1.はじめに
著者の古谷さんは、リクルートGに務める研究員で、2040年の日本において働き手が1,100万人不足するという、ある種衝撃的なシミュレーションを出されました。
そのことについては、以前レビューを記載した以下の本の中でも紹介されていました。
その方が、どんな働きかたのデザインを提示してくれるのだろうと興味を持ち、手に取りました。以下では特に印象的だった部分を紹介していきます。
2.内容
(1)会社はあなたを育ててくれない
- 大きな社会の流れの中で生まれたために、全く新しく、しかももう戻らない職場状況、それが「ゆるい職場」。変わってしまった職場環境。重要なポイントは「時間の余白」と「心の余白」。
- 時間の余白は、どう使おうと自由。時間の余白は経験の差を生む。これまでは企業のなかで長時間働いていたために、経験の機会は平等に与えられた。しかし職場にいる時間が短くなった結果として、どうしても個人個人の経験の差が生まれてしまう。
(2)「選択できる」ことは幸か不幸か
- 自分の人生の選択権を持つためには、様々な経験・体験によるスキル・専門性・知識の獲得が重要。シビアな事実だが、選ぶことができるのは、選ばれる人だから。選択の回数が増えれば、「社内外で豊かな選択権を持てるかどうか」という視点が顕在化する。
- 1回の選択がとても重要だった職業社会においては、その1回のときにどんな景気状況だったのか、どんな出会いがあったのか、面接官が誰だったのか、最初の上司が誰だったのか、といった「運」としか言いようがない要素が大きな影響力を持っていた。他方で、選択の回数が増えれば「運」任せのの一発勝負ではなくなるため、自分でコントロールできることが相対的に増加する。
- 若手自身が選べる機会が増えるということは、会社任せでキャリアが作られていた時代よりも、その選択の結果が自分自身に大きく影響するということ。会社任せ・運任せの際には顕在化しなかったような様々なことを、若手自身が選ばなくてはならなくなる。これはある種、とても残酷なことだと感じる。
(3)自分らしさと成長を両立するために
- 「ありのまま」と「なにものか」という2つの気持ちがグラデーションのように曖昧な境界線を持ちながら揺れ動いていることに、現代の若手のキャリア観の特徴がある。どっちがよくてどっちが悪いではない。どっちも大事。
- ありのままで働こうとすれば、「なにもの」かになるためには遠回りになるかもしれない。「なにもの」かになろうと思い社会の最前線で必死に働きながら、自分が良いと感じたものを大事にし続けるのは難しいかもしれない。
(4)三年いても温まらない
- 土日なく深夜まで残業して様々な修羅場を経験して育っていた時代と比べ、いま同じ1年間で習得できるものを増やす・維持することは容易ではない。当然に、最低必要努力量に達するまでの期間が長くなる。
- 籠城戦略が成功するのは”援軍が来ると期待できる”ときだけ。将来の援軍も期待できないのに、ただ城に籠って我慢し続けることは精神的にもきつい。”我慢”というキャリア戦略が有効なのも、そこに将来への期待があるから。我慢という戦略は、職場で構築できるキャリアへの期待が低下した今、有効性を低下させていて、現代の働きかたのデザインにおいてこの戦略を取ることを難しくしている。
- 現代の、「選択の時代」「ゆるい職場の時代」の働きかたのデザインの課題は、
- では、どこでどうやって1万時間を獲得するのか
- では、どこでどうやって最低必要量に達するべく努力を投資するのか
- ”正攻法”、メインの職場で我慢をしつつ機会をうかがうという戦略の有効性が低下する中で、新たな戦略の基本方針は、以下の3つとなる
- 空間的投資:外と内のバランスをずらして投資する
- 段階的投資:小さく次々と投資する
- 並行的投資:同時に様々な投資をする
(5)スモールステップを刻む
- 日本の社会人は就職直後に最も能動的なキャリア形成の姿勢を持っているが、普通に過ごしていると、だんだんにキャリアに関する行動や情報取得をしなくなっていく。いわば、”会社への過剰適応”。
- この”過剰適応”は10年前の2ステップ人生では、20歳前後で到来した1ステップ目(=就活)を何とかすればよかったために、全く問題がなかったかもしれないが、選択の回数が増えた時代には大きなリスクとなる。
- もしかすると、何もしないうちに諦めることが多いのではないか。もしかすると諦めたと思うことすらなく通過していることも多いかもしれない。しかし、働きかたのデザインにおいては、小さく試してみて、それで「自分に向いているかどうか確認」してみる。この回数を増やすことで、本当はできること、自分の可能性の広さに気づくことができる。
- 受動的なスモールステップで来た人がその場で得るものは、これまでの延長線上では決して得られないもの。これが「言い訳」があって行動することの大切さ。言い訳から始めて、実施したスモールステップを意味づける。このプロセスが大きな行動を生み出すための有効な方策。
(6)「キャンペーン」の集合でつくる
- ライフキャリア全体と経歴の部分部分を無理にきれいに結びつけなくてよいのではないかと考えている。「同じライフキャリア上にあって”大事にしているもの”が異なる1つひとつの時空間」のことを、「キャリア・キャンペーン」と呼ぶ。
- 1人のライフキャリアは、キャリア・キャンペーンの集合体。この考え方で既存のキャリア理論を整理してみたときに、現代の働きかたのデザインのおいて前提とすべきは「キャリア・アンカーが同時に複数ある」「山登りをしながら別で川下りをしている」という状況があること。
- 自分には様々な”仮面”があって使い分けている、気持ちを切り替える場所を持っている、様々な場が良い影響をし合っている。こうした認識のライフキャリアにおける意味はとても大きい。様々な自分を見せられることが、結果的に自分のキャリア不安を軽減し、人生を豊かにしている。
- 人が同時に複数の役割を担うことで相互に好影響(スピルオーバー=あふれ出す、もれ出す)が起こる。複数の「仮面」によって、好循環を生み出す。
(7)”合理性”を超えるために
- キャリア自律を念頭においた人事制度に、1つ大きな弱点が内包されていると考えている。それは「本人の合理性を超えた機会提供が難しい」ということ。本人が自律的であり、キャリア形成における目標が明確であればあるほど、当然に目的地と現在地を最短距離で結ぼうとする。すると、この最短距離へのルートから少しでも脇に外れた経験はムダだと判断される。つまり、キャリアが自律的であればあるほど、この偶発性が起こりづらい可能性がある。
- 「この仕事には熱意やWillがないから意味がないし、さっさと辞めよう」、ではなく、「別で熱意は持てそうだし、こっちではまあ違うことを大事にするかな」という柔軟なスタンスで取り組めれば、偶発性をライフキャリアに取り込むことにもつながる。熱意とキャリアの複雑な関係が、あなたに偶然の機会をもたらす。熱意だけに依存しない、自分の合理性を超えた機会を取り込める。
(8)「組織との新しい関係」を築く
- 「育てれば育てるほど辞める」という問題、育成と定着のアンビバレントな関係は、とてもシンプルなトレードオフであるがゆえに、簡単な解決方法が存在しない問題。だからといって、育てない・育たないことは人も組織も誰も求めてはいない。
- 徐々にコミットメントを移していく”コミットメントシフト”をした人は、「①現在、仕事の内容や取り組む姿勢が豊かなものとなって」おり、またコミットメントシフトにより「②良い変化が得られた」可能性が高まっているといえる。
- 個人のコミットメントシフトによるキャリア戦略が可能となることで、その人が今いる会社側にもメリットがある。社外での活動を行っている人のほうが自社のことが好き、という関係があることが若手社会人への調査からわかっている。
- 1つの会社にいるだけではその会社の良さを深く理解することは難しい。外を知っているから辞めるのではなく、外を知らないから辞める。
- 「組織をどう自身のライフキャリアに活かすか」の発想で対話を繰り返し、使える制度や施策を探索し、時には自分の意見を伝え、まわりの考えを知り、そしてルールや環境自体をより自分に合ったものとしていく。組織との会話を通じて、自分のキャリアにとって良い環境を徐々に作っていく。
- 在職がキャリア選択ではないことが、現代のライフキャリア形成に大きな脆弱性を生んでいると考える。人は理由を考えるプロセスを通じて、動機や意味、優先順位を発見していく。「なぜその会社にいるのか」という理由を考えるプロセスがなければ、組織から得たいものは明確にならず、組織との対話の動機も得られず、乏しくなる機会をただ待っていることが最適解のように感じられてしまう。
- 希少性が高い辞めない理由を持てたことは、すなわち自身のキャリアにおいて、かけがえのない場を持つことができたことを意味する。それは、その職場をメインにキャリアを作っていく際にももちろん価値を発揮するし、その職場から少し離れてもみてもライフスパンコミットメントを高め、キャリアの相乗効果を発揮する可能性も高められる。”故郷のようなかけがえのない場”をキャリアにおいて持てたことが、あなたのライフキャリアを豊かにしてくれる。
(9)「新しい安定」を実現する働きかたのデザイン
- ライフキャリアにおいて、過去に経験したことは変えられないが、その意味は変えられる。過去の経験が今の自分から見てどんな意味を持つのか、は将来に向かってどんどん変えることができるもの。
- 他の人の話を聞いて、一番違和感のあった部分を大切にする。その違和感こそが、自身の強みや特徴、他の人との差異を表すものだから、違和感があった部分がキャリアデザインにおける重要なポイントとなる可能性が高い。
- 最近、自分の実力以上の場や不慣れな環境に臨むことで、「不安」心理を生み出せたか。焦りやキャリア不安を感じる範囲が変わった・増えてきたということは、実はポジティブな変化。
3.教訓
最初にタイトルを見て、「会社が育ててくれないなら、自力でこんなことを頑張ればよい」、といったHowToが書かれた本なのかと想像していました。しかしながら、以下のような大事なことが散りばめられた内容で、本当に勉強になりました。
- 今どき、昔のような詰め込み型の教え方はできない。時間の余白の使い方が重要
- 受け身で小さく始めることでも、将来の大きな変化につながる
- キャリア自律が行き過ぎて近道ばかり求めるのも考え物。時には寄り道も必要
- 他社の知り合いと話ができると自社のことが見えてくる
- 過去の経験は変えられないが、意味づけの仕方は変えられる
読んでいて、理想論だけを追うのではなく、自身で現実的に遭遇してきた類似経験もあり、納得感のある内容が多く含まれていました。他者とのつながり、サードプレイスの考え方については、キャリアコンサルタントを受講してできた仲間同士でも、よく話題になります。
これからのキャリアデザインを考えたい若者が主たるターゲットだとは思いますが、そういう方だけでなく、そういう方を育成する担当者や上司の立場として読んでも、得られるもの、感じるものが多いと思う良書です。
