管理職おすすめの仕事に役立つ本100冊×2

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定年5年前からの「やってはいけない」 大塚 寿 著

1.はじめに

定年まで10年以上先ではありますが、50代になり”定年”というものを少しずつ意識するようになってきました。そのため、本書のタイトルを見て、少し先のことだけど一度勉強しておこうと思い、手に取りました。

そして、本書の”はじめに”には、以下の記載があり、これまでの仕事の仕方・考え方を改めることが必要になりそうです。

定年直前の5年間は仕事をせず、次の人生の準備をしましょう。次の人生の準備をするのが、最優先の仕事です。

「仕事をしない」というのは、文字通り「サボる」のではなく、「会社に与えられるがままに仕事するのをやめる」という意味だと解釈してください。

以下では、特に印象に残った個所を引用して紹介していきます。

私はほとんど引用していませんが、結構な割合で転職に関する記載もありますので、関心のある方は直接手に取っていただければと思います。

2.内容

(1)できる人と失敗する人の「定年5年前」の考え方

  • やりたいことがない人に思い出してほしいのが、過去の「悔しかったこと」「できなかったこと」「コンプレックスだったこと」。私たち人間は、満たされている状態より、欠けているものを満たそうとするエネルギーのほうが強く、持続性がある
  • 定年後は「年金+収入」で月50万円を目指す。最初から目指す気になれいない高すぎる目標を立てても意味がないので、その場合は月40万円でも30万円でもかまわない。とにかく「目指すこと」が大事。何も目標がなく、あきらめてしまっては、不安に満ちた残念な老後が待っている

(2)「定年5年前」にやってはいけないこと

  • 「やりたいこと」が特になく、「できること」も曖昧では、定年後や役職定年後の人生設計が進まず空転してしまう。そこに「自分探し」という言葉がピッタリはまってしまうのが怖いが、定年5年前からは「自分探し」という発想はしないで、「自分のやりたかったこと」「好きだったこと」「得意だったこと」「できること」くらいに小分けして考えないと、納得できる答えは見つからない。
  • 割増退職金はたしかに魅力的だが、早期退職を選択する際は、次を必ず決めてから手を挙げるようにする。「とりあえず早期退職してから考える」は、あまりよい結果を生まない。なぜなら、辞めてからの転職は結果的に自分を安売りする可能性が大きく、転職先が決まらずに焦ると正しい決断ができなくなるから。特にやりたいことがない、できることも曖昧な人は、早期退職に手を挙げないほうが得策かもしれない。
  • 「強み」ほどの武器はなくても、「やりたいこと」「できること」「好きなこと」で定年後のキャリアプランは十分成立する。「強み」という言葉にそれほどこだわらなくても大丈夫。
  • 大きな組織の歯車として、ごく一部の専門領域に長けているだけでは、とても中小企業のお眼鏡にはかなわない。中小企業では超マルチタスクで業務を回し、どんな部下でも戦力化しなければならないので、広範囲の実務経験や多様な部下のマネジメント経験を積んでいないと通用しない。
  • 次の5つの切り口でキャリアプランの前提を整理してほしい。この方向性を決めておくと、あとで後悔しない。
  1. 好きなことを極めたい
  2. 生活のために働く
  3. 誰かの役に立ちたい
  4. 小遣い稼ぎのために働く
  5. バリバリのキャリアを継続する

(3)定年5年前、できる人は「これ」しかやらない

  • まず「できること」と「得意なこと」を分け、「得意とはいえないが、できること」をできるだけ多く挙げてみる。けっこう自分では「できること」に気がついていないケースも多いので、あなたをよく知る人の評価を聞いて客観的に分析する機会を持つべき。
  • キャリア戦略を立てるときに注意してほしいのが、最初から100点満点の完成度を求めず、65点くらいでよしとして、都度修正していく”修正主義”で臨むこと。
  • セカンドキャリアで後悔しないために、次の8つのチェックポイントで自分のキャラをあらかじめ把握しておく
  1. プライドを手放せる性分か
  2. サービス精神が旺盛か
  3. 新しいことを面白がれるか
  4. 若い人の指示・命令が苦にならないか
  5. 単純作業を楽しめるか
  6. 人間関係を自らコントロールできるか
  7. チームプレイ、個人プレイのどちらが好みか
  8. 勉強系、体育会系、現業系のどれが好みか

3.教訓

実際、現在の50歳以上のサラリーマンの多くは、転職経験が少なく、自分の強みを明確に把握していなかったり、「特にやりたいことが思い浮かばない」という状況にあるのではないかと感じます。いざ「キャリアプラン」と言われても、どこから考えればよいのか戸惑う方も少なくありません。

さまざまな書籍やサイトを見ていると、50歳を過ぎてからの転職は決して簡単ではなく、たとえ早期退職制度があったとしても、その後のキャリアが甘くないことがよくわかります。

だからこそ、前述の「キャリアプランの5つの切り口」や「セカンドキャリアで後悔しないための8つのチェックポイント」は、非常に有効な視点だと感じます。まずは、自分が何を望み、どこまでなら受け入れられるのかを丁寧に見つめ直すことが出発点になります。

また、無理に「強み探し」や「自分探し」をしなくても構いません。若い頃にやりたかったこと、できなかったことを思い返しながら、完璧でなくてもよい目標を設定し、50代をより自分らしく過ごしていきたいと思います。

多動脳 ADHDの真実 アンデシュ・ハンセン著

1.はじめに

「ADHD」

私が子どもの頃は、そんな病名はありませんでした。

しかしながら、そういう傾向の人がゼロだったかというと、決してそんなことはなく、そういう人もいた、ただそう呼ばれていなかった、それでも大きな問題としては扱われていなかった。ただそれだけのことだと思います。

自分が親になり、学校公開に行くと、それっぽいなと感じる子はいます。小学校の入学式で落ち着きがないなと思っていた子は、その後、筑付から東大理Ⅲに入ったと聞きました。まさに、帯の、”その「弱点」が「能力」になる!”の実例と感じました。

以下では特に印象に残った部分に限って、引用して紹介していきます。

2.内容

  • そもそも人間の本質を一言で言い表せるわけがない。背の高い低い、内向的なのか外向的なのか―。ほとんどの人はどのグラデーションでも極端に濃くも淡くもなく、真ん中辺りにいる。それに「一般的にはこうだ」という話をしてもあまり意味がない。ADHDだからといって全員が同じではない。ADHDではない人が1人として同じではないのと一緒で、人間はたった1つの診断名で説明がつくほど単純な存在ではない
  • すぐに気を取られない人の方は重要ではない情報を排除するのが得意で、ウサギやライオンには気づけなかったかもしれないが、先生の話には集中できる。こうして2人の立場は入れ替わった。サバンナでは”強み”だった特性が教室やオフィスでは”問題”になる
  • ADHDが”強み”だったと考えるにはもっと基本的な理由もある。実に無慈悲なもので、今ADHDと呼ばれる特徴が害にしかならなかったらその人たちは生き延びていないし、子孫を残して遺伝子を伝えることもなかっただろう。そうなるとADHDの人は次第に消えていく。あるいは厳しく選別され、かなり珍しい存在になっていたはずだが―、そうなってはいない。
  • ADHDの学生はブレインストーミングに優れているが、ここで興味深いのはロジックに重きを置いた創造性テストでは結果が良いどころか悪い場合が多かったこと。1つの解釈としては、ADHDの人はそうでない人に比べて思考が抑圧されておらず思考の流れにストップをかけないので、ブレーンストーミングの際には”強み”になるが、ロジカルな局面では足かせになってしまう
  • ADHDは注目を向けている対象が広いことが多い。他の人よりも細かく、周囲で何が起きているかを認識している。邪悪な音や要素を排除するフィルターを持たず、珍しいアイデアも排除しない。つまりリーキー・アテンション(注意力が漏れやすい)を持っている。
  • ADHDにはじっとしていられない、リスクを恐れない、権威や伝統にひれ伏すことがないという特徴がある。既存のルーチンや仕事の作業手順がうまく機能しない時にも「でも今までそうしてきたから」では納得せず、よりよい方法を探そうとする。既存のものに疑問を呈する、じっとしれいられない、リスクを厭わない、他の人がやっていることを当たり前だと思わない―そういった特徴はまさにクリエイティブな人の特徴でもあるだろう。
  • ADHDの人はよく「集中力がゼロかマックスかのどちらか」だと言う。ADHDの場合、好きではないことで人より秀でることはなかなかないだろう。モチベーションが湧かないからだ。しかし情熱を傾けられるものを見つければ100%全力投球できて、抜きんでるための条件が揃う。ADHDの”強み”の1つであるハイパーフォーカスを活かすことができる。
  • 誰しもある程度ADHDの傾向があり、それが”強み”にも”弱み”にもなり得る。その中で運動が”弱み”をカバーする存在になる。ADHDは高い可能性で遺伝性、つまり遺伝子によるものだが、環境も関わっている。ADHDになる可能性が高い状態で生まれてきても、実際に傾向が強まるかどうかは育つ環境による―そこで運動がADHDになりにくいように守ってくれる。運動をすることでより創造性豊かになれる。つまり”弱み”を治しつつも、”強み”が犠牲になることはない
  • 現在でも狩猟採集社会に暮らす部族の遺伝子を調べると、一部の人は”ADHD遺伝子”を持っているが、全員ではない。この傾向は世界中で見られるので、一部の人しかその遺伝子を持たないというのは偶然ではない。全員が衝動的で多動だと、かえってうまくいかないということ。社会が機能するためには忍耐強く秩序立てて考えられる人や長期的な計画を立てられる人も必要で、全員が衝動に従って行動していてはだめ。

3.教訓

誰にでも、少なからず “ADHDっぽさ” はあるものだと思います。

この本を読みながら、「今の時代に生まれていたら、もしかしたら自分も診断されていたのかもしれない」と感じる内容もありました。そして、人類がここまで発展してきた背景には、ADHD的な特性が欠かせなかったこと、さらにはイノベーションを生み出す力としても活かされてきたことなど、多くの学びがありました。

わが子についても、「ちょっと落ち着きがないな」と思う瞬間はあります。ただ、それはその子の個性であって、今さら“いい子”になってほしいわけでも、なれるわけでもありませんし。そもそも世の中で言われる“いい子”だけが成功したり幸せになったりするわけでもないはずです。

本書の冒頭「日本の読者の皆さんへ」には、「ADHDの人だけに向けた本ではない」と明記されています。“さまざまな個性がグラデーションの中に存在している”という考え方は、ADHDに限らず、私たち一人ひとりに当てはまるものです。私自身にも凸凹があります。個性とは何かについて、改めて見つめ直すきっかけにもなりました。
多くの気づきと視点を与えてくれる、とても良い一冊でした。

アサーション・トレーニング さわやかな<自己表現>のために 平木典子 著

1.はじめに

アサーション、アサーティブについては、一度以下の本でも紹介しました。

bookreviews.hatenadiary.com

今は、心理的安全性が低い組織に所属し、なかなか自分の意見を言うのが難しい状況のなか、改めて平木さんのことばでアサーションについて勉強しようと思い手に取りました。

改めて「アサーティブ」とは、「自分も相手も大切にした自己表現」です。

読んだものが古い版で、最新版とは表現が違う部分もあろうかと思いますが、特に印象的だったところを以下で紹介していきます。

2.内容

(1)アサーションとは

①非主張的自己表現
  • 自分の気持ちや考え、信念を表現しなかったり、しそこなったりすることで、自分から自分の言論の自由(人権)を踏みにじっているような言動をいう。
  • 非主張的な言動をした後は、「自分はやっぱりダメだ」といった劣等感や、「どうせ言っても分かってもらえないに決まっている」といったあきらめの気持ちがつきまとう。また、相手に対しては、「人の気も知らないで」といった恨みがましい気持ちが残る。
②攻撃的な自己表現
  • 自分の意見や考え、気持ちをはっきりと言うことで、自分の言論の自由を守り、自分の人権のために自ら立ち上がって、自己主張してはいるが、相手の言い分や気持ちを無視、または軽視して、結果的に相手に自分を押し付ける言動をいう。
  • それは、相手の犠牲の上に立った自己表現・自己主張であり、自分の言い分は通っても、相手の気持ちを害したり、相手を見下したり、不必要に支配したりすることになる。
③アサーティブな自己表現
  • 自分も相手も大切にした自己表現。自分の人権である言論の自由のためには自ら立ち上がろうとするが、同時に相手の言論の自由も尊重しようとする態度がある。アサーティブな発言では、自分の気持ち、考え、信念などが正直に、率直に、その場にふさわしい方法で表現される。
  • このような言動は余裕と自信に満ちており、自分がすがすがしいだけでなく、相手にもさわやかな印象を与える。また、相手は大切にされたという気持ちを持つと同時に、二人の努力に対して誇らしい気持ちを持つだろう。また、アサーティブな人に対して尊敬の念を覚えるだろう。

 

  • 多くの人は、誰か特定の人との関係とかある種の特定な状況で、アサーションができなくなる。ある人に対してはきちんと言えるのに、同じことでも他の人には言えないとか、状況によって言えたり言えなかったりする。それは、長い間につくられた特定の行動パターンが、習慣化されてしまっている。
  • 自分の言いたいことが伝わるかどうかばかりを気にして、結果に気を奪われているとき、つまり失敗を恐れているとき、アサーティブにはなれない。自己表現で重要なことは、言いたいことが伝わるかどうかではなくて、自分の気持ちが適切に言えるか否か。なぜなら、「伝わる」ということには自分の伝える行為と相手の受け取る行為の両方がかかわっている。
  • アサーションの原点は、アサーション権。葛藤が起こったとき、どうするかに迷ったとき、「自分がやりたいことを言うことは人権として許される」というところに立ち戻ることができれば、そして相手もそのアサーション権をもっていることを受け入れるならば、次の段階に進むことができる。

(2)人権としてのアサーション

  1. 私たちは、誰からも尊重され、大切にしてもらう権利がある。私たちは、誰でも欲求を持ってよいし、その欲求は、他の人の欲求と同じくらい大切にしてほしいと思ってよい。そして、その欲求を大切にしてほしいと頼んでもよい。お互いに一致することの方が少ないこと、だからお互いの希望を述べ合う権利を大切にし、相互の確認をして、歩み寄ろうとする覚悟が必要。
  2. 私たちは誰もが、他人の期待に応えるかどうかなど、自分の行動を決め、それを表現し、その結果について責任をもつ権利がある。あなたがそれをしようと思えばやればいいし、自分で決めたのだから、できる限りでそのことに責任を取ればいい。自分で決めたことだから、責任は取らなければならないのではなく、取れる。
  3. 私たちは誰でも過ちをし、それに責任をもつ権利がある。失敗してはならないという前提でものごとを進めると、責任を取ることが義務になる。成功の可能性が保証されていない、義務としての責任が伴うことはしたくないのが当然。失敗はしてもいい、そしてそのことに責任をもってもいい、という人権があるから、私たちは、逆に成功するまで試行錯誤ができるのではないか。
  4. 私たちには、支払いに見合ったものを得る権利がある。自分の支払いに対して見合ったもの、働きを要求してもよいが、相手にも失敗する権利がある。したがって、その権利を認めるならば、相手を尊重したアサーティブな要求が何よりも大切。
  5. 私たちには、自己主張をしない権利もある。時間のロスを考えるとアサーションに値しないと思ったとき、あるいは、アサーションすることが身の危険につながると考えられるときは特に、アサーションしない権利を使うことができる。ただ、そこで大切なことは、その権利を使った後、相手を恨まないこと。

(3)考え方をアサーティブにする

  • 「人に好かれるにこしたことはないが、必ず好かれるとは限らないし、まして、好かれなければならないことはない」。もし好かれないことがあっても、まず、それは自分の問題なのか、相手の問題なのかを考えること。自分が問題であれば自分を変えてもよいし、変えないで好かれないことを選んでもよい
  • 失敗を少なくし、なるべくよい成績を出そうとすることは望ましいこと。しかし、常にそうでなければならないことはなく、自分のできることをする、それを自分のしたこととして評価していい。完璧だけが人の評価を決めるわけではなく、やりたいことをやり、できたことを喜ぶ心をもちたいもの。
  • この世には、気質の違った人、好き嫌いや考え方、気持ちのもち方の違った人が生きているのだから、自分の思い通りにならないことの方が当たり前。「過去と他人は変えられない(E・バーン)」。今からの人生を変えることはいつでもできる。
  • 傷つけまいと必死になるよりも、傷つけてしまうことがあり得ることをいつも心にかけ、その時の後始末の方法を身に付けることが大切。また、自分が傷ついたときには、そのことを穏やかに相手に伝え、再びそんなことが起こらないように努力してもらうお願いをすればいい。そこで、相手を責めたり、非難したりすることはない。

(4)アサーティブな表現

  • 人と話をしたり、一緒に何かをしようとすることは、自分を知らせることであり、それなしにはことは進まない。人間関係には自分を開くことが不可避。コミュニケーションは、伝えていないことも含め、コミュニケーション。
  • 話のうまい人は、自分を相手に知らせることに躊躇がないのはもちろんのこと、それに加えて無料でも情報を出し、おまけを付け加えるのが上手。つまり、要求された答えをするだけでなく、質問に関連したことや自分の関心のあることを付け加えて、相手と共有できる領域を広げようとしているのがわかる。
  • 問題解決のためのアサーションとは、会議の場、話し合いで何かを決めたり課題を達成したりする場におけるアサーションのこと。このような場合はきちんとステップを踏んで、台詞づくりをすることが必要。そのステップを「DESC法」を使って紹介する。
  1. describe:描写する(客観的、具体的に)
  2. express, explain, empathize:表現する、説明する、共感する(主観的に)
  3. specify:特定の提案をする
  4. choose:選択する

(5)言葉以外のアサーション

  • 喜怒哀楽などの感情は、誰にでもあるものであり、それを表現してはいけないということはない。誰でも、どの感情も、表現してよい。したがって、大切なことは、自分のさまざまな感情をどのように表現するか、必要以上に相手に脅威や不愉快な思いを与えないで伝えれるか、そして、どのようにして相手の感情をきちんと受け取るようにするかということ。
  • まず大切なことは、自分が怒りを感じていることに気づき、認めること。そして、それは他ならぬ自分が起こしていること、したがって非難すべきは誰もいないことを確認する。怒りは他者の言動がきっかけで起こっているかもしれないが、自分がそれを気に入らなかったり、不満に感じるときに起こる気持ち。したがって、怒りを感じたら、自分が怒りの所有者であることを認め、だから自分でどうにかできると考える
  • 相手の怒りの気持ちを否定しない。「そんなに怒ることはない」とか「怒るのはよくない」といった対応は相手を大切にしたことにはならない。
  • 相手の気持ちを受け止めると同時に、自分の気持ちを伝えることも大切。「怖い」とか、「動揺している」とか、「ちょっと待ってください」など、自分の防衛的な気持ちを表現することが必要。通常の人間関係では、「弱さ」を見せた場合、さらに攻撃されることはめったになく、多くの場合、立ち止まってどうにかしようと建設的になるもの。

3.教訓

ただ自分の言いたいことを押し通せばいいわけではなく、相手への配慮を踏まえたうえで発言することが大切だと感じています。

また、自己主張はあくまで「権利」であって「義務」ではないため、主張しないという選択肢も尊重されるべきものです。

そもそも、対人関係である以上、すべてが自分の思い通りになることはありませんし、相手に好かれようとして無理に自分を変える必要もありません。

今回の学びを通して、改めて多くの気づきがありました。一方で、あらゆる場面で常にアサーションを発揮することは、現実的には簡単ではないとも感じています。

それでも、できる範囲から少しずつ実践の幅を広げていきたいと思います。特にDESC法では、いきなり自分の意見を強く主張するのではなく、まずは客観的な状況を丁寧に伝えるところから始めることを意識していきたいです。

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