管理職おすすめの仕事に役立つ本100冊+

現役課長が身銭を切る価値のあるのおすすめ本だけを紹介するページ(社会人向け)

ファスト教養 10分で答えが欲しい人たち レジー著 regista13

1.はじめに

本書は、「ビジネス・教養系YouTuber影響力トレンドランキング」の上位陣の実名を挙げながら、何とも言えない居心地の悪さと日本の「教養」への不安を覚える人は少なくないのではないか、という文章から始まります。

mdpr.jp

これは、2022年のM-1グランプリで優勝した「ウエストランド」の1stラウンドのネタに通じるものがある、と直感的に思いました。YouTuberを全面的に支持できない人も一定数いて、だからこそウケたし、(それ以外のネタも含めて)笑った人は共犯者、という流れです。

www.youtube.com

以下では心に残った文章を引用しつつ、最後に自信の気づきを記します。

2.内容

(1)「ファスト教養」とは?

  • 立場が上の人の繰り出す話題についていくことができれば、自身の印象を良いものにすることができる。それによって、自分の仕事をスムーズに進められる。その先には収入アップや出世といった結果が見えてくる…こういった流れを生み出すためのフックとして、「教養」の重要性が各所で説かれている。
  • 「楽しいから」「気分転換できるから」ではなく、「ビジネス(つまりお金儲け)に役立てられるから、という動機でいろいろな文化に触れる。その際自分自身がそれを好きかどうかは大事ではないし、だからこそ何かに深く没入するよりは大雑把に「全体」を知ればよい。そうやって手広い知識を持ってビジネスシーンをうまく渡り歩く人こそ、「現代における教養あるビジネスパーソン

(2)不安な時代のファスト教養

  • 小林信三氏は「すぐ役に立つ人間はすぐ役に立たなくなるとは至言である。同様の意味において、すぐ役に立つ本はすぐ役に立たなくなる本であるといえる」と述べている。「すぐ役に立つ」を突き詰めたものは基本的には普遍性を失う。なぜなら、それはすなわち個別事情に最適化したものだから。
  • 変化の大きい時代で脱落しないために教養を学ばなければならない。そんなスタンスに立った場合、「人生を豊かにする教養」を悠長に学んでいる暇はない。「使えない」という恐怖に苛まれる中で、教養に触れる際にもビジネスにとって重要な「スピード感」「コスパ」が重視されるようになる。そういったビジネスパーソンのニーズと課題に対して過不足なくミートしているのがファスト教養。
  • たいていの「大雑把な情報」は、その生成過程においてそこに含まれる「正確さ」の一部がカットされている。とりあえずざっくり理解しておけばOK、コンテクストの深堀はコスパを損ねるという態度の強調はファスト教養の特徴
  • アーティストのような目線を身につけることができれば、自身の直感をベースに全く新しいアイデアを出せるのかもしれない。一方で、「ビジネスパーソンとしてアートを学ぶべきだから」といった動機でアートに触れている時点で「アーティストのような目線」を獲得するのは不可能だろう。
  • 仮に「それでも知らないよりはまし」といったスタンスで「勉強」を続けたとしても、そこで得られるのはユニークな発想につながる美意識とはほど遠い「大雑把な知識」だけになると思われる。
  • 「教養を身につけるべき」というテーゼは広く支持され、一方で「教養とは何か?」「教養を身につけるために何をすればいいか?」という問いに対する明確な答えがないからこそ不安が増大し、そこにつけ込むコンテンツが跋扈する…という悪循環が生まれてしまっている。

(3)自己責任論の台頭が教養を変えた

  • 「こちら側」と「向こう側」に線を引いて、「向こう側」に対する優越感をくすぐることに特化した態度が果たして「教養」なのだろうか。
  • 努力して何かを学ぶこと自体に咎められる要素は何もない。その成果が金銭的な対価として着実に個人に返ってくる社会のあり方は、1つのあるべき姿。成果を出すために世の中においてニーズのあるスキルに絞って勉強するのは戦略として正しい。それを進めるための効率的なやり方を志向するのは当然。
  • ただ、「自分が生き残ること」にフォーカスした努力は、周囲に向ける視線を冷淡なものにする。また、本来「学び」というものは「知れば知るほどわからないことが増える」という状態になるのが常であるにもかかわらず、ファスト教養を取り巻く場所においてはどうしてもそういった空気を感じづらい。

(4)文化を侵食するファスト教養

  • 手っ取り早く要点と要約を知りたい」という背景に目を向けると、「ファスト映画」が支持を集めたことについても理解が深まるはず。支持につながった「映画の結論をクイックに知って周りと話を合わせたい」という心理は、ファスト教養の「ビジネスに役立てるためにとりあえず話を合わせるネタが欲しい」という欲望と共通している。
  • 筆者の実感として、特定のジャンルに明るくなるためには、「はずれ」も引きながら体でその分野の空気を覚えていく必要がある。また、自分で見つけたという感覚自体がそのカルチャーにのめり込んでいくきっかけにもなる。しかし、もはやこういった考え方自体が古いものになっていると認識すべきかもしれない。
  • 「金を稼いでいる人こそえらい」というような考え方は、その対極にいる「金を稼いでいない人」を見下すスタンスにつながる。ファスト教養の世界には弱者の社会性を認める、底上げするといった発想は存在しえない。そこに結婚という制度が結び付くと、「自分が稼いでやるから女子どもはそれに従え」という家父長制の在り方、配偶者の自由を尊重しない関係性につながっていく可能性がある。
  • AKB商法は、好きな音楽を聴くシンプルな娯楽が、応援という名目のもとで「数字を上げる」という目的に向けた活動にすり替わってしまっている。本来は「ただ楽しむ」ためのものがいつの間にか数字で管理される行動に転化する構造は、教養が新自由主義的空間の中でファスト教養へ変貌していく流れに近いものがある。

(5)ファスト教養を解毒する

  • いわゆる「古き良き教養」にロマンを抱く人たち、もしくは文化を愛好している人たちは、とかく「ビジネス書」というだけで忌避する傾向がある。しかし、その発想は、すべての映画を名作から商業的に量産された作品まで同じ価値のものとして捉えるくらい乱暴である。
  • 何が書かれているか覚えているくらい体にしみこんでいて、読んだ時の感じ方を通して自分の状況を客観的に把握することができる。そういった領域に到達する書籍その他の情報をどれだけ保有することができるか。その世界に没頭する時間は「お金儲けにつながるか」といった視点が入り込めないものになるはずで、そのプロセスにおいて自分の内面に目を向けるこそが教養を身につける入り口
  • 繰り返すうえでポイントになってくるのは、能動的な「好き」という気持ち。好きな本だからこそ、負担を感じることなく繰り返し読める。そう考えると、この「好き」こそがファスト教養に対抗するうえで重要。お金のためには「好きか嫌いかはどうでもいい。むしろ嫌いでもいい。まずは読んでみる」のが大事であると説くのがファスト教養だとしたら、重要性がより伝わる。
  • 「既存の枠組みから自由になる」と「既存の枠組みの中で戦える知識の習得から逃げない」を並べて頭の中に持つことは、「結論をあらかじめ決めない」ということでもある。お金儲けにつながる、生き残るために使えるといった価値観を絶対視しない。一方で、古き良き教養の立場に立って「お金より大切なものがある」といった一見正しそうでも現実には即していない意見を全肯定しない。
  • 本来目指すべきは、「営業成績がすごい上にキルケゴールも知っている」状態。注意しないといけないのは、「営業成績を伸ばすためにキルケゴールを知る」ではないということ。現実の社会に対応しながら、現実を変えられるかもしれない考え方に思いを馳せる。2つの世界を行き来するイメージを持つことが必要。
  • マイケル・サンデルは「実力も運のうち」の結びにおいて、「自分の運命が偶然の産物である」と理解することから生まれる謙虚さが「われわれを分断する冷酷な成功の倫理から引き返すきっかけとなる」と述べている。「圧倒的な努力」や「強い意志」とは違うところで動いている「偶然」に心を開くことこそ、ファスト教養と決別するために求められる視点

3.教訓

「結論をあらかじめ決めない」という部分に非常に共感を持ちます。

知識を得るのは「古典」か「ビジネス書」かといった、二者択一の世界ばかりではない、一方を毛嫌いしない、ということを強く意識していきたいと思います。

周囲にも、必要な資格試験に向け、配布テキストではなくYouTubeを見て勉強する人もいます。人それぞれ、文字で勉強したほうが頭に入るという人もいれば、視覚情報のほうが理解しやすいという人もいるので、自分には合っているのは何かを自分で考えればよいだけのことだと思います。

上司にも文章で説明したほうが理解が進む人もいれば、いちいち文章にせずに口答で説明してほしいという人もいる、というのも同じで、自分で結論ややり方を決め打ちせずに、相手や状況に合わせて行動することが求められます。

このように、事象によってはファスト教養で事足りることもあれば、じっくり買ってきた本を読み込んで理解した知識が生きることもあります。まぁ、買ってきた本が期待外れだったことも一度や二度ではありませんが、そういう失敗を含めて経験を重ねることで、その時々の自分に合う本に巡り合う確率が上がってきているように感じます。

巷にあふれるファストな情報についての向き合い方や、最短距離を走ることだけが唯一の解ではないこと、頭の中をオープンに保つことが重要であることなど、いろいろ考えることのできた良本でした。