1.はじめに
序章で、言葉の表面的な意味(=表意)と、その言葉の裏に潜む思惑や意図(=含意)の違いについて、言語学や語用論の見地から語られ、以下のように記されています。
結局、その発言が持つ意味合いは、誰が、いつ、どこで、誰に対して、どんな風に言っているのかによって違ってくるのです。言語学では、発言の解釈を左右するこのような情報のことを「文脈(コンテクスト)」と呼びます。
言葉には、私たちが意識できないような深いレベルで、私たち人間が世界や状況をどのように認知しているのかが反映されています。
言葉には、その言葉を発した人が世界や状況をどのように認知しているのかが反映されます。つまり、言葉が伝達する意味には、私たちの認知も含まれているのです。
本書では、会話文例が数多く登場します。そして、1つの問いかけに対して複数の応答を併記している事例もあり、発話量や内容が不足・過剰だと、話し手にはどんな意図があるのか、受け手がどう感じるかについて解説されています。
幅広い観点から記載されているので、自身が関心を持った箇所が多岐にわたり、以下の引用する箇所が増えてしまいました。
2.内容
(1)知らぬ間に言葉遣いを決めている大原則
- 言語学の語用論では、言葉に隠された意図や思惑を考える上で重要な概念が2つ(「協調の原理」と「ポライトネス(丁寧さ)」)ある。どちらも私たちの日常会話を根幹で支えるものであり、コミュニケーションがうまくいかないときは、大抵このいずれかに問題がある場合が多い。
- 会話がちゃんと成立するようお互いに協調するために、具体的にどのような約束事があるのかを細分化し、「4つの原則」にまとめた。
- 量の原則:必要な量の情報を発話に盛り込め、必要以上の情報を盛り込むな
- 質の原則:間違っていると思うことを言うな、十分な証拠のないことを言うな
- 関連性の原則:関連のあることを話せ
- 方法の原則:ハッキリしない表現は避けよ、解釈が分かれるような言い方をするな、簡潔に話せ、順序よく話せ
- 4つの原則は、会話という情報のやりとりを破綻なくスムーズに成立させるために必要な原則。しかし、それさえ守っていれば対話、つまり会話を通して共通理解を深めることまでうまくいくとは限らない。真実を述べること(=質の原則)を多少犠牲にしても、人間関係に摩擦が生じないような、丁寧な言い方を選ぶ必要がある。
- 人間が持つ基本的なフェイス(欲求)には2種類あり、私たちは、相手が持つ2種類のフェイスをなるべく侵害しない(もしくは、満たしてやる)ように配慮したらコミュニケーション方略を戦略的に選択している。
- ネガティブ・フェイス:他者に自分の自由や権利を侵害されたくない、邪魔されたくない、自分の領域を侵害されたくない、必要以上に近づかれたくないという欲求。「この人と話していると、なぜかモヤモヤするな」と感じる人は、ネガティブ・フェイスを無意識のうちに侵害してくるタイプの人であることが多い。
- ポジティブ・フェイス:他者に自分を認めてもらいたい、他者によく思われたい、他者に近づきたい、という欲求。
(2)協調の原理 会話を成立させる4つの原則
- 言った本人は、相手に推論させるための理由を十分に述べたつもりでも、聞き手にとってはそのような推論をするには情報量不足だったというパターンは、すれ違いが起こる典型例。重要なのは「共有知識」と「発話意図」。人の保有している情報はそれぞれ違うため、互いに知識のギャップを抱えている。そのギャップを埋めるために、私たちは言葉で情報のやりとりをしている。
- 言葉なんて、何でもよい。極端な話、無言で会釈するだけでもよい。会釈をしたり、言葉を交わしたりする行為そのものが、「あなたを無視するつもりはありませんよ」「あなたを軽視しているわけではありませんよ」というメッセージを伝えてくれる。言葉のキャッチボールを通じて、お互いの心にパス(経路)をつなぐことこそが、交感的言語使用。
- 「話し手は知っているが、聞き手は知らない」という情報ギャップが必ず生まれる。このとき、情報は「話し手の縄張りにある」という。そして、それを相手と共有することで情報のギャップを埋め、会話が継続していく。当然だが、相手が知らない情報をそのままにして話を進めるのは、相手を置いてけぼりにすることであり、極論すれば相手を無視することになるため、タブー。
(3)ポライトネス 距離を決める丁寧さの原理
- ネガティブ・フェイスは誰もが持っている欲求で、それを無理やり一言で表すなら「防御本能」。別の観点から言えば「適度に距離を保ちたい欲求(=思惑)」となる。一方で、そのような欲求(=思惑)を持っている相手とうまくコミュニケーションを取るためには、こちら側が欲求を侵害しない(もしくは、その欲求を満たしてあげる)ことが重要。他者へのそのような配慮行動を「ネガティブ・ポライトネス」という。これを無理やり一言で表現するなら「遠慮」。相手のフェイスを侵害する行為をフェイス侵害行為(Face Threating Act, FTA)という。
- 実際には客観的な基準など存在しないケースが多いため、「ちゃんと」やったかどうかは発話者個人の主観的な判断が基準となる。そうなると、「私が認めるような精度・完成度でやりなさい」という含意・思惑を相手が汲み取ることになる。こうした押しつけがましい態度は、相手のネガティブ・フェイスを脅かすFTAになる。「自分を認めてほしい」というポジティブ・フェイスまで脅かしてしまうことになりかねない。
- 私たちの言語行動の中には無意識のうちに相手に何かを押しつけたり、強要したりするようなものが潜んでいる。ただ、言う側はそれに無自覚であり、言われた側だけがモヤっとする(自分のネガティブ・フェイスを傷つけられたことに不快感を覚える)という点が大きく違うため、私たちはそれにもっと自覚的でなければいけない。
- 「いかに自分が苦労したか」や「いかに自分の努力や能力で、その困難を解決したか」を説明することで、それが自分の手柄であるかのように誇張する人がいる。しかし、自分の手柄であるかのように言われると、含意として褒めることを要求されているような気分になるため、相手のネガティブ・フェイスを脅かすFTAとなる危険性がある。
- 日本語では、自分の意志で決めたことですら「自然にそうなった」かのように表現する「ナル型表現」が好まれる一方で、それに比べると英語は「自分の意志で決定する」という「スル型表現」を好む。決断を下した当人たちを言語化せずに、ただ結果のみを言語化する思惑は、ズバリ責任回避。
- 「自分なんかにはもったいない」と断られるとモヤモヤしてしまうのは、自分を下げ、相手を持ち上げることで、2人の間に無理やり距離を作ろうとしており、自分が褒めている(=近づきたい)素敵な人と距離を置きたいというのはポジティブ・フェイスとネガティブ・フェイスで明らかに矛盾しているため。逆に相手のフェイスを傷つけるFTAになってしまう危険性が高いため、ポライトネスとしては少々問題がある。
- 普段との違いに気づくということは、それだけ普段からAに対して注意を払っている(=Aを重要視している)ことであり、これも相手のポジティブ・フェイスを満たす行動になる。挨拶をすることでも、「あなたに気づいている、あなたを気にかけている(=無視するつもりはない)という思惑を伝えるポジティブ・ポライトネス行動になる。
- 「ね」を多用するのはプライベートな場面に限定した方がよい。心の余裕がない人ほど、相手の顔を見ずに、「ね」を使って一方的に確認したつもりになって安心感を得たい。その意味では、ビジネスシーンで「ね」を多用する人の思惑は、相手の理解度を確かめるという本来の趣旨を忘れて、ただただ自分の不安をかき消すためなのかもしれない。
- 情報に基づいて解釈する際、相手の含意をどこまで深読みするかは本人次第。つまり、深読みをしてしまう傾向がある人ほどマウンティングの含意を感じやすく、あまり深く相手の含意を考えない人ほど、文字通りの表意のみ解釈してマウンティングとは感じない(もしくは、気づかない)。物事を見る際には、常に「どの視点に立ってみるのか」が重要。
- 相手の発話(の思惑)をどう解釈するかは、結局は自分の価値観やそのときの心理状態次第ということになるため、相手にはどうしようもない。もちろん、相手が「気づいてあげる」ことができれば一番よいが、そんなことは神様でなければ無理。となれば、そういった価値観やコンプレックスを積極的に他者と情報共有せず、ずっと秘密にしていた自分にも責任があると言うことができる。他者に「なんでわかってくれないの?」と怒る前に、他者にわかってもらう努力をするべきだということになる。
- 「遠慮」や「敬避」が過ぎると、相手との心理的距離も遠くなってしまうので、過剰なネガティブ・ポライトネスは、かえって相手に寂しさや物足りなさを感じさせてしまうかもしれない。一緒にいて疲れない、でも愉快に感じることができる人というのは、ネガとポジのバランスが良い人。
(4)世界の見方を明らかにする言語学
- 言葉が少しでも違えば、そこには何らかの思惑や認知の違いが反映されていると考えるべき。
- 同一の事態であっても、主語が違えばそれは別の視点から捉えられた別の事態になっている。さらに踏み込んでいえば、「こちらの視点から出来事を捉えてほしい」という話し手の思惑を聞き手に伝えているともいえる。
3.教訓
話し手にも聞き手にも、それぞれ無意識の言い方や受け取り方があるのだと、あらためて実感しました。
同じ言葉でも、相手によってはマウントに聞こえたり、慇懃無礼と感じられたり、あるいは「言い訳に困っているのかな」と受け取られたり、「もしかしてあまり話したくないのかも」と距離を感じさせてしまうこともある。
そんなふうに、ひとつの発言に対して多様な解釈が生まれうることを再認識しました。
そのうえで、これからは相手が“何を言ったか”だけでなく、
- なぜその言い方を選んだのか
- どんなことを理解してほしいと思っているのか
- その背景にどんな思惑や感情が潜んでいるのか
といった、言葉の奥にある“含意”にも意識を向けていきたいと思います。
同時に、相手にまったく悪意がなくても、自分自身の価値観やその時の気分によって、言葉を良いようにも悪いようにも解釈してしまうことがある、という点にも気をつけたいと思います。
自分の内側の状態が、相手の言葉の意味づけを大きく左右してしまうことがあるからこそ、できるだけフラットに受け取り、必要であれば丁寧に確かめる姿勢を持ち続けたいと感じました。