1.はじめに
本書には、副題というか、表紙の一番上に、
「自分は大丈夫と思っていませんか?」
と書かれています。
これはまさに、「コピーライティング」の世界だと感じました。加えて、表紙の下部に「40歳以上に読んでもらいたい」と記載され、そこにも引っ掛かりを感じました。
一定層の人が、”老害”というものが何かをそれぞれにイメージし、周りにそういう人がいると思い浮かべ、それでいて「自分は大丈夫」と思っていそうな気がします。実際、自分だけは100%大丈夫、ということもないですし、ある程度、世話焼きでなければメンターが務まらないことも事実だと思います。本書も、「メンターになる人と老害になる人は紙一重」という見出しで第1章が始まります。
以下では、特に印象的だった部分を引用して紹介していきます。
2.内容
(1)メンターになる人と老害になる人は「紙一重」
- 在籍や経験年数が長いほど、その人が周囲から「メンター」となる要素もあれば反対に「老害」となる危険性もある。「老害」よりも「長害」という言葉のほうが、現代の社会にはしっくりくるかもしれない。
- 「年下の上司(業務経験が豊富)」と「年上の部下(人生経験が豊富)」の関係性は、双方に双方のメンターとなれる要素があるので、互いに敬意を持った関係性が築ければ「メンター&メンター」となり最高の組み合わせになる。しかし反対にその関係性が築けないと「老害VS老害」で互いに攻撃しあう危険性もはらんでいる。
- レビューサイトの良い使い方は、自分が5点満点だなと思ったものにだけ5点をつけてその理由をコメントする使い方。その一方で1点をつける方もいる。コメント内容を見ると、ほとんどのものが、感情的、断定的、威圧的で、汚い日本語によって構成されている。実際のリアルな人間関係においても、何か一言言いたい人に対して「私は…」と相手にマウントを取った上で老害行為をしているだろう。
- メンターは「今、リーダーの立場に置かれている人の気持ちがわかる人」。そう考えれば、メンターが指導すべきはリーダー本人ではなく、リーダーがマネジメントに苦慮している人に対して、リーダーが言いづらいことを代わりに言ってあげるなど、リーダーを支える行為をする人が基本。そうすれば、リーダーは、「さすがに自分の立場や悩みをよくわかってくださっている。これからはもっと相談してメンターになっていただこう」、と自然に思うようになる。
- 「老害のつもりは全くないのになぜかいつもそう言われてしまう…」という方は、今一度「自分を主役に話をしてしまっていないか」という点を確認いただくと解決の糸口が見えてくる。
- 周囲から「よく気が付くね」と普段から言われる人は「もし間違いがあったら指摘してあげて正しくしたほうが自分も気持ちがいいし、相手も助かるはず」という発想になりがち。しかし相手によってはそうでないこともある、と肝に銘じておかないと「またあのチェックマンがやってきた」という老害扱いを受けることになるかもしれない。
- サービス精神が旺盛なのは基本的にはいいことで「皆から頼られる存在」に実際になっているが、仕事においてそれが過剰になってしまうと、その人はよくても後任の担当者が「相対的に」比較されてしまう。「自分だけ評価されてご満悦のサービス精神」となり、後輩や後任にとってはハードルの高い老害行為を無自覚にしている危険性がある。
- メンターと老害の違いは、自分と相手との意見の違いに遭遇した時に、その違いを単に「違うということだな」と、そのまま受け入れられる人はメンターであり続けられる。だがそれを受け入れられずに「どうして自分の意見が受け入れられないのか」と、感情的な言動を起こしてしまう場合に、老害行為とみなされる。
(2)相手と関係性ができていないから老害と思われやすい
- 「この言葉を言ってもいいのかな、言うべきじゃないのかな」と考える前に、言う対象となる相手との関係性ができているのかどうかをまずイメージして、それに応じてどこまで言うべきかを考えると良い。
- 人間は年を重ねていくにつれて考え方が古くなったり固くなったりするわけではない。単純に「最新の情報がアップデートされていない」ことが、若い世代から「古い価値観のまま=自分たちのことを理解する気がない=だから何でも反対する=老害」と見えてしまうこともあるということ。
- あらゆる属性の人達から支持されているということは、メンター自体があらゆる属性の人に順応できているとも言える。つまり自分主体ではなく、相手の属性に合わせて関係性を構築している。より多くの人と良い関係性を築くということは、あらゆる相手と自分との「違い」を受容していくということ。自分と他者との違いに不寛容にならず、どれだけ寛容になれるかが実現に近づくことになる。
(3)メンターですら陥りやすい、老害と言われやすい話し方の「くせ」
- 人に採点をする行為というのは、本来、お互いの同意があって成立するもの。同意なく採点するのは原則、上から目線の「敬意がない行為」に該当する。
- 今の時代は、なぜわざわざいきなり人を否定してきて不快な思いをさせてくるのかが「意味がわからない」ということ。そしてわからないなりに理由を考えて、きっと「いつもネガティブなことを言ってくる人」「私に対して悪意のある人」として老害認定される。第一声は「仕事は順調?」「何か困ったことは起きていない?」で十分。
- 聞き手が「またか」と思う昔話は、「誰でも知っている昔話」を「何度も話される」ということ。インターネット上で検索しても載っていない情報、その人の経験からしか語れない情報というのは、昔話であっても「初めて聞いた情報」として聞き手にとっても有意義なものになる。
(4)メンターであり続けるための発想の転換
- メンターの適性がある人というのはたとえ自分に非が無いことで良くないことがあった時にも「自分の何がいけなかったのだろう」と内省する人。その一方で、老害というのはたとえ自分の油断・慢心・驕りが一因で悪いことが起きたとしても反芻することなく「とにかく全て相手が悪い」と他責する人。
- メンターであれば、「育ててあげよう」「教えてあげよう」ではなく「支えよう」という発想で本人から見返りも期待していないから、もし裏切られたとしても、「今回は支えてもダメだったか」で終わる。激昂して執拗に後追いすることは、時間の無題になるからそのようなこともしない。
- 自分に良いことがあった時に「おめでとう!お祝いしようよ」と言ってくれる人は長く大切にしよう。そのような人は「喜び慣れしている」ので、一緒にいるだけでもとても前向きになれる。
- 自分が経験上得てきた知恵は惜しまずに聞かれずに伝えるようにする。そうすることで「知識や知恵の在庫がなくなったのでまた経験を積まなければ」となるのも事実。メンターになる方は「ケチらない」という共通点がある。
(5)組織の老害化を解消し、メンター社員を増やす社風改善
- 職場で若者がトラウマになる典型的な老害的コミュニケーションが、若手社員がぼそぼそ説明を始めた時に「見えない!」「聞こえない!」と絶叫する人。「ごめん、ちょっと字が小さいから大きくできる?」「悪いけど、もう少し大きい声でお願いできる?」と、冒頭に「へりくだり」の表現を少し挟めば済む話。
- 老害が怖いのは、自分が「上」から老害を受けている時に、そのことで頭がいっぱいとなり、自分が「下」に老害をしていないかということに気がまわらなくなること。だから階層が「上」の人であればあるほど、自分が「下」に老害をしていないかを気にかける必要がある。
- 人間だから誰でも人生において好調と不調な時期がある。趣味の集まりで「初めまして。私は上場会社の管理職をしていまして…」と自己紹介したら、たまたま人生が不調な人がいて、「普通に会社員ですって言えばいいのに偉そうだな。趣味の集まりにマウントを持ち込むなよ」と突っかかる人も無きにしも非ず。
- 環境が変われば人も前提条件も変わる。自分の武器(強み)があると最初にそれを披露したくなるが、「できるだけ最後」にして「誰かから」聞かれて初めて答える。そのように情報公開していくと、スムーズに新しい環境に馴染め、徐々に関係性を深めていく中で自分の強みを知ってもらう。
- 関係性ができている人から間違いを指摘されたら、それは「善意」だと相手もわかるが、そうでない場合は「良かれと思って」の指摘が「クレーム」「悪意」「老害」と受け取られる可能性があるかもしれない。そのため、関係性ができるまでは細かいミスなど相手の気になるところがあっても黙って見守る優しさを持つことも大切。
- 周囲から「具体的な質問や相談」をされるようになったら、相手は「お互いに関係性ができている」と認識しているだろう。そのような相手には、徐々に自分の考えている意見や提案などをしても問題ない。
(6)「会社員更年期」を上手く乗り越えられればメンターになれる
- 自分以外の指導方法を全否定せず、「そういう指導方法があるのか。それと自分の指導方法を組み合わせてみたらどうなるのかな」と考えてみよう。「指導方法の手数を無限に増やす」という意識を取り入れてみると、あらゆるタイプの人材の指導もでき、さらに活躍できる。
- 転職、異動、リスキリングなどによりこれまでの仕事内容と全く違う仕事をすることになった場合、落ち着いて学べる環境があればトラブルは起きない。そうでない場合、教える側は「どうしてこんなこともわからないのですか!」と叫び、反対に教わる側が「教え方が悪い!」と叫ぶ、「老害VS老害」になっていくことがある。互いに相手に敬意を持って、教え、教わろう。
- 年を重ねると、「人から教わる」ことより「人に教える」機会のほうが圧倒的に増える。そのため、先生がいる習い事に通うと、「こうやって教えれば伝わりやすいのか」という「指導方法」の勉強になり、それをまた自分の仕事にフィードバックできる。学びたいことも学べて、指導方法のバリエーションも増やすことができて一石二鳥。
- 人間誰しも得意な環境、慣れた環境にしかいないと自分は万能なのだと勘違いしてしまい、その環境で傲慢にふるまい老害化してしまう。本当に万能な人というのは、どの環境に飛び込んでもそれなりにやれる人。自分で自分を老害化させないためにも、時にはあえて自分の経歴や実績が無力な環境に飛び込んでリセットをすることも大切。
(7)「老害!老害!」と騒ぐ若者ほど、実は老害予備軍
- 「自分とは違うから」という理由だけで相手のコミュニケーションを拒絶していると、自分が年齢を重ねた時に今度は「どうせ若い人には年長者の自分の気持ちなどわからない」と、若い人とのコミュニケーションも拒絶して孤立してしまう。そして「若い人の言うことに耳を貸さない老害」と言われるようになる。
(8)「老害化」している人の周囲をメンターで取り囲む
- 老害状態の歯止めが利かなくなっている方をそのままにしていると、ありとあらゆることに口を出し、そしてまたそれが聞き入れられないことに怒り、さらに際限なく口出しをするというエンドレスな状態に陥り、それにより受け手側が疲弊する。
- 老害をする相手にはっきり「やめてください」と言えないので、相手も何が迷惑になっているのかがわからないことが多い。「何もしてくださらないことが私達としては一番有難い」という場合には「存在してくださっていること自体が私達にとってありがたいことです」という表現を使って相手に伝えることで、衝突することなく、やめて欲しいことをやめてもらえる。
- 「いつもありがとうございます」と先に言ったり書いたりしてしまう。そうすれば、「感謝してもらった」という行為を受けたことで、「感謝されるために何か皆の役に立たなければ」と思って口出しすることも無くなる。もし、「いつもありがとうって、何が?」と言われたら、「いつも私達のことを温かく見守っていただきありがとうございます」と伝えれば「それは当然」と気分もよくされる。
3.教訓
たしかに、相手のためによかれと思って、気づいた間違いを指摘することは、よくやってしまっています。それで、感謝される相手がいるのも事実です。
例えば、担当者が起案した文書を確認してから自身の上席に回付する際、細かい打ち間違い修正したりや論理構成を整えるなどの対応をします。すると、「わかった、これでOK」と言ってもらえる確率が上がるため、お互いにスムーズに仕事ができます。
ただそれも、自身がその担当者の上席者であり人事評価権限者であって、一緒に仕事をするパートナーとして日々コミュニケーションを取れているからこそ、なせる業です。それが、直属のラインでもない、最近やってきたあまり知らない人から全く同じことをされたとしたら、「なんだか面倒くさい人」として認定されてしまいます。たとえ、本来は建設的な関係性が築けることが可能な関係性であっても、です。
また、本書では何度も「年を重ねる」という表現が出てきたのが印象的でした。自身も、もう一定の年齢層に達し、自身が引っ張っていくよりも、ノウハウを伝えて後進が歩みを進めていくのをバックアップしたいという思いのほうが強くなってきました。それを実践していくにあたって、いい本に巡り会えたと感じています。
「40歳以上に読んでもらいたい」とありますが、本書冒頭の通り、年齢が若くても周囲より業務経験が長ければ、老害ならぬ長害になる可能性があり、中堅層以上であれば年齢によらずお読みいただければ、少なからず得られるものがある、良書だと思います。
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