管理職おすすめの仕事に役立つ本100冊×2

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多動脳 ADHDの真実 アンデシュ・ハンセン著

1.はじめに

「ADHD」

私が子どもの頃は、そんな病名はありませんでした。

しかしながら、そういう傾向の人がゼロだったかというと、決してそんなことはなく、そういう人もいた、ただそう呼ばれていなかった、それでも大きな問題としては扱われていなかった。ただそれだけのことだと思います。

自分が親になり、学校公開に行くと、それっぽいなと感じる子はいます。小学校の入学式で落ち着きがないなと思っていた子は、その後、筑付から東大理Ⅲに入ったと聞きました。まさに、帯の、”その「弱点」が「能力」になる!”の実例と感じました。

以下では特に印象に残った部分に限って、引用して紹介していきます。

2.内容

  • そもそも人間の本質を一言で言い表せるわけがない。背の高い低い、内向的なのか外向的なのか―。ほとんどの人はどのグラデーションでも極端に濃くも淡くもなく、真ん中辺りにいる。それに「一般的にはこうだ」という話をしてもあまり意味がない。ADHDだからといって全員が同じではない。ADHDではない人が1人として同じではないのと一緒で、人間はたった1つの診断名で説明がつくほど単純な存在ではない
  • すぐに気を取られない人の方は重要ではない情報を排除するのが得意で、ウサギやライオンには気づけなかったかもしれないが、先生の話には集中できる。こうして2人の立場は入れ替わった。サバンナでは”強み”だった特性が教室やオフィスでは”問題”になる
  • ADHDが”強み”だったと考えるにはもっと基本的な理由もある。実に無慈悲なもので、今ADHDと呼ばれる特徴が害にしかならなかったらその人たちは生き延びていないし、子孫を残して遺伝子を伝えることもなかっただろう。そうなるとADHDの人は次第に消えていく。あるいは厳しく選別され、かなり珍しい存在になっていたはずだが―、そうなってはいない。
  • ADHDの学生はブレインストーミングに優れているが、ここで興味深いのはロジックに重きを置いた創造性テストでは結果が良いどころか悪い場合が多かったこと。1つの解釈としては、ADHDの人はそうでない人に比べて思考が抑圧されておらず思考の流れにストップをかけないので、ブレーンストーミングの際には”強み”になるが、ロジカルな局面では足かせになってしまう
  • ADHDは注目を向けている対象が広いことが多い。他の人よりも細かく、周囲で何が起きているかを認識している。邪悪な音や要素を排除するフィルターを持たず、珍しいアイデアも排除しない。つまりリーキー・アテンション(注意力が漏れやすい)を持っている。
  • ADHDにはじっとしていられない、リスクを恐れない、権威や伝統にひれ伏すことがないという特徴がある。既存のルーチンや仕事の作業手順がうまく機能しない時にも「でも今までそうしてきたから」では納得せず、よりよい方法を探そうとする。既存のものに疑問を呈する、じっとしれいられない、リスクを厭わない、他の人がやっていることを当たり前だと思わない―そういった特徴はまさにクリエイティブな人の特徴でもあるだろう。
  • ADHDの人はよく「集中力がゼロかマックスかのどちらか」だと言う。ADHDの場合、好きではないことで人より秀でることはなかなかないだろう。モチベーションが湧かないからだ。しかし情熱を傾けられるものを見つければ100%全力投球できて、抜きんでるための条件が揃う。ADHDの”強み”の1つであるハイパーフォーカスを活かすことができる。
  • 誰しもある程度ADHDの傾向があり、それが”強み”にも”弱み”にもなり得る。その中で運動が”弱み”をカバーする存在になる。ADHDは高い可能性で遺伝性、つまり遺伝子によるものだが、環境も関わっている。ADHDになる可能性が高い状態で生まれてきても、実際に傾向が強まるかどうかは育つ環境による―そこで運動がADHDになりにくいように守ってくれる。運動をすることでより創造性豊かになれる。つまり”弱み”を治しつつも、”強み”が犠牲になることはない
  • 現在でも狩猟採集社会に暮らす部族の遺伝子を調べると、一部の人は”ADHD遺伝子”を持っているが、全員ではない。この傾向は世界中で見られるので、一部の人しかその遺伝子を持たないというのは偶然ではない。全員が衝動的で多動だと、かえってうまくいかないということ。社会が機能するためには忍耐強く秩序立てて考えられる人や長期的な計画を立てられる人も必要で、全員が衝動に従って行動していてはだめ。

3.教訓

誰にでも、少なからず “ADHDっぽさ” はあるものだと思います。

この本を読みながら、「今の時代に生まれていたら、もしかしたら自分も診断されていたのかもしれない」と感じる内容もありました。そして、人類がここまで発展してきた背景には、ADHD的な特性が欠かせなかったこと、さらにはイノベーションを生み出す力としても活かされてきたことなど、多くの学びがありました。

わが子についても、「ちょっと落ち着きがないな」と思う瞬間はあります。ただ、それはその子の個性であって、今さら“いい子”になってほしいわけでも、なれるわけでもありませんし。そもそも世の中で言われる“いい子”だけが成功したり幸せになったりするわけでもないはずです。

本書の冒頭「日本の読者の皆さんへ」には、「ADHDの人だけに向けた本ではない」と明記されています。“さまざまな個性がグラデーションの中に存在している”という考え方は、ADHDに限らず、私たち一人ひとりに当てはまるものです。私自身にも凸凹があります。個性とは何かについて、改めて見つめ直すきっかけにもなりました。
多くの気づきと視点を与えてくれる、とても良い一冊でした。