1.はじめに
「博士の愛した数式」の作者である小川洋子さんと、臨床心理学者の河合隼雄さんによる、対談形式の内容です。
私は本を読んだことも映画を見たこともありませんが、それでも心に沁みる内容です。本や映画に接したことがある方なら、そのシーンについて語られる場面がありますので、なおさら感じるものがあると推察します。
以下では、対話文の表現をそのままに、印象に残った部分を引用して紹介します。
2.内容
- 一流の選手ほど選択肢をたくさん持っていてその中からパッと最善の方法を選ぶ。だけど、下手な選手は球をもろたらただもう走らないかんと思い込んどるんやそうです。走らんとパスした方がいい時もあるのにね。
- 都合のいい偶然が起こりそうな時に、そんなこと絶対起こらんと先に否定してる人には起こらない。道に物なんか落ちていないと思ってる人は、前ばっかり見て歩いてるから、いい物がいっぱい落ちとっても拾えないわけでしょ。ところが、落ちてるかもわからんと思って歩いてる人は、見つけるわけですね。すでにそこにあることに「気づく」ということですね。
- 人間というのは物事を了解できると安定するんです。今この部屋にあるモノみんなどれも了解可能でしょう。だから安心して座っていられる。ところが僕が何か仕掛けをして、突然風船がパァと飛んできたとする。それでも僕が平気で話していたら、皆さんもう気になって仕方ないでしょう。了解不能のことというのは、人間を不安にするんです。そういう時下手な人ほど、自分を早く了解して安心したいです。相手を置き去りにして、了解するんです。
- 人間は矛盾しているから生きている。全く矛盾性のない、整合性のあるものは、生き物ではなくて機械です。命というのはそもそも矛盾をはらんでいるものであって、その矛盾を生きている存在として、自分はこういうふうに矛盾してるんだとか、なぜ矛盾しているんだということを、意識して生きていくよりしかたないんじゃないかと、この頃思っています。そして、それをごまかさない。
- カウンセリングは、ちゃんと話を聴いて、望みを失わない限り、絶対大丈夫です。こちらが内心望みを失うとするでしょう。そうしたらもう駄目だんですよ。「アカンかった」と言われた時に、こちらがちゃんと望みを持っていることが大事なんです。望みを失わずにピッタリ傍におれたら、もう完璧なんです。だけどそれがどんなに難しいか。
- 人間は表層の悩みによって、深層世界に落ち込んでいる悩みを感じないようにして生きている。表面的な部分は理性によって強化できるが、内面の深いところにある混沌は論理的な言語では表現できない。それを表出させ、表層の意識とつなげて心を1つの全体とし、更に他人ともつながってゆく、そのために必要なのが物語である。物語に託せば、言葉にできない混沌を言葉にする、という不条理が可能になる。生きるとは、自分にふさわしい、自分の物語を作り上げてゆくことに他ならない。
3.教訓
上に引用したように、「いい言葉だな」「本当にその通りだな」と思わされる箇所が随所にありました。
- すでにそこにあるものに気づくこと。
- 相手がどう思っているかに関係なく、自分の側で勝手に了解してしまうこと。
- 望みを失わずに寄り添い続けることの難しさ。
- 矛盾を抱えてこそ人間であること。
こうした真正面からの語りに加えて、時折差し込まれるダジャレ(たとえば「荒唐無稽文化財」)や、源氏物語の話題など、扱う範囲が広く、気づけば一気に読み終えていました。
臨床心理学者と芥川賞作家という組み合わせだからこそ生まれる独特の世界観があり、「人間とは何か」「生きるとはどういうことか」について、自分自身の中でも静かに考えを巡らせることができた一冊でした。
