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会社で働くとなぜ幸せになれないのか 奪われる<人生の時間> 今野晴貴 著

1.はじめに

先日、新刊コーナーを見ていたとき、本書のタイトルが真っ先に目に入りました。
気になって購入したものの、あまりにストレートなタイトルに気圧されてしまい、しばらく積読状態が続いていました。

1か月ほど経って、ようやく読み始めました。

読んでいて楽しい気持ちになることはほとんどありませんでしたが、「これは今の働き方の現実だな」と、妙に納得してしまう部分が多くありました。

考えるきっかけをくれる内容が多かったため、ここでは特に印象に残った箇所を引用しながら紹介していきます。

2.内容

(1)「会社員」の誕生

  • 過去の労働は村落共同体の習わしや、身分社会の中で武士・貴族に命令されて行うものだった。ところが今では、人びとは会社に雇われることで、はじめて働くことができるようになっている。会社員として働くことは、決して「ふつう」ではない。それは特別なことであり、だからこそ、現代人はさまざまな悩みを抱えている
  • 自社内で時間を度外視して積極的に研鑽を積むことで、「自社に特化した技術や能力」を身につけることができれば、会社はなかなか解雇しにくくなる。さらに、自分たちの労働時間を延ばすことで、自社が市場で生き残れば失業を免れることができる、という考えも生まれてくる。こうして、きついスピードを強いる科学的管理をむしろ受け入れて、その分だけ会社に評価してもらおうという考えが定着していく
  • 日本では、仕事の内容とは直接関係なく、企業内の出世で給料が決まる。上司に気に入られていたり、より多くのサービス残業をしたりしていれば、差をつけることができる。仕事を防波堤にしてあくまでも会社に距離を取る欧米に対し、仕事が見えなくなり、会社に覆われる日本。仕事の基準がなくなると、自分の<人生の時間>の境界がわからなくなっていく
  • 勤務地も決まっていないため、大企業であれば全国どこで働くのかさえわからない。日本にとって就職とは、何か具体的な「職」に就くことを意味しているのではなかった。そうではなくて「就社」、つまり会社に入ることを意味していた。ここにはすべてを会社に預けるような人生観が存在する

(2)働いていれば幸せになれる?

  • 日本の社員たちは自らサービス残業をするような「強制された自発性」を発揮するようになる。すなわち、一見自発的に働いているようでいて、実のところ生活態度全般を評価されるという考課・査定制度に強制されており、より深く会社に従属している。日本の会社員が自ら会社への貢献を競って死ぬまで働く理由を、この言葉はよく説明している。
  • 他人と差をつけるための消費・投資のために、会社員は少しでも収入を増やそうとしてきた。だが、収入を増やしたとしても、次々に新しい商品が生み出され、他人と購入を競い合わなければならない。最近では幼児教育からすでに投資競争は始まっており、「自分への投資」も含めれば、一生涯消費=投資をし続ける必要がある。
  • 経済合理的に考えれば、高所得で時給が高いほど「自分のための時間」を多くすることができる。効率的に働き、「他人のための労働」は減らそうとするはず。ところが、この際限なく増加し続ける消費生活の構造は、会社員を<人生の時間>を取り戻す方向に向かわせなかった。それどころか、消費のために会社に従属し労働時間を延ばし、また消費で埋め合わせようとする悪循環に陥った。

(3)生き残るか、逃げ出すか 会社人間時代の崩壊

  • 2026年2月時点で20歳の2005年生まれは、約106万人。対して、出生数がピークだった1973年生まれは約209万人で、およそ2倍もの同性代がいたことになる。同世代の多さはあらゆる場面での厳しい競争を引き起こす。この世代をバブル崩壊が直撃する。それまでバブル景気で大量採用されていた1つ上のバブル世代の雇用を守るための身代わりとなり、徹底的に採用抑制がなされた。そのうえ、不景気の被害者であるにもかかわらず、経済低迷の原因だと名指しされ、「自己責任」や「人間力がない」といった言葉をたたきつけられた。これでは「ロストジェネレーション」と言いたくなるのも無理はない。
  • 貧困への恐怖は労働規律を増加させる。すなわち、働こうとしない(あるいは働く場がない)人びとへの反感が犯罪への恐怖と重なるようになり、働いていないことが「道徳的に憎むべき恐るべき行動」となる。その結果、ますます「自分たちはまじめに働かなくては」「ふつうの消費生活をしなければ」という規律を生み出していく。そのライフスタイルから外れる非正規の人びとに対し、「負け組」だ、「自己責任だ」と非難し、自分はそうではないのであと言い聞かせる。だがそれは、自分たち自身を追い詰める言葉にもなっていた。
  • 残業代を支払わずに24時間働かせるシステムは、かつての会社人間の時代のように、頑張っていればいつかは報われるのだ、という日本社会に根付いた企業への期待を悪用することで成り立っていた。貧困への恐怖に加え、頑張っていればいつかは報われるに違いないと考えたからこそ、若者たちは頑張り続け、3年で疲弊して心を病んだまま去っていった。

(4)「ふつうに働く」を問い直す コロナ禍以降の変化

  • 若手社員のコスパ志向は「効果」と「費用」の割り算で計算されることができる。分母の費用には労働時間、ストレスの大きさ、ノルマ、人間関係の煩雑さ、仕事の責任などがあり、分子の効果には金銭的報酬、ノウハウ、ネットワーク、成長、実績、ロールモデルとの出会い、精神的報酬、安定性などがある。
  • 若手社員は<人生の時間>の配分が、①直接収入に見合うのか、②長期的な時間軸で見合ったものとなるのか、③やりがいの観点で見合ったものになるのか、という3つの観点から職場を見定めている。計算して、それに見合わないと思えば、以前よりもいっそう簡単に辞めていく。彼らは会社員でありながら、以前よりも会社と精神的・物理的に距離をとることで、自分のライフスタイルをより自由にしようとしている
  • これまでの日本の人事では、採用された後になって就く仕事が決まる。OJTでスキルアップはさせてもらえるが、いつ異動で別の仕事に移るのかわからない。評価制度も企業内に閉じているため、自分の専門スキルが直接評価されていないし、社外に通用するかもわからない。社内評価が高まれば賃金は上がるけれど、それは転職も含めた一生のキャリア形成を保証するものではない
  • 今日的なフリーランスを象徴しているのが、スマートフォンのアプリを使い、その日、必要な分だけ働くことができるプラットフォーム労働(PEW)。PEWは便利な反面、不安定なだけではなく、私たちの時間間隔をも変容させる力を持っていることがわかる。つまり、<人生の時間>を豊かにするために、その一部を売り渡すだけではなく、なるべく隙間なく<人生の時間>を売ること自体が当たり前になる。まさに、目的と手段の転倒である。

(5)会社で働くとなぜ幸せになれないのか

  • 当たり前のことだが、誰かが働かないと社会は回らない。だからNISAによる資産獲得の成功は、それができない誰かほかの人の時間を奪うことにしかならない。客観的に見れば、資産や年金のほとんどない高齢者や、親に財産が無く奨学金返済を抱えて働くエッセンシャルワーカーたちの<人生の時間>を、投資する余裕のある人たちが獲得している。
  • 働くとは、結局は他人や社会のために<人生の時間>を差し出すこと。だが、もし私たちが会社のためにではなく、自分自身の自由な意思に従って働くのならば、他人のために労働することは、それ自体が「自由の表現」へと転化する。

3.教訓

私も、いわゆる”就職氷河期”の世代に属しているので、当時ニュースになっていた出来事やワードが思い起こされ、「あぁ、昔はそうだったな」と感じながら、自分の社会人人生を振り返る機会となりました。

終章は「これからどう働くか、何のために働くのか」と題し、他者と共同し時間を分け合うような生き方や、社会を豊かにするための働き方の模索について触れられてはいるものの、5章までの内容が正直重く、前向きな気持ちにはなれない面もありました。

ただそれは、本が突きつけてくる“構造的な現実”が、自身の経験と痛いほど重なってしまうからであり、気分が重くなるのはとても自然な反応だと思います。

本書はまさに自身が日々感じている、以下のような「違和感」を言語化しています。

  • 人生の時間が奪われている感覚
  • 自分で選べない働き方への無力感
  • “幸せになれない構造”の中に置かれているという指摘
  • 理想論と現実のギャップの露呈

しかしながら、気分が重くなるというのは、ただ落ち込んでいるのではなく、自分の人生の主導権を取り戻したいという感覚が動き始めている証拠でもあると考えています。

自身では、キャリコン・産業カウンセラーの学びやその仲間たちとのサードプレイスの確保、数年後のライフステージの変化を見据えた準備、「今できること」を探す姿勢といった、“出口につながる行動”を積み重ねているところです。
だから、この本の重さは自分を押し潰すためのものではなく、方向性を再確認させるための重さに近いと捉え、これからも歩みを続けたいと思います。