管理職おすすめの仕事に役立つ本100冊+

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五輪書 宮本武蔵 著

1.はじめに

命懸けの、文字通り”真剣”勝負の戦いに勝ち切ることの奥義が記された本です。

まず、現代人が全く同じ環境に身を置き、・・ということはありえませんが、なにか事を成すにあたっての心の持ちよう、機微のとらえ方などは、本当に参考になります。

多くの出版社から、まんがや超訳含め、いろんなバージョンが発刊されているところ、わたくしは講談社学術文庫のものを拝読しました。

その中から印象的だった部分を以下に引用していきます。

2.内容

(1)地之巻

  • 武士が兵法をおこなう道はどんなことにおいても人に勝つということが根本であり、あるいは一人の敵との斬合いに勝ち、あるいは数人との集団の戦に勝ち、主君のため、わが身のため名を上げ、身を立てようと思うこと。
  • 世の中にたとい兵法の道を習っても、実戦には役に立たないという考えもあるだろう。その点については何時でも実際に役に立つように稽古を重ね、あらゆることについても役に立つように教えること、これこそが兵法の真の道。
  • 武器をはじめとして区別して愛してはならぬ。必要以上に持ちすぎるのは、不足するのと同じこと。人のまねをせずに、その身に応じ、武器は自分の使いやすいものでなければならぬ。将でも卒でも、特定のものを好いたり嫌ったりするのはよくない。
  • 兵法を学ぼうとする人には、道を行う法則がある。
  1. 実直な、正しい道を思うこと。
  2. 道は鍛錬すること
  3. 広く多芸に触れること。
  4. 広く多くの職能の道を知ること。
  5. 物事の利害得失を知ること。
  6. あらゆることについて直実を見分ける力を養うこと。
  7. 目に見えないところを悟ること。
  8. わずかなことにも気をくばること。
  9. 役に立たないことはしないこと。

(2)水之巻

  • 心は充実させ、また余計なところに心をとられぬようにする。外見は弱くとも、本心は強く、本心を他人に見抜かれないようにする。心のうちがにごらず、ひろやかな心で、とらわれないところからものごとを考えねばならない。知恵も、心も、ひたすらみがくことが大切。
  • 太刀の動きにせよ、手の持ち方にせよ、固着して動きがなくなってはならない。固着することは死の手であり、固着しないことが生の手
  • ともかく、太刀をとっては、どんなことをしても敵を斬ることが重要。受けること、打つこと、当たること、粘ること、触ることに思いを寄せるなれば、敵を斬ることはできなくなるであろう。何事も斬るためのきっかけであると思うことが大切。決まった形にとらわれることが悪い。
  • 最も重要な、敵のはたらき、敵の機を見るのを第一刀、その敵の機を見た後に打つ太刀を第二刀という。第一刀の極意は刀ではない。敵の気が発する動きを見ることが兵法において最も大切。機を見ることが第一刀で、実際に刀で相手を斬るのは第二刀にすぎない。石火の機をつかむことが武道の極意。
  • 敵の顔を突き刺そうという心があれば、敵は顔も体ものけぞるようになるもの。敵が顔や体をのけぞらせれば、いろいろと勝つ方策もある。戦いの間に、敵が身をのけぞらす状態になれば、もはや勝利。したがって顔を刺すということを忘れてはならない。
  • 敵が四方からかかってきても、一方へ追い回す気持ちで戦う。敵がかかってくるのを、どの敵が先に、どの敵が後にかかってくるか、その気配をよく見抜いて、先にかかってくるものとまず戦い、全体の動きに目を配り、敵が打ちかかってくる位置を心得て、左右の刀を一度に振り違えるようにして斬る。
  • 敵がかたまっているところを真正面からまともに追い回せば、はかがいかない。また、敵が出てきたところを打とうとすれば、こちらが後手になってはかがゆかない。敵の打ちかかる拍子を受けて、崩れるところを知り、勝利を得ること。

(3)火之巻

  • 「枕をおさえる」とは、「頭を上げさせない」ということ。兵法、勝負の道においては、相手に自分を引き回され、後手に回ることはよくない。枕をおさえるというのは、自分が兵法の要諦を心得て敵に向き合うとき、敵がどんなことでも思う意図を事前に見破って、敵が打とうとするならば、うつの「う」という字の最初で食い止め出鼻をくじき、その後をさせないという意味。
  • 敵のすることを、抑えよう、抑えようと思うのは後手。まず、こちらはどんなことでも兵法の道に任せて技を行いながら、敵も技をなそうとする、その出鼻を抑え、敵のどんな企図も一切役に立たないようにし、敵を自由に引き回すことこそ、真の兵法の達人であるということができる。
  • 敵が打ちかけてくる太刀を、足で踏みつける気持ちで、打ちかけるところを打ち、二度目を打ちかけることができないようにせよ。踏むというのは、足で踏むだけではない。体でも踏み、心でも踏み、もちろん太刀によっても踏みつけて、二度目を敵にさせないように心掛けよ。これがすなわち、物事の先をとるということ。
  • 敵の崩れ目をつき、立ち直ることができないように、確実に追い打ちをかけることが大切。追い打ちをかけるとは、一気に強く打つこと。敵が立ち直れないように打ちはなすもの。
  • 大人数の戦いにあっても、四つに張り合う状況になっては、決着がつかず、味方の人員を多く失うもの。こういう場合には、早く転心して、敵の意表をつくような方法で勝つことが最も大切。
  • 大人数の戦いにあっては、敵が戦法を仕掛けてこようとするところを、こちらからその戦法をおさえる調子を強く見せれば、敵は強い態度に押されて、やり方を変えるもの。こちらも戦法を変えて、虚心に敵の先手を取り、勝ちを得る。
  • 物事には、移らせる、ということがある。たとえば眠りやあくびなども人に移るもの。敵が落ち着きがなく、ことを急ごうとする気分が見えたときは、こちらは少しもそれにかまわぬようにして、いかにもゆったりとなって見せると、敵もこちらに釣り込まれて、気迫がたるむもの。
  • 「鼠の頭、牛の首」というのは、敵と戦ううちに、互いに細かいところばかりに気を取られてもつれ合うような状況になったとき、兵法の道をねずみの頭から牛の首を思うように、細かな心遣いから、たちまち大きな心に変わって、局面の転換を図ることは、兵法の1つの心がけ。

(4)風之巻

  • 短い太刀を特に愛用するものは、敵がふるう太刀の間を縫って、飛び込もう、付け入ろうと思うのであり、このように心が偏ったのはよくない。また、敵の隙を狙ってばかりいると、すべてが後手となり、敵ともつれ合うことになってよくない。さらにまた、短い太刀によって、敵の中へ入り込もう、一本取ろうとするやり方では、大敵の中では通用しない。
  • 兵法勝負の道では、何事も先手先手と心がけること。これに反して構えるということは、先手を待っている状態。よくよく工夫せよ。
  • 大人数の戦いでも、個人の勝負でも、細かい部分に目を奪われてはならない。細かなところに目をつけることによって、大局を見忘れ、心に迷いが生じて、確実に勝利を見失うもの。

(5)空之巻

  • 武士は、兵法の道を確実に会得し、そのほかいろいろな武芸を身につけ、武士として行わねばならない道についても心得ぬことがなく、心に迷いがなく、日々刻刻に怠ることなく、心と意の二つの心をみがき、観と見の二つの眼を研ぎ澄ませ、少しも曇りなく、一切の迷いの雲が晴れわたった状態こそ、正しい空であるということができる。
  • 空というものには善のみがあって悪はない。兵法の知恵、兵法の道理、兵法の道がすべて備わることにより、はじめて一切の妄念を滅し去った空の境地に到達することができる

3.教訓

本番直前になって、気持ちがあせって手につかず、ぼーっとなってしまって、何か問題が発生して後手に回る、という経験は誰にもあると思います。

事前に自ら想定問答を考え、考えられる手立てを講じ、「ここまでやったんだから大丈夫」という気持ちで本番を迎えること、これが宮本武蔵氏の言う「空」の状態かと思います。そこまで準備することで、少しの異変でも「何かおかしいな」とアンテナが立つようになり、早めに修正に向けて動き、局面を打開することができると考えます。

 

また、「移らせる」の部分は、日々そういった場面に遭遇します。先日行った花火大会でも、早めに行ってここなら大丈夫かなと思う場所に自転車を止めようとしたら、警備員さんに「この先に駐輪場があるからそこでお願いします」と言われてそうしました。しかし、目の届かないところに誰かが1台止めてしまうと、「ここは止めてもいい場所なんだ」という空気が広がり、花火大会が終わったときには自分が最初に止めようとしたところに何十台も自転車が止まっていました。

仕事においても、何かルールを定めたとして、1つ例外を認めてしまうと、「これもいいよね」「何でこっちは認められないのか」となって、ルールが形骸化され統制が取れなくなるといったことがあります。おかしな前例を設けないことは、自分でも意識を向けるようにしています。

 

持ちすぎるのはよくない、自分にあった道具を使う、何かに執着しすぎない、実践に役立つ知識を身につける、といったあたりは、今も昔も変わらない普遍の真実であることも改めて再認識できました。