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人新世の「資本論」 斎藤幸平 著

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人新世の「資本論」 (集英社新書) [ 斎藤 幸平 ]
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1.はじめに

一度は古典としての「資本論」を読みたいと思っていたところ、NHKの100分de名著で2021年1月のテーマとなったため、テキストを購入し、勉強をしました。

NHKのテレビ番組自体は見なかったのですが、斎藤幸平さんが講師だと記されていたこと、本書自体が2021年新書大賞を受賞したことから、手に取りました。

本書の主たるテーマは、マルクス資本論の新解釈について明らかにするのではなく、環境問題に一石を投じる内容となっています。

chuokoron.jp

2.内容

(1)気候変動と帝国的生活様式

  • 自動車の鉄、ガソリン、洋服の綿花、牛丼の牛肉にしても、その「遠い」ところから日本に届く。グローバル・サウスからの労働力の搾取と自然資源の収奪なしに、私たちの豊かな生活は不可能
  • 搾取対象は人間の労働力だが、それでは資本主義の片側しか扱ったことにならない。もう一方の本質的側面、それが地球環境である。資本主義による収奪の対象は周辺部の労働力だけでなく、地球環境全体。資源、エネルギー、食糧も先進国との「不等価交換」によってグローバス・サウスから奪われていく。
  • 環境危機という言葉を知って、私たちが免罪符的に行うことは、エコバッグを買うことだろう。だが、そのエコバッグすらも、新しいデザインのものが次々と発売される。免罪符がもたらす満足感のせいで、そのエコバッグが作られる際の遠くの地での人間や自然への暴力には、ますます無関心になる。資本が謀るグリーン・ウォッシュに取り込まれるとはそういうことなのだ。
  • しかし、危機の瞬間には、好機もあるはずだ。気候危機によって、先進国の人々は自分たちの振る舞いが引き起こした現実を直視せざるを得なくなる。その結果、今までの生活様式を改め、より公正な社会を求める要求や行動が、広範な支持を得られるようになるかもしれない。外部の消尽は、今までのシステムが機能不全を起こす歴史の分かれ目に、私たちを連れていく。

(2)気候ケインズ主義の限界

  • グリーン・ニューディール等のデカップリングによる緑の経済成長は不可能。経済成長が順調であればあるほど、経済活動の規模が大きくなる。それに伴って資源消費量が増大するため、CO2排出量の削減が困難になっていくジレンマが生じる。つまり、緑の経済成長がうまくいく分だけCO2排出量も増えてしまう。そのせいで、さらに劇的な効率化を図らなければならない「経済成長の罠」に陥る。
  • もちろん、「裕福な生活様式」によって、CO2を多く輩出しているのは、先進国の富裕層である。世界の富裕層のトップ10%がCO2の半分を排出しているというデータもある。プライベートジェットやスポーツカーを乗り回し、大豪邸を何軒も所有するトップ0.1%の人々は、極めて深刻な負荷を環境に与えている。
  • 他方で、下から50%の人々は、全体のわずか10%しかCO2を排出していない。にもかかわらず、気候変動の影響が彼らに最初にさらされる。ここにも帝国的生活様式や外部社会の矛盾がはっきりと表れている。
  • 実際、電気自動車の生産、その原料の採掘でも石油燃料が使用され、CO2は排出される。さらには、電気自動車のせいで増大する電力消費量を補うために、ますます多くの太陽光パネル風力発電の設置が必要となり、そのために資源が採掘され、発電装置の製造でさらなるCO2が排出され、結果的に環境危機は悪化していく。
  • 電気自動車の導入や再生可能エネルギーへの転換は必要であるが、それが今の生活様式を維持することを目指すにすぎないなら、資本の論理に容易に取り込まれ、「経済成長の罠」に陥ってしまう。罠を避けるためには、車の所有を自立と結びつけるような消費文化と手を切り、モノの消費量そのものを減らしていかねばならない。

(3)資本主義システムでの脱成長を撃つ

  • 資本主義とは、価値増殖と資本蓄積のために、さらなる市場を絶えず開拓していくシステムである。そして、その過程では、環境への負荷を外部へ転嫁しながら、自然と人間からの収奪を行ってきた。この過程は、マルクスが言うように、「際限のない」運動である。利潤を増やすために経済成長を決して止めることがないのが、資本主義の本質なのだ。
  • 今の日本は「脱成長」ではなく、ただの長期停滞である。「脱成長」は平等と持続可能性を目指す。それに対して、資本主義の「長期停滞」は、不平等と貧困をもたらす。そして、個人間の競争を激化させる。

(4)「人新世」のマルクス

  • 「自然的物質代謝」は、本来、資本から独立した形で存在しているエコロジカルな過程である。それが、資本の都合に合わせて、どんどん変容させられていく。ところが、最終的には、価値増殖のための資本の無限の運動と自然のサイクルが相いれないことが判明する。その帰結が「人新世」であり、現代の気候危機の根本的な原因もここにある。
  • 持続可能性と平等こそ、西欧近代化社会が資本主義の危機を乗り越えるために、意識的に取り戻さなくてはならないものであり、その物質的条件が定常型経済なのである。要するにマルクスが最晩年に目指したコミュニズムとは、平等で持続可能な脱成長型経済なのだ。
  • 本当に資本主義に挑もうとするなら、「潤沢さ」を資本主義の消費主義とは相いれない形で再定義しなくてはならない。これまで通りの生活を続けるべく、指数関数的な技術発展の可能性に賭けるのではなく、生活そのものを変え、その中に新しい潤沢さを見出すべき。

(5)欠乏の資本主義、潤沢なコミュニズム

  • マルクスによれば、「本源的蓄積」とは、資本がコモンの潤沢さを解体し、人工的希少性を増大させていく過程のことを指す。つまり、資本主義はその発端から現在に至るまで、人々の生活をより貧しくすることによって成長してきた。
  • コモンズから囲い込みになった後の私的所有制は、この持続可能で潤沢な人間と自然の関係性を破壊していった。それまで無償で利用できていた土地が、利用料を支払わないと利用できないものとなったしまった。本源的蓄積は、潤沢なコモンズを解体して、希少性を人工的に生み出した
  • 本来であれば、収穫が多いことは喜ぶべきこと。だが、過剰供給は価格を下げてしまうので、価格を維持するために、わざと廃棄される。潤沢さが減り、希少性が増える。これこそが「公富」の減少によって、「私財」が増大していくという、ローダデールのパラドックスである。
  • 資本がその支配を完成させるもうひとつの人工的希少性がある。それが「負債」によって引き起こされる貨幣の希少性の増大である。無限に欲望をかきたてる資本主義のもとでの消費の過程で、人々は豊かになるどころか、借金を背負う。そして、負債を背負うことで、人々は従順な労働者として、つまり資本主義の駒として仕えることを強制される
  • 相対的希少性は終わりなき競争を生む。買ったものはすぐに新モデルにより古びてしまい、消費者の理想は決して実現されない。私たちの欲望や感性も資本によって包摂され、変容させられてしまう。こうして、人々は、理想の姿、夢、憧れを得ようとモノを絶えず購入するために労働へと駆り立てられ、また消費する。その過程に終わりはない。

(6)脱成長コミュニズムが世界を救う

  • 資本主義のもとでは、食料も高く売れるかどうかが重視される。だが、高価な桃やブドウを作って輸出しても、食糧危機は乗り越えられない。商品としての「価値」を重視し、「使用価値(有用性)」を蔑ろにする資本主義では、こうしたことが常に起こる。それでは野蛮状態に陥ってしまう。だから資本主義に決別して「使用価値」を重視する社会に移行しなければならない。
  • ポイントは、経済成長が減速する分だけ、脱成長コミュニズムは、持続可能な経済への移行を促進する。しかも、減速は、加速しかできない資本主義にとっての天敵である。無限に利潤を追求し続ける資本主義では、自然の循環の速度に合わせた生産は不可能
  • 奪成長コミュニズムに向けて必要なことは以下の5点
  1. 「使用価値」に重きを置いた経済に転換して、大量生産・大量消費から脱却する
  2. 労働時間を削減して、生活の質を向上させる
  3. 画一的な労働をもたらす分業を廃止して、労働の創造性を回復させる
  4. 生産のプロセスの民主化を進めて、経済を減速させる
  5. 使用価値経済に転換し、労働集約型のエッセンシャル・ワークを重視する

(7)気候正義という「梃子」

  • 「緑の成長」を目指すグリーン・ニューディールも、ジオエンジニアリングのような夢の技術も、MMTのような経済政策も、危機を前にして常識破りの大転換を要求する裏では、その危機を生み出している資本主義という根本原因を必死に維持しようとしている。これが究極の矛盾である。そのような政治にできることは、せいぜい問題解決の先送りに過ぎず、まさのこの時間稼ぎが致命傷になる。
  • ただ、政治家を責めてもしょうがない。気候変動対策をしても、グローバル・サウスの人々や未来のこどもたちは投票してくれないから。政治家は、次の選挙よりも先の問題を考えることができない生き物。さらに、大企業からの献金やロビイングも政治家たちの大胆な意思決定を妨げている。
  • 資本主義とそれを牛耳る1%の超富裕層に立ち向かうのだから、困難な闘いになるのは間違いない。しかし、研究によると、「3.5%」の人々が非暴力的な方法で本気で立ち上がると、社会が大きく変わるという。
  • すぐにやれること、やらなくてはならないことはいくらでもある。だから、システムの変革という課題が大きいことを、何もしないことの言い訳にしてはいけない。一人ひとりの参加が3.5%にとっては決定的に重要なのだから。

3.教訓

確かに、エコバックがどこでどれくらいの負荷とコストをかけて作られているか知っている人は多くないと思います。

同じように、電気自動車を製造したり蓄電したりするためにどれくらいのエネルギーが必要で、ハイブリッド車や昔の構造が単純なマニュアルガソリン車と比較して本当にどの程度環境にとって良いのか(または悪いのか)も、本当のところはよくわかりません。

某自動車メーカーのEVのCMの中で、「自然をよくするお手伝い、ちょっといい気分」みたいなコメントがありますが、車を使わずに済む生活が自然にいいことは決まっているので、少し違和感を覚えたりもします。

だからといって、自身がクーラーや冷蔵庫無しで生活できるわけでもなく、今のこうやってチョコレートを食べながら電源コードにつながったPCを使っていて、原始的な生活に戻れるわけもないことも認識しています。

 

目の前にある事象の、とある1断面・表面だけを切り取って、良い悪いを言っても始まりません。

何かを使うにあたっては、前工程としての製造プロセス、後工程としての廃棄プロセスも含めた、裏側にある一連の工程を含めて、本来は評価しないといけないことだといけないと考えています。

また、最後に出てきた「課題が大きいことを、何もしないことの言い訳にしてはいけない」という言葉については、何も環境問題に限った話ではなく、今自身が会社や家庭において抱えている課題やタスクにも当てはまることであり、マルクス資本論の考え方をベースに、さまざまことを考えたり学べたりする意味で、いい本だと感じます。