管理職おすすめの仕事に役立つ本100冊×2

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書きたいことがない人のための日記入門 pha著

1.はじめに

今までも日記を書こうと思い立って、書き始めたことが何度もあります。

しかしながら、書き始めた回数と同じだけ挫折しています。

本書の「はじめに」は、以下の言葉で締めくくられています。

日記を書くと、文章力も付くし、人間関係も広がるし、

自分の内面を見つめ直すこともできる。

日記は人生を豊かにする。

それがこの本で伝えたいことだ。

もう一度チャレンジしたい

2.内容

  • 無数にある1日の体験の中から、日記に何を書いて何を書かないかにその人の個性が出る。書き残しておきたいと思うものは何か。人に読んでほしいと思うものは何か。自分は日々の生活の中で何が大事だと思っているのか。日記を書くと、その人のその人らしさがはっきりする。
  • 自分の内側から出てくることなんて、たかが知れている。自分の外側の世界のほうが豊かなのだ。これは日記についても同じことが言える。書くことがなければ、自分の外側を観察すればいい。どんなに代わり映えのない1日でも、その日に見たものや考えたことなど、何か他の日とは違う変化はあるはず
  • 人の言いにくい愚痴や不満など、ネガティブな内容を書ける/読める、というのが日記のいいところ。つらいことがあったとき、誰にも言わずにひとりでネガティブな感情を抱えているのは苦しい。感情を吐き出す場所があって、それを誰かが読んでくれることで、少し気持ちがマシになることがある。読み手にとっても、自分と同じ苦しみを持っている人の日記を読むと、苦しいのは自分だけじゃないんだ、と気持ちが楽になったりする
  • 日記は毎日書かなくてもいい。気が向いたときとか、書きたいことがあったときだけ書く、というやり方で全然構わない。無理をしないのが、長く続けるコツ。今日あったことではないけれど、最近ずっと起こっていることを書く、というのもある。「ここのところずっと暑い」とか「近所にできた新しい店が気になっているとか」、継続的に起こっていることは、意外とどの日にも書くのを忘れたりする。書くことがない日にそういうのを書くとちょうどいい。
  • この社会ではすぐに生産性や効率を求められてしまうけれど、そんな社会の物差しから外れて、人間がただ生きているということを確認できるのが、日記という空間。だから日記を書いたり読んだりしていると、社会的なプレッシャーから逃れることができて、心が落ち着く。日記には意味も目的もないけれど、それは人生にも意味も目的もないのと同じ
  • 文章はたくさん読まないと書けるようにならない。自分の書く文章は、今までに読んだ文章を吸収してできあがったもの。日記をどう書けばいいかわからない、という人は、とりあえずいろんな日記を読んでみるといいと思う。
  • 何か問題を抱えているとき、何が問題かがわからないとモヤモヤするけれど、その問題を言語化することができれば気持ちが楽になる。大体、だるくてだるくて本当にどうしようもないときは、「だるい」と考える余裕もなかったりする。「だるい」と言語化ができるときは、それはもう回復の途中にいる
  • 文章を書くとき人は、「自分がどう感じたか」という主観と、「それを伝えるにはどうしたらいいか」という客観のあいだを、何度も行き来することになる。その往復によって思考は整理され、自分の偏りに気づきやすくなる
  • 人生で本当に大切なのは、「○月×日に、友達と映画を見たあとにこの店に行った」といったディテールの部分。そして日記はそれを書くための場所。反射的に流れに乗るための「書く」ではなく、考えながら生きるための「書く」を取り戻すために、日記を書くことは有効

3.教訓

ちょうど本書を読み終えたタイミングで、先日参加したキャリアカウンセラーの勉強会でも、偶然「日記」が話題に上りました。

  • 25個の質問の中から選び、初対面同士で答え合うワークがあり、私が「長年続けていることは?」と尋ねた相手の方から「5年日記が今5冊目です」と返答があったこと
  • さらに講師の方からは、ポジティブ心理学のセリグマン博士が提唱する“3 good things”――毎晩寝る前に「今日あった良かったこと」を3つ書き出す習慣が、嫌な気分を翌日に持ち越さない効果があるという話も紹介されたこと

1つ目の方に長く続けられるコツを伺うと、「寝る前に必ず書くと決めている」との由。
生成AIにも同じ質問をしてみたところ、次の5つのヒントが返ってきました。

  1. 「3行だけ」でいいと決める(出来事・気づき・学び)
  2. “意味づけ”を先に決めておく(心の棚卸しをして翌日の心理的安全性を高める等)
  3. 書く場所と時間を固定する(摩擦をゼロにする)
  4. “書けなかった日”を責めないルールを作る
  5. 「未来の自分への手紙」として書く

方向性はどれも似ていて、「続けるためのハードルを下げる」「自分に優しい仕組みをつくる」という点で共通しているように感じました。

日記は仕事でも義務でもないので、本来は自由なやり方で書けばいいものですし、そもそも“ルール”という言葉すらいらないのかもしれません。

ただ、私はどうしても「ちゃんと書かなきゃ」と思い込んでしまうタイプなので、まずは日記を「完璧主義を手放すための練習」と捉えて、もう一度ゆるやかに再開してみようと思います。

その言葉の本当の思惑を見抜く言語学 尾谷昌則 著

1.はじめに

序章で、言葉の表面的な意味(=表意)と、その言葉の裏に潜む思惑や意図(=含意)の違いについて、言語学や語用論の見地から語られ、以下のように記されています。

結局、その発言が持つ意味合いは、誰が、いつ、どこで、誰に対して、どんな風に言っているのかによって違ってくるのです。言語学では、発言の解釈を左右するこのような情報のことを「文脈(コンテクスト)」と呼びます。

言葉には、私たちが意識できないような深いレベルで、私たち人間が世界や状況をどのように認知しているのかが反映されています。

言葉には、その言葉を発した人が世界や状況をどのように認知しているのかが反映されます。つまり、言葉が伝達する意味には、私たちの認知も含まれているのです。

本書では、会話文例が数多く登場します。そして、1つの問いかけに対して複数の応答を併記している事例もあり、発話量や内容が不足・過剰だと、話し手にはどんな意図があるのか、受け手がどう感じるかについて解説されています。

幅広い観点から記載されているので、自身が関心を持った箇所が多岐にわたり、以下の引用する箇所が増えてしまいました。

2.内容

(1)知らぬ間に言葉遣いを決めている大原則

  • 言語学の語用論では、言葉に隠された意図や思惑を考える上で重要な概念が2つ(「協調の原理」と「ポライトネス(丁寧さ)」)ある。どちらも私たちの日常会話を根幹で支えるものであり、コミュニケーションがうまくいかないときは、大抵このいずれかに問題がある場合が多い。
  • 会話がちゃんと成立するようお互いに協調するために、具体的にどのような約束事があるのかを細分化し、「4つの原則」にまとめた。
  1. 量の原則:必要な量の情報を発話に盛り込め、必要以上の情報を盛り込むな
  2. 質の原則:間違っていると思うことを言うな、十分な証拠のないことを言うな
  3. 関連性の原則:関連のあることを話せ
  4. 方法の原則:ハッキリしない表現は避けよ、解釈が分かれるような言い方をするな、簡潔に話せ、順序よく話せ
  • 4つの原則は、会話という情報のやりとりを破綻なくスムーズに成立させるために必要な原則。しかし、それさえ守っていれば対話、つまり会話を通して共通理解を深めることまでうまくいくとは限らない。真実を述べること(=質の原則)を多少犠牲にしても、人間関係に摩擦が生じないような、丁寧な言い方を選ぶ必要がある。
  • 人間が持つ基本的なフェイス(欲求)には2種類あり、私たちは、相手が持つ2種類のフェイスをなるべく侵害しない(もしくは、満たしてやる)ように配慮したらコミュニケーション方略を戦略的に選択している。
  1. ネガティブ・フェイス:他者に自分の自由や権利を侵害されたくない、邪魔されたくない、自分の領域を侵害されたくない、必要以上に近づかれたくないという欲求。「この人と話していると、なぜかモヤモヤするな」と感じる人は、ネガティブ・フェイスを無意識のうちに侵害してくるタイプの人であることが多い。
  2. ポジティブ・フェイス:他者に自分を認めてもらいたい、他者によく思われたい、他者に近づきたい、という欲求。

(2)協調の原理 会話を成立させる4つの原則

  • 言った本人は、相手に推論させるための理由を十分に述べたつもりでも、聞き手にとってはそのような推論をするには情報量不足だったというパターンは、すれ違いが起こる典型例。重要なのは「共有知識」と「発話意図」。人の保有している情報はそれぞれ違うため、互いに知識のギャップを抱えている。そのギャップを埋めるために、私たちは言葉で情報のやりとりをしている
  • 言葉なんて、何でもよい。極端な話、無言で会釈するだけでもよい。会釈をしたり、言葉を交わしたりする行為そのものが、「あなたを無視するつもりはありませんよ」「あなたを軽視しているわけではありませんよ」というメッセージを伝えてくれる。言葉のキャッチボールを通じて、お互いの心にパス(経路)をつなぐことこそが、交感的言語使用
  • 「話し手は知っているが、聞き手は知らない」という情報ギャップが必ず生まれる。このとき、情報は「話し手の縄張りにある」という。そして、それを相手と共有することで情報のギャップを埋め、会話が継続していく。当然だが、相手が知らない情報をそのままにして話を進めるのは、相手を置いてけぼりにすることであり、極論すれば相手を無視することになるため、タブー。

(3)ポライトネス 距離を決める丁寧さの原理

  • ネガティブ・フェイスは誰もが持っている欲求で、それを無理やり一言で表すなら「防御本能」。別の観点から言えば「適度に距離を保ちたい欲求(=思惑)」となる。一方で、そのような欲求(=思惑)を持っている相手とうまくコミュニケーションを取るためには、こちら側が欲求を侵害しない(もしくは、その欲求を満たしてあげる)ことが重要。他者へのそのような配慮行動を「ネガティブ・ポライトネス」という。これを無理やり一言で表現するなら「遠慮」。相手のフェイスを侵害する行為をフェイス侵害行為(Face Threating Act, FTA)という。
  • 実際には客観的な基準など存在しないケースが多いため、「ちゃんと」やったかどうかは発話者個人の主観的な判断が基準となる。そうなると、「私が認めるような精度・完成度でやりなさい」という含意・思惑を相手が汲み取ることになる。こうした押しつけがましい態度は、相手のネガティブ・フェイスを脅かすFTAになる。「自分を認めてほしい」というポジティブ・フェイスまで脅かしてしまうことになりかねない。
  • 私たちの言語行動の中には無意識のうちに相手に何かを押しつけたり、強要したりするようなものが潜んでいる。ただ、言う側はそれに無自覚であり、言われた側だけがモヤっとする(自分のネガティブ・フェイスを傷つけられたことに不快感を覚える)という点が大きく違うため、私たちはそれにもっと自覚的でなければいけない。
  • 「いかに自分が苦労したか」や「いかに自分の努力や能力で、その困難を解決したか」を説明することで、それが自分の手柄であるかのように誇張する人がいる。しかし、自分の手柄であるかのように言われると、含意として褒めることを要求されているような気分になるため、相手のネガティブ・フェイスを脅かすFTAとなる危険性がある。
  • 日本語では、自分の意志で決めたことですら「自然にそうなった」かのように表現する「ナル型表現」が好まれる一方で、それに比べると英語は「自分の意志で決定する」という「スル型表現」を好む。決断を下した当人たちを言語化せずに、ただ結果のみを言語化する思惑は、ズバリ責任回避
  • 「自分なんかにはもったいない」と断られるとモヤモヤしてしまうのは、自分を下げ、相手を持ち上げることで、2人の間に無理やり距離を作ろうとしており、自分が褒めている(=近づきたい)素敵な人と距離を置きたいというのはポジティブ・フェイスとネガティブ・フェイスで明らかに矛盾しているため。逆に相手のフェイスを傷つけるFTAになってしまう危険性が高いため、ポライトネスとしては少々問題がある。
  • 普段との違いに気づくということは、それだけ普段からAに対して注意を払っている(=Aを重要視している)ことであり、これも相手のポジティブ・フェイスを満たす行動になる。挨拶をすることでも、「あなたに気づいている、あなたを気にかけている(=無視するつもりはない)という思惑を伝えるポジティブ・ポライトネス行動になる。
  • 「ね」を多用するのはプライベートな場面に限定した方がよい。心の余裕がない人ほど、相手の顔を見ずに、「ね」を使って一方的に確認したつもりになって安心感を得たい。その意味では、ビジネスシーンで「ね」を多用する人の思惑は、相手の理解度を確かめるという本来の趣旨を忘れて、ただただ自分の不安をかき消すためなのかもしれない。
  • 情報に基づいて解釈する際、相手の含意をどこまで深読みするかは本人次第。つまり、深読みをしてしまう傾向がある人ほどマウンティングの含意を感じやすく、あまり深く相手の含意を考えない人ほど、文字通りの表意のみ解釈してマウンティングとは感じない(もしくは、気づかない)。物事を見る際には、常に「どの視点に立ってみるのか」が重要。
  • 相手の発話(の思惑)をどう解釈するかは、結局は自分の価値観やそのときの心理状態次第ということになるため、相手にはどうしようもない。もちろん、相手が「気づいてあげる」ことができれば一番よいが、そんなことは神様でなければ無理。となれば、そういった価値観やコンプレックスを積極的に他者と情報共有せず、ずっと秘密にしていた自分にも責任があると言うことができる。他者に「なんでわかってくれないの?」と怒る前に、他者にわかってもらう努力をするべきだということになる。
  • 「遠慮」や「敬避」が過ぎると、相手との心理的距離も遠くなってしまうので、過剰なネガティブ・ポライトネスは、かえって相手に寂しさや物足りなさを感じさせてしまうかもしれない。一緒にいて疲れない、でも愉快に感じることができる人というのは、ネガとポジのバランスが良い人

(4)世界の見方を明らかにする言語学

  • 言葉が少しでも違えば、そこには何らかの思惑や認知の違いが反映されていると考えるべき
  • 同一の事態であっても、主語が違えばそれは別の視点から捉えられた別の事態になっている。さらに踏み込んでいえば、「こちらの視点から出来事を捉えてほしい」という話し手の思惑を聞き手に伝えているともいえる。

3.教訓

話し手にも聞き手にも、それぞれ無意識の言い方や受け取り方があるのだと、あらためて実感しました。
同じ言葉でも、相手によってはマウントに聞こえたり、慇懃無礼と感じられたり、あるいは「言い訳に困っているのかな」と受け取られたり、「もしかしてあまり話したくないのかも」と距離を感じさせてしまうこともある。
そんなふうに、ひとつの発言に対して多様な解釈が生まれうることを再認識しました。

そのうえで、これからは相手が“何を言ったか”だけでなく、

  • なぜその言い方を選んだのか
  • どんなことを理解してほしいと思っているのか
  • その背景にどんな思惑や感情が潜んでいるのか

といった、言葉の奥にある“含意”にも意識を向けていきたいと思います。

同時に、相手にまったく悪意がなくても、自分自身の価値観やその時の気分によって、言葉を良いようにも悪いようにも解釈してしまうことがある、という点にも気をつけたいと思います。
自分の内側の状態が、相手の言葉の意味づけを大きく左右してしまうことがあるからこそ、できるだけフラットに受け取り、必要であれば丁寧に確かめる姿勢を持ち続けたいと感じました。

50代は「気分がいい人」がうまくいく 越智秀紀 著

1.はじめに

最近、「50代」と名の付く本に目が留まります。

これも”カラーバス効果”でしょうか。あまり年齢を重ねることを好意的に受け入れられていない自分がいるのかもしれません。

snabi.jp

先日も以下の本を読み、本書も続けて読みました。

以下は完全に仕事寄り、本書は家族やプライベートを含めた、もう少し幅の広い内容です。(どちらがいい、悪い、というものはありません)

bookreviews.hatenadiary.com

45の題目に分けて、越智さんご本人の体験談を中心に話が展開していきます。

以下では、個人的に強く印象に残った部分を引用して紹介していきます。

読み手によって、どこに着目するかは変わるものと思います。

2.内容

(1)50代は、「働く」を再定義しよう

  • 勝負強さとは、緊張しないことではない。緊張している自分を認め、それでも「まぁなんとかなる」と開き直る力のこと。満点を狙って自ら窒息するのではなく、6割の力でしぶとく、かつ軽やかに勝ちを拾いにいく
  • 行動経済学の研究では、不機嫌な人とは「協力したくなくなる」ことが示されている。人が離れれば、仕事も情報も自然と減る。ネガティブな感情は、表情や態度を通じて周囲に伝染しやすい。職場や家庭の空気が重くなり、生産性も関係性も悪化する。
  • 上機嫌でいることは、無理に明るく振る舞うことでも、ポジティブ思考を押し付けることでもない。「今日はこのくらいでいい」「まあ、そんな日もある」「自分の機嫌は自分で取ろう」、そんな小さな選択の積み重ねが、気が付けば運・人・お金の流れを引き寄せていく。
  • 50代は、足し算で自分を大きく見せる時期ではない。余計なものを削ぎ落とし、本当に大切な2割に全力を注ぐ。この「引き算」の勇気を持つ人だけが、人生の後半戦で一生モノの成果を手にできる
  • 50代は残された時間の使い方を、真剣に選び直せる時期。何をやめて、何を残すか。自分の本音を知らないまま選択を重ねると、どうしても人生に「ズレ」が生じ、それがイライラや不安となって表れる。しかし、心の底にある「本当の願い」がわかっていれば、もう迷うことはない。

(2)50代は、「人間関係」に一線を引こう

  • 「あいつ、最近、付き合いが悪くなったな」、そう陰口を叩かれるようになったら、あなたが人生を自分の手に取り戻した瞬間。「損切り」してでも「上機嫌」を優先する
  • 今すぐシャットアウトすべき5つのタイプ。「いい気分」を守るために、「いい人」を卒業する
  1. 善意を「燃料」にする人
  2. 「不機嫌」を武器にする人
  3. 「正論」で殴ってくる人
  4. 陰口が「主食」の人
  5. 依存の「プロ」
  • 「認められたい」と肩をいからせているうちは、誰からも「認められない」という事実。本当に実力があり、周囲から信頼されている人は、わざわざ自分にライトを当てる必要がない。むしろ、相手にライトを譲り、誰かを輝かせるゆとりがある。50代は、もう「自分はデキる」と証明し続けなくてもいい年代。「自分を見て欲しい」から「相手をよく見てみよう」へ
  • 話の「オチ」が見えてしまうから、つい先に答えを言いたくなってしまう。しかし、そこで「知っている自分」を誇示しても誰も幸せにならない。相手から「話す喜び」をひったくる、最悪の泥棒。知っている話でも、まずはマイクを相手に預けっぱなしにする。相手は「自分の話を大切に聞いてもらえた」と上機嫌になり、そのおかげで黙っているだけで「いい情報」や「幸運な誘い」が手に入る。

(3)50代は、「いい気分」をキープしよう

  • 家族は会社組織と違って、成果や目標を達成するためのプロジェクトではない。KPIも改善報告もいらない。「失敗しても、本人の経験」「遠回りしても、その人の人生」。課題を切り離し、「見張る」のをやめる。
  • しんどい時は、1人で抱え込まず、周囲にお願いする。「自分のやり方」に固執せず、少しだけ手放す。「助けて」と言う自分を、情けないと思わない。50代は1人で戦うステージから卒業する年代。自分の限界を認め、誰かに「委ねる」ことができた時、肩の力が抜け、人生は驚くほど軽やかに、いい気分で回り始める。
  • 50代は、もう強がらなくてもいい年代。自分の非を認め、軽やかに謝る。その余裕こそが、若手を含めた周囲から「この人は信頼できる」と思われる。言い訳よりも「ごめんなさい」で、気分良くいこう
  • 感情的になりやすい人には、はっきりとした共通点がある。「普通はこうする」「○○すべき」という自分の中の正解を強く握りしめていること。不機嫌な50代は、どんなに実績があっても幼く見えてしまう。感情をまき散らす人から、人は静かに、しかし確実に距離を取っていく

(4)50代は、「余白の時間」を楽しもう

  • 「ずっとやりたかったことを、やりなさい」の著者は、週に2時間、自分1人で自分を楽しませる「アーティスト・デート」を提唱している。「本当は、こういうものが好きだった」「これをやっている時の自分、案外悪くないな」、そんな感覚を取り戻すことは、自分を慈しみ、人生のハンドルを自分の手を握り直すことでもある。
  • 50代は、隠していた「育ち」や「本性」が、隠しきれずに露呈する年代。では、50代から「品がいい」と言われる人は、何を大事にしているのか。
  1. 「食べ方」に細心の注意を払う
  2. 誰に対しても「敬語」で接する
  3. 「焦り」を丁寧な言葉で包む
  4. 「先っぽ」を徹底的に磨く
  5. 持ち物を「引き算」して身軽に動く
  6. 「自分の話」を半分に減らす

3.教訓

「はじめに」で書いたとおり、今の自分はまだ50代を前向きに受け止めきれていないのだと思います。とはいえ、その現実に背を向けて不機嫌さをまき散らしたところで、何ひとつ良いことはない――本書を読みながら、そのことを深く理解しました。

  • 自分の限界を認める
  • 自分の非を認める
  • 完璧でない状態を認める
  • 相手を認める

相手から「認められたい」という気持ちに振り回され、変なプライドで動くのではなく、自分を主語にして「認める」ことができるようになりたい。そんな意識を持つことが、これからの自分にとって大切なのだと感じています。

人生100年時代とはいえ、社会とつながりながら生きていける時間は、すでに折り返し地点を過ぎています。その残りの時間を、せっかくなら気分よく、穏やかに過ごしたい。そのために、まずは自分自身との向き合い方を、少しずつでも優しいものにしていきたいと思います。