1.はじめに
キャリアコンサルタント資格の勉強していたとき、「トランジション」は、レビンソン、エリクソン、ニコルソン、シュロスバーグ、ブリッジズと複数の理論・理論家がいて、特に名前も似ているので、覚えるのに苦労した記憶があります。
先日、書店で以下の「人生の経営戦略/山口周 著」を立ち読みしていた際、付録の「経営学独習ブックガイド」の中に、本書が"LIFE SHIFT"などと並んで紹介されており、単にテスト対策として覚えるだけでなく、1冊読んで理論全体を理解しようと思い、手に取りました。
2.内容
(1)トランジションのただなかで
- 変わりたくないのも真実だし、変わりたいというのも本当。トランジション状況は、このパラドックスを表面化させる。すなわち、人生のあらゆる状況が、肯定的な側面と否定的な側面の両方を持っていることを、われわれに見せつける。
- 古い生活状況と新しい生活状況の間に横たわる「どこにもない場所」を横切るという危険な移行をうまくやり遂げるために、新しい技能を磨くことも必要。しかし、その前提として、何かの「終わり」に際して、自分がどのような対処法をとりがちかを知っておかねばならない。
(2)人生はトランジションの連続である
- スフィンクスの謎かけ、「声は同じなのに、朝は4本足、昼は2本足、夜は3本足の動物は何か」。エディプスの答え、「それは人間だ」。
- 第2のターニングポイントは、「人生の午後(ユングの用語で人生の後半を意味する)」のどこかで訪れる「杖とか支え、いわゆる3本目の足を獲得する時期」。エディプスの神話においては、それは単なる肉体的老化だけを意味するのではなく、苦痛や深い洞察、それまでの物事のすすめ方、そして自身のあり方からの離脱などを伴う、さまざまな変化の前兆。
- トランジションをどう扱うかが、その後の人生の方向を決めることがある。変化への内的衝動を抑圧する人たちは、このトランジションによってもたらされた成長の機会に背を向け、それを安定しているはずの人生の中に生じた一時的・偶発的な混乱として処理してしまう。ほかの人が経験しているような内的な再方向付けや時間のかかる返還を回避することによって、彼らは短期的には得をするように見える。しかし、長期的に見れば、彼らは損をするともいえる。
- 重要なことは、一生の間に危機的な時期が決まって何回かあるのではなく、むしろ成人期には、勢いがある時と衰える時、変化の時と安定の時を繰り返すリズムがあるということ。人間の一生はほかの自然と同様、ほとんど観察しがたいほどの変化がゆっくりと蓄積され、それから、ある日突然に巣立ったり、氷が解けたり、葉が落ちるというようなはっきりした現象が現れる。私たちが理解しなければならないのは、中年のトランジションと呼ばれる現象ではなく、むしろそのトランジション・プロセスそのもの。
- 夢がかなわないとわかるのは、多少なりともいまいましいもの。しかし、それが新しい活動への門を開き、かつての夢を追っていては達成不可能だったような新たな業績に導くこともある。夢を追い続けたために生じた葛藤や混乱から解き放たれ、澄み切った水の中で自己や仕事について考え直すことによって、多くの人は真になすべきことやあるべき姿を見出す。
- 結局、人生後半の帰還の旅は、3つの要求を突き付けてくる。すなわち、第1に人生の前半を通じてとってきた世界を支配するスタイルをすべて放棄すること、第2に成長の旅を放棄したいという自らの願望に抵抗し、魅力的な場所に永久に留まらせようとする誘いを振り切ること、第3に内なる「故郷」を取り戻すには相当の努力が必要だと認識すること。
(3)人間関係とトランジション
- 人生のかなり早期から、関係性においても心理学的な役割分担がなされている。一方が実務的な仕事をして、他方が人間相手の仕事をする。一方は感情的な発言をし、他方は実務的なやり方で関係を安定させる。一方は次々に計画を立て、他方はそれぞれを厳しく批判する。人はいつもそんなふうにやっている。役割は無から生まれるのではなく、結局のところ関係から生まれる。
- 本人が望んでいないような援助を与えても何にもならない。むしろ、自分にトランジションの時が来ており、それが人間関係にどういう影響を与えているかを自覚している一方の人が、関係の中で何が終わり、それに対して何をなすべきかの探求を1人で始めたほうがよい。たいてい明らかになるのは、終わりを迎えるのは何かの外的状況ではなく、双方が抱いている態度や思い込みやセルフイメージ。
(4)仕事とトランジション
- 人生の自然な発達パターンは、同一の夢を持ち続けることではなく、過去の夢を手放し、生涯を通じて新たな夢を見出すこと。1つのサイクルの終わりが、新しい夢に基づいた経験や活動を導く新しいサイクルにつながっていく。
- 新しい何かになるためには、現在の自分であることをやめなければならない。それからあなたは「ニュートラルゾーン」へと入っていく。いわば「なんでもあり」の状態になり、自分自身が一体何者であり、どのように振舞うべきなのかが一向にわからなくなる。無意味な時間のように感じられるかもしれないが、本当はこの時間はきわめて重要。
- このニュートラルゾーンを急いで抜け出そうとして壊さないかぎり、われわれは時間をかけてゆっくりと変容を遂げていき、人生の歩みを進め、成長した自分となっていく。
- あなたの今後の職業生活に影響を及ぼすのは、単なる職場の変化でもない。むしろ完全に「個人的」な変化が職業生活にも影響を与える。仕事と家庭は遠く離れた世界のように思っている人もいるかもしれないが、家庭に問題があるときに決まって、仕事に傾けるエネルギーや注意力は低下するもの。
- 仕事の世界では能力が物を言う。普通の仕事でも専門職でも、能力を示すことで就職や昇進が決定される。しかし、ある時期が来ると(早い人で35歳、遅い人で55歳くらい)、能力は動機づけの原動力として働かなくなる。
- 新しいスタートを切るためには、「今まさに手放すべきもの」を実際に手放していくという「終わり」から始めなければならない。それができないことには、「素晴らしきアイデア」も「心躍るような可能性」もなんら役には立たないことがわかるだろう。
- トランジションとは、自分自身の心の内なる「ニュートラルゾーン」から何か新しいものが生まれてきたとき、あるいは、そのまわりにあなたが新しい人生を気築いていけるような何かが生まれてきたときに終わる。「生まれてくるもの」とは、新しい仕事ではない。「生まれてくるもの」とは、自己に対する新たな感覚、あなたが対処する新たな現実、自分自身を前進させる新たなアイデア。
(5)何かが終わる
- 覚醒する人は前進するが、幻滅する人はそこに留まって、同じことをただ役者を変えただけで繰り返す。こうして、幻滅する人は「本当の」友だち、「完全な」夫や妻、「絶対に信頼できる」先生を求め続ける。彼らは同じ円の上を回るだけなので、真の前進や本当の発達は生まれない。
- 変化とトランジションの最も重要な違いの1つは、変化はゴールに到達するために引き起こされるもので、トランジションは現在の人生のステージにもはや当てはまらなくなったもの、あるいはそれとぴったりであるものを手放すことから始めるものであるということ。自分で自分自身のために、「もはやふさわしいとは言えなくなった」ことが何であるのかをしっかりと捉える必要がある。
(6)ニュートラルゾーン
- トランジションの機関での、明らかに非生産的なこの空白の時について、後ろめたく感じる必要はない。ニュートラルゾーンは、日々の生活における一連の活動からのモラトリアム(猶予期間)。あなたは1人になって、一見、無目的な行動を取る。そうすることによってのみ、「自己変容」という重要な内的活動に従事することができる。
- ニュートラルゾーンは、人生のほかのどこでも得ることのできないような人生の見方を提供する。そして、その視点から何度も人生を見直すことによって、真の知恵がもたらされる。
- 「なぜ自分がこのような状況にあるのか」「自分の周囲で変化が起こっているちょうどその時に、なぜ自分の人生が行き詰っているのか」いついて理解しよう。この時期に経験することから意味を見い出せる状態でいることが非常に重要。
- ニュートラルゾーンにいる時には、本当に自分の人生で何がしたいのかがわからずに、深刻な状態に陥る。覚えておこう。欲求そのものをどうにかしようとする必要はない。ただそれに気づけばよい。「あなたが何かに魅力を感じているという事実」「あなたが何かに興味を抱いているという事実」を否定し自らの行動を抑制するのは、自分の首を絞めるようなもの。
- 一生に一度くらい、何かの成果を出したり、何かをやり遂げたりしなくてもいい時があっていい。楽しい時は楽しみ、退屈な時は退屈でいる。孤独な時は孤独で、悲しい時は悲しめばいい。今の経験に対して、それ以上の反応はない。あなたが感じているものはすべて、あなた自身。あなたは、まさに1人の人間としてそこにいる。
(7)新たな何かが始まる
- 「終わり」と空白のニュートラルゾーンを体験したのちに、われわれは、新しく生まれ変わって船出できる。それは、かつての人生の構造や価値観を解体し、ニュートラルゾーンを経た旅が終わったとき。
- カギが一致しなかった場合は、出来事は出来事にすぎず、あなたはまだニュートラルゾーンの中にいる。あなたのトランジションにおけるニュートラルゾーンは終わっていない。何が終わっていないのか。それは内なる再結合とエネルギーの再補給。どちらも、ニュートラルゾーンの混沌の中にどっぷりつかることを必要とする。
- 新しい「始まり」は誰でも簡単にできるし、しかも、誰でも苦労するもの。新しい「始まり」を望む気持ちが大きい時には、まるで不幸に踏み出していくのを止めるかのごとく、自分の中のどこかで抵抗が起こる。現れ方は多少違うけれども、誰もがこうした不安と混乱を抱えている。
- 本人の願望に基づいて行動するということは、「世界にたった1人しかいない私という人間がここにいる」と宣言しているようなもの。それは、成人したころには想像もできなかったほど深い意味において、自分自身になることでもある。最初の大人になるプロセスは独立を伴うだけであるが、自分自身になることは個人の確固たる動機と自律を伴っている。
- 真の「始まり」は、たとえ外的な機会によって気づかされるような場合でも、本当はわれわれの内界から始まる。不定型なニュートラルゾーンから新しい形が生み出され、不毛な休耕地から新たな生命が息吹く。われわれはそのプロセスを支え、その質を高めることはできるが、結果を支配することはできない。
- 結局、トランジションはプロセスであって、スイッチではない。外界での新しい「始まり」が明白になり、それが急速に進むような場合でも、それに見合う内的な自己再生や復帰はゆっくりとしか起こらない。
- 結局、始まるのは「私」の人生の新しい章。私が別の人間になるのではない。「始まり」は、新しく生まれた完璧な「誰か」に起こっているのではない。トランジション・プロセスは、本当は人生航路の中の1つのループ。少し本流から外れてしばらく遠ざかり、そしてぐるっと回って戻ってくる。
3.教訓
本書の冒頭には、以下の記載があります。
個人的なトランジションにおいてしばしば体験する、まるでなにもかもが宙ぶらりんにされたような感覚は、何かの意味が見いだせれば…つまり、望ましい目標へ向かう動きの一部であるとわかっていれば、耐えられる。しかし、より偉大で有益な生き方と無関係だとすると、浮遊状態は単に来る苦しいだけである。
ニュートラルゾーンの重要性については、宙ぶらりん、モラトリアム、混沌など、表現はいろいろですが、まずはそこに浸かり急いで逃げ出そうとしないことについて、繰り返し語られていました。
そのためには、まずは「終わり」を認識し、それまで良しとしてきたものが何かを認識し、それを手放す必要があります。ずっと引きずってしまったり、現状認識できずにいると、いつまでも「始まり」を迎えることができません。
節目節目では、しっかりと自分の内なる声と向き合うことが必要であることを認識できる良書でした。

