当化しない。間違いを犯したら、すぐに認め、正し、そこから教訓を得る。間違いを他者のせいにしない。自分がコントロールできることに取り組む。自分自身に働きかけ、「ある(be)」ことに取り組む。

(2)終わりを思い描くことから始める

  • 「終わりを思い描くことから始める」習慣は、すべてのものは二度つくられるという原則に基づいている。まず頭の中で創造され、次に実際に形あるものとして創造される。第一は知的創造、第二は物的創造である。
  • 第2の習慣は、自分の人生に自らがリーダーシップを発揮すること、つまりパーソナル・リーダーシップの原則に基づいている。マネジメントはボトムライン(最終結果)にフォーカスし、目標を達成するための手段を考える。それに対して、リーダーシップはトップライン(目標)にフォーカスし、何を達成したいのか考える。
  • 終わりを思い描くことから始めるというのは、役割を果たすときに、自分の価値観を明確にし、方向をはっきりと定めて行動すること。そうすれば、どんな試練にぶつかっても、どんな問題が起きても、その価値観に従って行動できる。感情に流されず、起こった状況にうろたえることもない。私の価値観が明確なのだから、本当に意味で主体的で価値観に沿った人間になれる。
  • 自分の人生の中心に置くものが何であれ、それは安定・指針・知恵・力の源になる。①安定とは、あなたの存在価値、アイデンティティ、よりどころ、自尊心、人格的な強さ、安心感。②指針は、人生の方向性を決める根源。生活の中でのあらゆる意思決定、行動基準、原則、暗黙の規範。③知恵は、あなたの人生観、生活を送るうえでのバランス感覚。④力は、行動する力、物事を成し遂げる強みと潜在的な能力。選択し、決断を下すために不可欠なエネルギー。
  • 人生の中心に原則を据えれば、人生の4つの要素を伸ばしていく堅固な土台ができる。原則はどんなものにも影響されない。原則は、私たち自身の人生と経験においても有効に働いていることを知れば、大きな安定を得ることができる。
  • あなたは他者や状況の影響を受けて決断するのではない。自分が一番良いと思うことを主体的に選択する。意識的に様々な要素を考慮したうえで、意識的に決断を下す。長期的な結果を予測できる原則に従って決めるのだから、自分の決断は最も効果的だと確信できる。

(3)最優先事項を優先する

  • 効果的なマネジメントとは、最優先事項を優先すること。リーダーシップの仕事は「優先すべきこと」は何かを決めることであり、マネジメントとは、その大切にすべきことを日々の生活の中で優先して行えるようにすること。自分を律して実行することがマネジメント
  • 毎日の生活の中で意志をどれくらい発揮できているかは、誠実さの度合いで測ることができる。誠実さとは、基本的には自分自身にどれだけ価値を置いているかということ。自分に約束し、それを守る能力、「言行一致」のこと。誠実さは人格主義の根本を成し、主体的な人間として成長するために欠かせないもの。
  • 感情を抑え、最優先事項を優先するには、目的意識と使命感がいる。優先する必要のない事項にNoとはっきり言えるためには、あなたの中に燃えるようなYesがなければならない。何よりも大切にすべきことを自覚していなければならない。さらに、やりたくないと思っても実行する意志の力、その時々の衝動や欲望でなく、自分の価値観に従って行動する力も必要。
  • 私たちは、緊急の用事には受動的に反応する。だが、緊急ではないが重要なことをするには、率先力と主体性がいる。機会をとらえたり、物事を実現させたりするためには、能動的に動くことが必要。

toyokeizai.net

  • 大切なことは、スケジュールに優先順位を付けることではなく、優先すべきことをスケジュールにすること
  • 時間の使い方だけなら効率で考えても構わないが、人間関係はそうはいかない。原則中心の生き方をしている人は、人間関係を効果の観点からとらえる。第Ⅱ領域に時間をかけ、原則中心の生活を送ろうとするなら、スケジュールを曲げても人間関係を優先しなければならないことがある。
  • プログラムの通りに生きるには、意志、自制心、誠実さ、決意がいる。さらに、短期的な目標とスケジュールだけでなく、あなたの目標や生き方そのものに意味とつながりを与える正しい原則、最も深い価値観に従って生きる覚悟も必要。
  • 全面的なデリゲーション(権限移譲)は、手段ではなく結果を重視する。手段は自由に選ばせ、結果に責任を持たせる。はじめは時間がかかるが、その時間は決して無駄にはならない。全面的なデリゲーションを続けていれば、テコの視点が向こうにずれ、テコの作用が増し、大きな力になる。

(4)Win-Winを考える

  • Win-Winは、すべての人間関係において、必ずお互いの利益になる結果を見つけようとする考え方と姿勢である。何かを決めるときも、問題を解決するときも、お互いの利益になり、お互いに満足できる結果を目指すこと。Win-Winパラダイムは、人生を競争の場ではなく協力の場と捉える
  • Win-Winをさらに一歩進めたパラダイムWin-Win or No Dealという選択肢がある。No Dealとは、双方にメリットのある解決策が見つからなければ、お互いの意見の違いを認めて、「合意しないことに合意する」こと。双方が勝手な期待を抱き、後になって幻滅するよりも、最初からお互いの違いをはっきりさせ、認め合うほうがよっぽどいい。
  • 優しさだけでWin-Winの結果に到達することはできない。勇気も必要。相手の身になって考えるだけでなく、自信を持って自分の考えを述べなくてはならない。思いやりを持ち、相手の気持ちを敏感に察することも大事だが、勇敢であることも求められる
  • 公的成功は、他者を打ち負かして手にする勝利のことではない。関わった全員のためになる結果に達するように効果的な人間関係を築くことが公的成功。協力し、コミュニケーションを取りながら、一緒にことを成し遂げること。各自がばらばらにやっていたらできないことを、力を合わせて成し遂げる関係を築くことが公的成功。
  • そうはいっても、Win-Loseの考え方が深く根を張っていて、Win-Winの考え方をどうしても理解できない人も中にはいる。そういう人に出会ったら、No Dealという選択肢を思い出してほしい。あるいは、低いレベルのWin-Win、妥協の道を探した方がいい場合もある。
  • Win-Winは、人と人との関係を総合的にとらえるパラダイムである。このパラダイムは、誠実で成熟し、豊かなマインドを持った人格から生まれ、信頼に満ちた人間関係の中で育っていく。それは期待することを明確にし、効果的に管理する実行協定になり、Win-Winを支えるシステムによってさらに力強いパラダイムになっていく。

(5)まず理解に徹し、そして理解される

  • 相手に自分をわかってもらえるかどうかは、あなたの日頃の行い次第である。あなた自身が模範になっているかどうかだ。常日頃の行いは、あなたが本当はどのような人間なのか、つまりあなたの人格から自然と流れ出てくるものである。実際にあなたと接して相手がどう感じるか、それがすべて
  • 私があなたに心を開かない限り、あなたが私という人間のことも、私が置かれた状況や私の気持ちも理解できない限り、私の相談に乗ることもアドバイスしようにも無理だということ。あなたのいうことがいくら立派でも、私の悩みとは関係ないアドバイスになってしまう。
  • ほとんどの人は、相手の話を聴くときも、理解しようとして聴いているわけではない。次に自分が何を話そうか考えながら聴いている。話しているか、話す準備をしているかのどちらか。すべての物事を自分のパラダイムのフィルターに遠し、自分のそれまでの経験、いわば自叙伝を相手の経験に重ね合わせて理解したつもりになっている。
  • 共感による傾聴とは、まず相手を理解しようと聴くことであり、相手の身になって聴くこと。共感とは、相手の視点に立って見ること。相手の目で物事を眺め、相手の見ている世界を見ること。それによって、相手のパラダイム、相手の気持ちを理解する。共感の本質は、誰かに同情することではない。感情的にも知的にも、相手を深く理解すること。
  • 満たされている欲求は動機にならない。人の動機になるのは、満たされていない欲求だけ。人間にとって肉体的な生存の次に大きな欲求は、心理的な生存である。理解され、認められ、必要とされ、感謝されること。
  • 共感による傾聴にはリスクもある。相手の話を深く聴くには、強い安定性が必要。自分自身が心を開くことによって、相手から影響を受けるからで、傷つくこともある。それでも相手に影響を与えようと思ったら、自分もその人から影響を受けなければならない。それが本当に相手を理解すること。
  • 正しい判断をするためのカギは、まず理解すること。最初に判断してしまうと、その人をきちんと理解することは決してできない
  • 本当の問題を見誤っていたら、相手によかれと思っていくら助言したところで何の意味もない。そして、自分の自叙伝とパラダイムを通してしか物事を見られない人は、本当の問題を突き止めることはできない。相手の視点に立って、相手が見ている世界を見ようとするなら、自分の眼鏡をしばし外さなくてはならない。
  • 本当に理解したいという真摯な望みがなければ、いくらスキルを使っても役には立たない。あなたの態度に偽善や下心を少しでも感じ取ったら、相手は絶対に心を開かないし、逆に反発するだろう。
  • 人は誰でも、自分のことをわかってもらいたいと思っている。だから、相手を理解することにどんなに長い時間を投資したとしても、必ず大きな成果となって戻ってくる。なぜなら、問題や課題が正しく理解されたと感じたとき、人が深く理解されていると感じた時に増える信頼口座の残高があれば、解決に向かって進めるようになる。
  • 相手のパラダイムや関心事を最初に深く理解し、その理解に沿って自分の考えをはっきりとわかりやすく、目に見える形で表現すれば、あなたのアイデアに対する相手の信頼は格段に上がる。
  • あなた自身に起こる変化にも注目してほしい。周りの人たちへの理解が深まるにつれ、その人たちの人間的価値が見え、敬虔な気持ちを抱くようになる。他者を理解し、その人の魂に触れることは、神聖な場所に足を踏み入れるのと同じ。
  • まず理解に徹する。問題が起こる前に、評価したり処方したりする前に、自分の考えを主張する前に、まず理解するように努力する。それは、人と人とが力を合わせる相互依存に必要不可欠な習慣。

(6)シナジーを造り出す

  • シナジーとは、全体の合計は個々の部分の総和より大きくなるということ。しかも、それは単なる部分ではなく、触媒の役割を果たす。人に力を与え、人々の力を一つにまとめるうえで、最も重要な働きをする。
  • 自分の本当の姿を見せ、自信を失った経験も含めて自分のことを率直に話すほど、それを聴いている人たちは、自分の経験を正直に話しても大丈夫という気持ちになる。すると、あなたの正直さが相手の精神を養い、そこに真の創造的な共感が生まれ、新たな洞察や学びがもたらされる。
  • 同一と一致は違う。本当の意味での一致というのは、補い合って1つにまとまることであって、同一になることではない。同一になることはクリエイティブではないし、つまらない。自分と他者の違いに価値を置くことがシナジーの本質。
  • 人生は「あれかこれか」の二者択一で決められるわけではない。答えは白か黒かのどちらかだけではない。必ず第3の案があるはずだと思えない限り、自分だけの解釈の限界を超えることはできない
  • 二人の人間の意見が全く同じなら、一人は不要である。私と全く同じ意見を持つ人とは、話す興味は湧いてこない。あなたは私とは違う意見だからこそ、あなたと話してみたい。私にとっては、その違いこそが大切。
  • あなたは他者とのとの違いを尊重することができる。誰かがあなたの意見に反対しても、「なるほど。君は違う見方をしているんだね。」と言える。相手の意見に迎合する必要はない。相手の意見を認め、理解しようとすることが大切

(7)刃を研ぐ

  • 刃を研ぐことは、自分の人生に対してできる最大の投資である。自分自身に投資することだ。人生に立ち向かうとき、あるいは何かに貢献しようとするときに使える道具は、自分自身しかない。自分という道具に投資することが「刃を研ぐ」習慣である。
  • 本を読まない人は、読めない人と何ら変わらない。まず理解に徹しようと思いながら読めば、知性の刃は一層鋭くなる。著者が言わんとしていることを理解しないうちに、自分の経験に照らして内容を判断してしまったら、せっかくの読書の価値も半減してしまう。
  • 自分を再新再生するプロセスを行うためには、肉体、精神、知性、社会・情緒の4つの側面すべてにわたってバランスよく刃を研がなくてはならない。それは組織でも同じ。どれか一つでも刃が鈍っていたら、組織全体に悪影響が波及し、組織の成長と生産性を妨げる抑止力になってしまう。
  • 真に主体的で非常に効果的な人間になるためには良心を鍛えなければならない。しかし良心を鍛えるには、より高い集中力、バランスの取れた自制心が必要であり、良心に誠実であることを常に心掛けなければならない。何より、小さくか細い良心の声に従って生きなければならない。
  • 人間だけに授けられた能力を引き出し、発揮するのに近道はない。種を蒔いたものしか刈り取れないのであって、それ以上でもそれ以下でもない。上向きのらせん階段を登るには、より高い次元で学び、決意し、実行することが求められる。

3.教訓

もともと500ページを超えているということもあり、マーカーを引いた箇所がかなり多くなったので、ここで紹介した内容もかなりのボリュームになりました。

テーマとしては高尚ですが、実社会での即活かせる内容が平易な文章で書かれていて、少し読むのに時間がかかるとはいえ、理解は早く進みます。

既に管理職の方や管理職を目指す方にとってだけでなく、周囲より一歩前に出たい、一段上がりたいと思う方であれば、読んでおいて損はないと思います。

地頭力を鍛えるフェルミ推定ノート 東大ケーススタディ研究会 著


 

1.はじめに

フェルミ推定とは、実際に調査することが難しいような捉えどころのない量を、いくつかの手掛かりを元に論理的に推論し、短時間で概算することです。

現実社会の実数値と近いかどうかではなく、どのような過程を置いてその値を導きだすかというロジックの組み上げ方法が最も重要です。

この本を読む前に、以下の本を読んでみることをお勧めします。

 

bookreviews.hatenadiary.com

 

2.内容

(1)PART1:フェルミ推定の基本

①基本体系

どこから取り掛かったらよいかわからないので、以下に骨組みを示します。

  1. ストック/フロー:「ストック」とはある一時点の存在量、「フロー」とはある一定期間の変化量

  2. 所有/存在アプローチ:「所有アプローチ」とはモノを所有している主体、「存在アプローチ」とはモノが存在する空間。「所有アプローチ」には、個人/法人の別の他、世帯といった単位もある。「存在アプローチ」には、抽象的な空間をベースにする「面積ベース」と、具体的な名前のついた空間(ex.都道府県)や、具体的な形として存在している空間(ex.駅)といった「ユニットベース」の考え方がある。
  3. マクロ/ミクロ売上推定:「マクロ売上推定」≒「市場全体の推定規模」であり、「ミクロ売上推定」≒「1店舗ないし複数店舗単位の売上推定」

以上をまとめて一覧にしたものを、フェルミ推定勉強会さんの資料から引用します。

https://image.slidesharecdn.com/random-180125061520/95/-11-638.jpg?cb=1516861036

②基本5ステップ

フェルミ推定では、基本的に以下の5ステップで進めていきます。

  1. 前提確認
  2. アプローチ設定
  3. モデル化
  4. 計算実行
  5. 現実性検証

以上を、「日本にカバンはいくつあるか?」という問題を例に順番に説明します。

  • 「1.前提確認」とは、「カバン」をどのように定義するか、どのような「カバン」を数えるのかを決める。ポーチやボストンバックを含めるのか、店頭で販売中の商品を含めるのか、といった定義や範囲の限定を行うこと。
  • 「2.アプローチ設定」とは、基本的な式を設定する。カバンの数=人口数×カバンの平均所有数といった、「横に展開する」式を考えること。
  • 「3.モデル化」とは、上述2の式を縦に分解する。例えば、人口数を男女別・世代別に分解する、所有数をセグメント別に具体的にイメージするというもので、後者はできるだけ正確で、なおかつ聞いている人を納得させられる仮定であればよい
  • 「4.計算実行」とは、2.アプローチ設定と3.モデル化を経て精緻な式を作り、それぞれの要素に数を代入することで計算すること。
  • 「5.現実性検証」とは、自分が設定した計算式の正しさや数の正確さをチェックすること。例えば、カバンの計算結果が1兆個だったら、おかしいと感じる。

(2)PART2:フェルミ推定の例題

解説付きの例題として15問、それに関連した例題(別途解説あり)が15問出題されています。

そのうち、本の帯になっている課題「日本に猫は何匹いるか?」を採り上げてみます。

①前提確認
  • 「個人世帯が所有している猫」に範囲を限定する。
  • 野良猫や法人所有を除外する。
②アプローチ設定
  • 「日本の世帯数」×「猫の所有率」×「1世帯あたりの平均所有数」に分解して考える。
③モデル化
  1. 日本の世帯数:1世帯あたりの平均人数を2.5人とすると、日本の人口1.2億人とすれば、4800万世帯となる。(総務省によると約6,000万世帯)
  2. 猫の所有率:動物を飼っている世帯を50%とし、猫だけを20%、猫+αを10%、猫以外を70%とすると、50%×30%=15%となる。
  3. 平均所有数:1匹所有する世帯を70%、2匹を20%、3匹を10%とすると、1×0.7+2×0.2+3×0.1=1.4匹となる。(4匹以上は簡単のため省略)
④計算実行
  • ①~③より、日本における猫の数は、4,800万×15%×1.4=1,008万匹となる。
⑤現実性検証
  • 一般社団法人ペットフード協会の2020年度調査結果によれば、約964万匹。
  • 詳細には、約5,700万世帯×飼育率9.6%×平均1.77匹

3.教訓

自身が今さらコンサルファームに転職を考えているわけでも何でもないのですが、漠然とした課題に対して、何らかの仮定をおいて推論する発想法や頭の使い方については、非常に参考になるアプローチ手法で、今後も継続して学んでいきたいテーマです。

例えば、業務プロセス改善を考えていく場合、As-IsやTo-Beを可視化し、現状かかっている時間や、効率化効果を算定する際にも、あまりに変数が多いと計算がややこしくなるので、仮の数字を置いて進めたりもします。

誰かがお膳立てをしてくれるわけでは無いので、与えられた条件と限られた時間で、答えを導き出すときなど、応用できる範囲は大きいと考えています。

 

他者と働く 宇田川元一著


 

1.はじめに

 本の冒頭にもあるように、平田オリザさんの著書から、以下の引用がされています。

・対話が日本で起きにくいのは、お互いに同じ前提に立っていると思っているから。

・お互いにわかり合えていないことを認めることこそが対話にとって不可欠。

理屈では正しくても、現実的には相互理解が得られないことはよく起こります。

まずは「わかり合えていない」ことを受け入れた上で、少し視点を変えて取り組み方を工夫し課題に挑むことが、他者とよりよく働くためには不可欠という視点で記されています。

2.内容

(1)適応課題と向き合い方

まず、既存の方法で一方的に解決できない複雑で困難な問題のことを「適応課題」といいます。大きく4つに分類されます。

  1. ギャップ型:長期的なゴールのために、短期的な合理性をある程度犠牲にする必要があり、ギャップを埋めるために行動を変える必要がある。
  2. 対立型:それぞれの組織が担う「合理性の根拠」がお互い異なり、枠組みの違いに伴う対立を解消する必要がある。
  3. 抑圧型:発言が困難な関係や、言うと厄介な問題に巻き込まれて損をするために、抑圧された状態にあり、問題提起をすることが困難
  4. 回避型:痛みや恐れを伴う本質的な問題に取り組むことが難しく、問題をすり替えたり、責任を転嫁したりする

⇒一度、自分の解釈の枠組みを保留してみて、相手がなぜそのように主張するのかを考えてみると、相手には相手なりに一理あることが見えてきます。そうすると、相手が自分の主張を受け入れられるにはどうしたらよいかという視点に立つことができるようになります。この一連の過程こそが対話であり、適応課題に向き合うということです。

その一歩目として、相手を変えるのではなく、こちら側の解釈の枠組み(=ナラティブ)が少し変わる必要があります。そうでないと背後にある問題に気が付けず、新しい関係性を構築できません。

(2)対話のプロセス

  1. 準備「溝に気づく」:話が通じない場面に直面した場合、一旦自分のナラティブを脇に置いてみる対話の準備をする。
  2. 観察「溝の向こうを眺める」:相手の状況、責任、関心など、相手や相手の周囲を観察する。つまり観察とは、こちら側がどのように働きかけることができるか、そのリソースを掘り起こす作業
  3. 解釈「溝を渡り橋を設計する」:相手のナラティブに飛び移って、相手がどんな状況で仕事をしているのかシミュレートする。そこから、自分が言っていることややっていることがどんな風にどう見えるか眺め、どこにどんな橋を架けるか設計する。
  4. 介入「溝に橋を架ける」:実際に行動する。

⇒嫌なこともありますが、それを脇に置いてみないと、相手の言動を眺めてみる段階に移れません。自分の描く理想状態とのギャップが歯がゆいのはわかりますが、現実の中で一歩目を踏み出すことが、ギャップを埋めるために大切です。

(3)実践

  •  なぜ相手はそういう問題行動を起こすのか、その構図をよく理解することが必要で、何がわかっていないかをわかろうとすることが不可欠
  • 極めて平易に言うならば、相手の役に立つことでなければ、誰もその仕事を好んで受け入れようとはしない。それは意識が高いとか低いとかの問題ではない。
  • 「会社が、上司が協力してくれない」という会社批判の場面によく遭遇するが、一方で上司から見れば自分が偏って見えているはず。自らの偏りを認めなければ、他社の偏りを受け入れるのは難しい。
  • よい提案かどうかは、あくまで自分のナラティブの中での話であり、相手が受け入れなければ、判断できないだけの理由がある。そこに踏み出さないと橋はかからない
  • 相手が自分の提案をよいものだと判断できなかったことを相手のせいにしたくなるのはわかるが、ここで自分のナラティブを脇に置いて観察できるかどうかが、その人が新しく価値のある仕事ができるかどうかの大きな分かれ目になる。
  • 権力を持っていることに自覚的でなければ、自分が見たい現実だけを見ることになる。自らの権力によって見たいものが見られない、という不都合な現実を見ることこそが対話をする上では不可欠
  • 孤独を大切にするためには、孤立してはならない。そのためには、信頼できる仲間が現れるのを待つのでなく、あなたが他者に信頼されるように働きかけることが大切。私たちの行動があって信頼がそこに芽生える。
  • ナラティブ・アプローチが目指すところは、相手を自分のナラティブに都合よく変えることではない。自分が自分のナラティブの中においてしかものを見ていなかったことに気づき、自らを改めることを通じて、相手と私との間に、今までには無かった関係性を目指すことにある。

3.教訓

現実問題として、会社で別の部署の人と話すとき、「何でこちらの状況をわかってくれないんだ」と思うことによく遭遇します。

しかしながら、自分がその部署に異動し逆の立場に変われば、おそらく同じことを言ってしまうのだろうと想像します。それは、上司・部下の立場が逆転すると仮定しても、同様だと思います。

そういう場面に、本書の内容に立ち戻り、

  • お互いにお互いの正論がある
  • ギャップがあって当たり前
  • 自分の価値観は一旦脇に置く

という前提に立って、どうしたら相手が主張を受け入れてくれるかを考える意識付けをしていきたいと思います。

 

 

経営者の条件 ピーター・F・ドラッカー著


 

 1.はじめに

数々の名著を残したピーター・ドラッカー氏の本のうち、自身が一番感銘を受けた本書をまずは採り上げます。

ダイヤモンド社の名著集でも、1番の番号が振られているのも理由がわかる気がします。

日本語の表題は「経営者の条件」ですが、現代は「THE Effective Executive」です。

タイトルだけ見れば、社長に向けた経営指南書のように思えますが、実際には「業績を上げるために自らをマネジメントする方法」が書かれている内容です。

エグゼクティブとは、知識労働者全般を指していて、「自らの知識あるいは地位ゆえに、組織の活動や業績に対し、実質的な貢献を行うべき者」と定義されており、言ってみればオフィスワーカー全員が該当します。

それゆえ、マネジメントの立場ではない人が読んでも、参考になることばかりで、以下で具体的な内容に触れていきたいと思います。

 2.内容

(1)成果を上げるために身に付けるべき5つの習慣

以下の5点が提示され、その詳細がそれぞれ2章~6章に記されています。

  1. 何に自分の時間がとられているか知る。残された時間を体系的に管理する。
  2. 外部の世界に対する貢献に焦点を当てる。仕事の過程でなく成果に精力を向ける。
  3. それぞれの状況下における強み、すなわちできることを中心に据える。
  4. 最初に行うべきことを行う。優先順位を決定し、それを守る。
  5. 成果を上げる意思決定を行う。
①汝の時間を知れ

時間は他をもって代えることのできないユニークな資源で、時間こそ普遍的な条件です。

一緒に働く人間が多いほど、仕事や成果でなく、互いの相互作用により多くの時間が使われるます。

そこで、以下3点の時間管理に取り組む必要があります。

  • 何の成果も生まない仕事を見つけ、その仕事を直ちに止める。
  • 自分がなすべき仕事に取り組めるよう、他の人にできることは任せてしまう。
  • 他人の時間を浪費していることを整理する。

 ただし、時間浪費の原因を容赦なく切り捨てていっても、自由になる時間はさほどおおくありません。

そこで、重要な仕事に当てるまとまった時間を確保し、重要でない仕事が浸食していないかと目を光らせなければなりません。

②どのような貢献ができるか

 成果を上げるためには貢献に焦点を合わせ、仕事から目を上げて目標に目を向ける、すなわち自らの責任を中心に据える必要があります。

いかに肩書や地位が高くても、努力に焦点を合わせたり、下に向けての権限を重視する人は、他の人の部下にすぎません。これに対し、新人であっても、貢献に焦点を合わせ、結果に責任を持つ人は、厳格な意味においてトップマネジメントと言えます。

貢献に焦点を合わせない組織は、腐って死んでしまいます。

  • 組織は常に目的を持たなければならない。
  • 自らを変革できない組織は、明日への変化に生き残ることはできない。
  • 新しい地位の要求するものに応えて自ら変化していく能力が意思が欠如し、これまでと同じことを続けていけば失敗する運命にある。

また、貢献に焦点を合わせることによって、人間関係も生産的になります。

  • コミュニケーション:まず部下が自ら期待される貢献を十分に考える。その後で初めて、上司には部下の考える貢献についての有効性を判断する権限と責任が出てくる。
  •  チームワーク:貢献にに焦点を合わせることで、横へのコミュニケーションが生まれ、チームワークが可能となる。組織構造でなく、状況や要求に従って、自発的に協力して働く。
  • 自己開発:なすべき貢献のためにはいかなる知識や技能を身に付け、強みを仕事に適用すべきか、いかなる基準をもって自分の基準とすべきかを考える。
  • 人材育成:貢献に焦点を合わせるならば、部下、同僚、上司を問わず、他人の自己開発を触発する。属人的な基準でなく、卓越性を要求する。
③強みを生かせ

 成果を上げるためには、利用できる限りの強み(同僚・上司・自分自身)の強みを使わなければなりません。組織の役割は、一人ひとりの強みを、共同事業のための建築用ブロックとして使うところにあります。

あらゆる分野で強みを持つ人間はいません。他人に成果を上げさせるためには、「彼とうまくやっていけるか」を考えるのではなく、「彼はどのような貢献ができるか」を問います。弱みに焦点を当てるのでなく、強みだけを意味あるあるものとするように、組織を構築しなければなりません。

その4原則は以下の通りです。

  • 天才にしかできない職務を作らない。平凡な人が非凡な成果を上げるように組織する。
  • 職務は、初めから大きく多くを要求するものとして設計する。その場合においてのみ、変化した状況の新しい要求に応えていくことができる。
  • その人が現実にできることを評価する。一方で、強みに直接関係のない評価項目もある。人間性や品性はそれ自体で何事もなしえないが、それがなければ他のあらゆるものを破壊し、人を失格にしてしまう。
  • 強みを手にするためには弱みを我慢する。強みや実績を持つ者には機会を与える。逆に、成果を上げられない人間は異動させる。そうでないと他の者を腐らせ、機会を奪われている他者に不公正である。

自らの仕事においても、強みからスタートしなければなりません。

「何もさせてくれない」というのは言い訳にすぎず「何ができるか」という質問から始め、意識的に行動します。自分が得意であると知っていることを、自分の得意な方法で行うことによって成果を上げます。 

④最も重要なことから始めよ

成果を上げるための秘訣は、最も重要なことから始め、しかも一時に一つのことだけに集中することです。上方への貢献に焦点を当てるほど、まとまった時間が必要です。

また、力を集中するためには、もはや生産的でなくなった過去のものを捨てる必要もあります。古いものの計画的な廃棄こそ、新しいものを強力に進める唯一の方法です。

そして集中できるエグゼクティブがあまりに少ないことは、「劣後順位(=取り組むべきでない仕事」の決定と、その決定の順守は困難だからです。優先順位と劣後順位に関して重要なことは、分析ではなく勇気です。

その順位決定の法則は以下の4つです。

  • 過去ではなく未来を選ぶ。
  • 問題ではなく機会に焦点を合わせる。
  • 横並びでなく独自に方向を決める。
  • 無難で容易なものでなく、変革をもたらすものに照準を高く合わせる。

集中とは、「真に意味あることは何か」「最も重要なことは何か」という観点から、時間と仕事について、自ら意思決定を行っていく勇気のことです。

⑤意思決定とは何か

成果を上げるためには、あまり多くの意思決定を行わず、重要な決定に集中しなければなりません。

また、個々の問題解決でなく、戦略的・基本的なことに考え、概念的な理解に基づいて、不変のものを見なければなりません。

そして、意思決定のプロセスは以下の通りです。

  1. 「これは一般的な問題か、例外的な問題か」「何度も起こることか、個別に対処すべき特殊な問題か」を見極める。特殊に見える問題も、やがては新しい一般的な問題の第一号となるのではないかと疑う必要がある。
  2. 「その意思決定の目的は何か」「達成すべき最低限の目標は何か」「満足させるべき要件は何か」を明らかにする。意思決定は目的に適合していなければならない。
  3. 「何が正しいか」からスタートする。最初から「誰が正しいか」「何が受け入れやすいか」という観点からスタートしてはならない。
  4. 「誰がこの意思決定を知らなければならないか」「いかなる行動が必要か」「誰が行動を取るか」「行動すべき人間が行動できるためには、その行動はいかなるものであるべきか」を問い、意思決定を行動に変える。新しい方針とは逆の行動が評価されるのであれば、その逆の行動こそトップが本当に望み、報いようとしている行動と受け取られてしまう。
  5. 自ら出かけていって、自らの目で確かめることは、意思決定の前提が有効であるか、陳腐化しており再検討の必要があるかを知る最良の方法である。

(2)成果を上げる意思決定とは

1つの分野に長い間関わりながら、自分の意見を持たないと、観察力の貧しさや頭の鈍さを疑われます。

意見を表明する者に対しては、現実による検証について十分に考えることを求めなければなりません。そして「この仮説の有効性を検証するためには何を知らなければならないか」「この意見が有効であるためには事実はどうでなければならないか」を問わなければなりません。

判断を行うためにはいくつかの選択肢が必要であり、何が問題であるかについて正しい洞察を得ることができます。

相反する意見の衝突、異なる視点での対話、異なる判断の間の選択があることが重要であり、意見の不一致が存在しない時には意志決定をすべきではありません

意見の不一致が必要な理由は3つあります。

  • 意思決定を行う者が組織の囚人となることを防ぐ唯一の手段。
  • 反対意見だけが選択肢を与えてくれる。選択肢のない意志決定は博打である。
  • 反対意見は、何にも増して想像力を刺激するために必要である。

したがって、成果を上げるエグゼクティブは意図的に意見の不一致を作り上げます。意見の不一致はもっともらしい決定を正しい意思決定に変え、正しい意思決定を優れた意思決定に変えてくれます。ほとんどの人が自分の見方が唯一の見方だと言う確信からスタートしていますが、一つの行動だけが正しく、他の行動はすべて間違っているという仮定からスタートしてはなりません

そして最後に、「意志決定は本当に必要か」を自問しなければなりません。何も意思決定しないという代替案が存在するからです。

何もしなくても何も起こらないのであれば、手をつけてはいけません。

意志決定には勇気が必要です。絶対にしてはならないことは、「もう一度調べよう」という誘惑に負けないことです。自らの決断力の無さのために、有能な人たちの時間を無駄にすべきではないのです。

とはいえ意思決定の意味について完全に理解しているという確信なしに意志決定を急いではなりません。

3.教訓

  • エグゼクティブの仕事は成果を上げることであり、成果を上げることは修得できる。
  • 成果を上げている者はみな、成果を上げる努力をしている。
  • 自分をマネジメントできない者は、他人をマネジメントできるはずはない。

以上のことをもう一度肝に銘じ、自分にできることは何かを考え目的意識を持って行動し、勇気をもって意思決定していこうと思います。

そして、意思決定をしないという選択肢があることも心に留めておきたいと思います。

 

失敗の本質 日本軍の組織論的研究 戸部良一・野中郁次郎ほか著

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1.はじめに

大東亜戦争が開戦したあとの日本の「戦い方」「負け方」に焦点を絞り話が展開します。

序章や背表紙にも記載されているように、戦争における諸作戦の失敗を組織としての日本軍の失敗ととらえなおし、これを現代の組織にとっての教訓、あるいいは反面教師として活用することが、最も大きなねらいです。

具体的には、「ノモンハン事件」「ミッドウェー作戦」「ガダルカナル作戦」「インパール作戦」「レイテ海戦」「沖縄戦」の6事例を採り上げ、個々のケースにおける失敗の内容が詳細に分析されています。

文庫版になる前の初版は1984年と、当時から相当な時を経ていますが、今読み返してみても、現在の組織にも当てはまる内容となっており、色あせない価値があると思います。

2.内容

(1)失敗の事例研究

  • ノモンハン事件:敵状不明なまま用兵規模の測定を誤り、いたずらに後手に回って兵力逐次使用の誤りを繰り返した。情報機関の欠陥と過度の精神主義により、敵を知らず、己を知らず、大敵を侮っていた。
  • ミッドウェー作戦:本来の主眼は米空母軍の捕捉撃滅することであり、ミッドウェーの占領そのものではなかった。ところが、山本長官は第一機動部隊の南雲司令官に、この作戦の目的と構想を十分に理解・認識させる努力をしなかった。
  • ガダルカナル作戦:作戦司令部には兵站無視、情報力軽視、科学的思考方法軽視の風潮があった。本来的に、最前線からの個々の戦闘の経験が戦略・戦術に機能的に反映させるシステムが生まれていれば、環境変化の果敢な対応策が遂行されるはずであった。しかしながら、最前線からの作戦変更はほとんど拒否されたし、大本営のエリートも、現場に出る努力をしなかった
  •  インパール作戦:「必勝の信念」という非合理的信条も、積極性と攻撃を同一視しこれを過度に強調することによって、杜撰な計画に対する疑念を抑圧した。戦況悪化に伴い、作戦中止は不可避だったが、牟田口司令官は「顔色で察してもらいたかった」といい、河辺司令官は牟田口が口に出さない以上、中止の命令を下さなかった。それ以上に重要なのは、計画が上級司令部の同意と許可を得ていくプロセスに示された「人情」という名の人間関係重視、組織的融和の優先であり、作戦中止の決定の場合にも顕著に表れた。
  • レイテ海戦:作戦成功のための第一条件は、まず何よりも作戦目的の明確化であり、それが作戦参加の主要メンバーによって共有されていること、さらに目的の遂行のための自己任務の認識が正確になされていることが不可欠である。作戦の立案者と遂行者の間に戦略目的について重大な不一致があった。
  • 沖縄戦:現場の第三二軍は、自軍の基本任務の解釈について、上級司令部に指導・調整をまったく仰ぐことなく独自に処理した。したがって、航空決戦を本質とする大本営の作戦計画と、戦略持久を策する第三二軍の地上作戦計画とは、事前に全く接合されることはなかった。軍事合理主義に徹するとすれば、かかる状況においてこそ、上下の接合を図る努力が傾注されるべきであった。

(2)失敗の本質

  •  目的のあいまいな作戦は必ず失敗する。それは、軍隊という大規模組織を明確な方向性を欠いたまま指揮し、行動させることになるから。本来、明確な統一的目的なくして作戦はないはず。
  • 正規軍同士の作戦展開にしても、「察し」を基盤とした意思疎通がまかり通ったことの背景には、大本営の戦略目的が不明確であったという事実がある。中央部の意図・命令・指示はあいまいであり、成り行き主義が多かったとの受け止めがある。
  • 結局、日本軍は6つの作戦すべてにおいて、作戦目的に関する全軍的一致を確立することに失敗している。この中には、いくつかの陸海協同さ作戦も含まれていたが、往々にして両者の妥協による両論併記的折衷案が採用されることが多かった。
  • 日本軍のエリートには、概念の創造とその操作化ができた者はほとんどいなかった。「神明の加護」などの抽象的かつ空文虚字の作文には、それらの言葉を具体的方法にまで詰めるという方法論が全く見られない。したがって、事実を正確かつ冷静に直視するしつけを持たないために、フィクションの世界に身を置いたり、本質に関わりない細かな庶務的仕事に没頭するということが頻繁に起こった。
  • 日本軍の戦略策定が状況変化に対応できなかったのは、組織の中に論理的な議論ができる制度と風土がなかったことに大きな原因がある。
  • 本来、戦術の失敗は戦闘で補うことはできず、戦略の失敗は戦術で補うことはできない。とすれば、状況に合致した最適の戦略を戦略オプションの中から選択することが最も重要な課題になるはず。ところが、戦略発想は固定的だった。
  • 戦略は進化すべきものであり、様々な変異が意識的に発生され、有効な変異のみが生き残る形で淘汰が行われるという進化のサイクルが機能していなければならない。組織が学習する主体として自己自体を作り変えていくという自己革新的ないし自己超越的な行動を含んだダブルループ学習」が不可欠である。
  • 組織目標と目的達成手段の合理的、体系的な形成・選択よりも、組織メンバー間の「間柄」に対する配慮という集団主義的原理が、作戦展開・終結の意思決定を遅らせることによって重大な失敗がもたらされた。
  • 個人的なやり取りでは、作戦の統一性・一貫性を欠くことにつながった。個人による統合は、一面、融通無碍な行動を許容するが、他面、原理原則を書いた組織運営を助長し、計画的・体系的な統合を不可能にしてしまう結果に陥りやすい。
  • 個人責任の不明確さは評価をあいまいにし、評価のあいまいさは論理よりも声の大きな者の突出を許容する。このような志向が、作戦結果の客観的評価・蓄積を制約し、官僚的組織における下剋上を許容していった。

(3)失敗の教訓

  • 戦略の実行は、組織行動、管理システム、組織行動の相互作用を通じて遂行される。これらの相互作用の中から、何らかの組織のパフォーマンスが生み出される。戦略・戦術が意図したものと、実際の結果との間にパフォーマンス・ギャップがある場合には、それは戦略と実行が環境変化への対応を誤ったか遅れたかを意味するので、新しい知識や行動様式が探索され、既存の知識や行動様式の変更ないし革新がもたらされる。
  • 組織の環境適応は、仮に組織の戦略・資源・組織の一部あるいは全部が環境不適合であっても、それらを環境適合的に変革できる力があるかどうかがポイント。つまり、1つの組織が環境に継続的に適応していくためには、組織は環境の変化に合わせて自らの戦略や組織を主体的に変革することができなければならない。こうした能力を持つ組織を、「自己革新組織」という。
  • 組織の戦略原型が末端にまで浸透するためには、組織の成員が特定の意味や行動を媒介して特定のものの見方や行動の型を内面化していくことが必要。このようなパラダイムの浸透には、リーダーの言動による影響力が大きい。
  • 組織学習には、組織の行為と成果との間にギャップがあった場合には、既存の知識を疑い、新たな知識を獲得する側面があることを忘れてはならない。組織としての既存の知識を捨てる学習棄却、つまり自己否定的学習ができるかどうかということ。
  • 適応力のある組織は、環境を利用して絶えず組織内に変異、緊張、危機感を発生させている。あるいはこの原則を、組織は進化するためには、それ自体を絶えず不均衡状態にしておかなければならないといってもよい。不均衡は、組織が環境との間の情報やエネルギーの交換プロセスのパイプをつなげておく、すなわち開放体制にしておくための必要条件である。
  • 進化は、創造的破壊を伴う「自己超越」現象でもある。つまり、自己革新組織は、絶えずシステム自体の限界を超えたところに到達しようと自己否定を行う。進化は創造的なものであって、単なる適応的なものではない。
  • 日本軍は往々にして、その自己超越は合理性を超えた精神主義に求められた。そのような主義的極限追及は、そもそも初めからできないことがわかっていたものであって、創造的破壊につながるようなものではなかった。

3.教訓

まずは、組織の目的や方向性について、チーム構成員がそれぞれ同じ思いを共有することが第一歩です。そして、何でも本音で言い合えるオープンな雰囲気にし、誰が言ったかではなく何を言ったかで論理的に判断することが重要で、当該内容に基づき柔軟に進化していく組織作りが求められます。

そうしないと、面従腹背な組織が出来上がり、いざというときに何も決められず、何も実現できないという結果が待ち受けることになります。

このように、戦争を経験したことのない現代のビジネスパーソンにとっても、示唆に富む内容が盛りだくさんとなっており、何度読み返してもうなづく場面の多い良書だと思います。