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現代の経営(下) P.F.ドラッカー著


 

1.はじめに

先日は上巻を紹介しました。

 

bookreviews.hatenadiary.com

 

それに引き続き下巻も再読したので、こちらも印象的だった部分を引用していきます。

2.内容

(3)第Ⅲ部:マネジメントの組織構造

  • 組織は、それ自体が目的ではない。事業の活動と業績という目的のための手段である。組織の構造も手段である。間違った組織の構造は、事業活動を著しく阻害し、台無しにする。したがって、組織の分析は組織の構造から入ってはならない。事業そのものの分析から入ることが必要である。すなわち、組織の構造を検討するにあたって最初に問うべきは、われわれの事業の目標は何か、何でなければらないかである。
  • もしその機能別部門の内部に対してしか影響がないならば、意思決定は低い階層で行うことができる。そうでないならば、意思決定は、関係のある機能別部門すべてに対うる影響を検討できるだけの高い階層で行うか、あるいは影響を受ける部門の経営管理者と十分な協議のうえで行う必要がある。1つの機能、あるいは1つの領域におけるプロセスや成果の「最適化」は、他の機能や領域の犠牲のもとに行ってはならない。つまり「部分最適」であってはならない
  • 意思決定は、原則として、常にできる限り低いレベルの、現場に近いところで行うことが必要である。しかし同時に、意思決定は、常に影響を受ける活動や目標について十分考慮できる高さのレベルで行うことが必要である。
  • 組織の構造は、昨日の業績を守るのではなく、明日のための仕事の意欲と能力を育てるものでなければならない。同じように重要なこととして、組織の構造は、必要とされるマネジメントの階数の数を最小限とし、命令系統を最短とするものでなければならない。マネジメントの階層が1つ増えるごとに、共通の方向性や共通の理解が困難になっていく。目標を捻じ曲げ、関心の方向を間違えさせる。命令系統の中継点が1つ増えるごとに、緊張は増大し、余分な惰性や摩擦や弛緩がもたらされる。
  • 健全な組織は定義が困難である。しかし、不健全な組織の症状は指摘できる。組織の不健全さの症状の1つが、マネジメントの階層の増加である。あるいは、目標の貧困や混乱、無能な者の放置、権限の過度の集中、活動分析の欠如である。
  • 大企業や巨大企業は、経営管理者に対し、会社を生活の中心に据えることを期待している。しかし実は、「仕事オンリー」の人たちは視野が狭くなる。企業だけが人生であるために、企業にしがみつく。空虚な世界へ移らなければならない恐ろしい定年の日を延ばすあめに、自らを会社にとって必要不可欠な存在にしようとする。そのため若い人たちの成長を邪魔したりさえする。

(4)第Ⅳ部:人と仕事のマネジメント

  • IBMは成長したから不況時にも雇用を維持できたという言い方は正しくない。逆に、雇用の維持を約束したからこそ、IBMは成長した。この約束のせいで、IBMは新しい顧客と新しい用途を見つけなければならなかった。さらには、市場において満たされていないニーズを見つけ、そのニーズを満たす製品を開発しなければならなかった。
  • 人の一部を雇うことはできず、人全体を雇わなければならないからこそ、成果をあげるという人の能力の向上が、そのまま企業の成長と業績のための最高の機会となる。人的資源、すなわち人間こそ、企業に託されたもののうち、最も生産的でありながら、最も変化しやすい資源である。そして最も大きな潜在的な力を持つ資源である。
  • 人は他の諸々の資源とは異なり、働く働かないかについてさえ、本人が完全な支配力を持っている。独裁者はしばしばこのことを忘れる。銃をもってしても、本当の仕事を行わせることはできない。したがって、人的資源については常に動機付けが必要となる。生産性を決定するものは、働く人たちの動機である。
  • 個人の強み、主体性、責任、卓越性が、集団全体の強みと仕事ぶりの源泉となるよう、仕事を組織する必要があることを意味する。これは、組織にかかわる第一の原則である。事実上、これが組織の目的である。自己の成長が、自分自身や仲間にとっての脅威となるような状況は最悪である。
  • 人の「開発」は、他の資源のように外部からの力によって行われるものではない。それは人の特質の利用方法を変更したり、改善したりすることなどではない。人の「開発」とは成長である。そして成長は常に内から行われる。したがって仕事は、常に人の成長を促すとともに、その方向付けを行うべきものである。さもなければ、仕事は、人に特有の特質を完全に発揮させることはできない。
  • 企業は働く人たちに対し、単に肉体的な雑事を受け身的に引き受けるのではなく、企業の業績に対する責任を積極的に担うべきことを要求しなければならない。そして、まさにこの要求が大きいほど、人は正当な1日の労働さえ困難な状況において、要求に応えることが可能となる。なぜならば、要求が大きいほど大きなものを生み出すということこそ、人の特性だからである。人がものを生み出す力は、主としてその要求の水準によって決まる
  • 人は、学べば学ぶほど、学んだことを捨てることが難しくなっていく。すなわち、年ではなく経験が、学んだことを捨てることを難しくする。そしてその分、新しいことを速く学ぶことが難しくなる。働く人たちに求められる知識と技能の水準が高まるにつれ、学ぶ能力と学んだことを捨てる能力を身に付けることがますます必要になってくる。
  • 変化は、彼らの精神的な安定を明確かつ目に見える形で強化するものでない限り、抵抗を受ける。そもそも人は、脆弱にして制約されたはかない存在であって、その安全は常に不確実である。したがって、働く者に対し変化の能力を要求するためには、何よりも彼らが変化できるようにするための準備が必要である。
  • 人は自ら働くことを求める。マネジメントが直面する課題は、働く人たちの意欲を知り、彼らを参画させ、彼らの働きたいという欲求を引き出すことにある。
  • 計画と実行は、1つの仕事の2つの側面であって、2つの仕事ではない。この2つの側面を持たない仕事は、成果をあげることができない。計画の立案だけをすることはできない。仕事には実行の要素がなければならない。さもなければ成果をあげることはできない。夢を見ているだけである。計画と実行を別の者に行わせることは、食べることと消化することを、別の体で行わせるに等しい。
  • まとまりのある仕事を与えられず、要素動作だけを教えられるとき、学んだことを捨てる能力は増大するどころか減少する。そのとき働く人たちは、知識や理解でなく、経験や習慣だけを獲得する。さらにまた、計画するどころか知る必要もなく、単に実行しさえすればよいとするならば、あらゆる変化が理解不能なものと感じられ、心理的な安定に対する脅威を意味することになる。
  • 計画の能力を持つほど、仕事の責任を持つことができる。それだけ生産性も高くなる。言われたことしかできなければ、有害なだけの存在となる。
  • 1人であろうとチームであろうと、仕事を行うものは、その成果を自ら目にすることができなければならない。仕事は、それ自体1つの完結した部分である必要はない。しかし、段階としては完結したものであることが必要である。
  • 仕事は、仕事をしている者自身の働き方によってのみ、そのスピードやリズムが決められる必要がある。仕事は、その前段階の仕事のスピードによって左右されてはならない。また逆に、彼のスピードやリズムによって、次の仕事が影響されてはならない。
  • 一人ひとりの人間が、真のチームとして組織される必要がある。対立ではなく、協力のために組織される必要がある。そして個人としての仕事ぶりだけでなく、チームとしての仕事ぶりについても報奨の対象となる必要がある。チームの仕事は、一人ひとりの人間の能力と仕事ぶりが、個人とチームの双方の利益と結びつくように組織する必要がある
  • 人は何か、しかもかなり多くの何かを成し遂げたがる。そして通常、自分の得意なことにおいて何かを成し遂げたがる。能力が、進んで働こうとする意欲の基礎となる。したがって、人の配置は、あらゆる事業においてきわめて重要な要素である。特に高度の技術が必要とされる仕事においては、配置は決定的に重要である。
  • 誰か他の者が行うことについては満足もありうる。しかし自らが行うことについては、その行動と影響についての責任があるだけである。すなわち、自らが行うことについては、常に不満が無ければならず、常によりよく行おうとする欲求がなければならない
  • マネジメントの能力の有無は、まず第一に、仕事を中断することなく効率的に働けるようにすることができるか否かによって判定される。毎朝自分がメールを読み終わるまで部下を待たせ、午後にその時間を取り戻させるべく圧力をかける経営管理者ほど、コストを増大させる者はない。これらの計画性の欠如は、マネジメントに対する敬意を失わせる。働く人たちに対し、優れた仕事を要求されていないと思わせ、最大の努力をしようという気を失わせる。
  • 人は、誇れるものがあってのみ、本当に誇りを持つことができる。さもなければ偽りの誇りであって、心を腐らせる。人は何かを達成したときにのみ達成感を持つ。また、仕事が重要なときにのみ、自らを重要と感ずる。誇りや達成感や自己重視の基礎となるものは、自らの仕事についての意思決定や、自らの属する職場コミュニティの運営に対する積極的かつ責任ある参画だけである。

(5)第Ⅴ部:経営管理者であることの意味

  • 経営管理者は部分の総計を超える総体、すなわち投入された資源の総計を超える生産物を生み出す。組織としての真の総体を生み出すためには、経営管理者たる者は、そのあらゆる行動において、総体としての企業の成果を考えるとともに、多様な活動が相乗的な成果をもたらすように留意しなければならない。
  • 経営管理者は、2つの問いを一気に発する。その1つは、事業全体のいかなる成果の改善が必要か、そのためには個々の活動において何が必要かである。もう1つは、個々の活動のいかなる改善が可能か、その結果、事業全体のいかなる業績の改善が可能かである。
  • 経営管理者は部下を育成する。経営管理者は、マネジメントの仕方によって、部下の成長を容易にも困難にもする。彼は部下を正しく方向付けする。さもなければ誤って方向付けてしまう。部下の強みを引き出す。さもなければせっかくの強みを殺してしまう。部下への仕事への真摯さを強化する。さもなければ腐敗させてしまう。まっすぐ強くなるよう訓練する。さもなければ捻じ曲げてしまう。
  • 患者の切開部という狭い空間で糸を結ぶ能力だけでは外科医になれないのと同じように、目標を設定する能力だけでは経営管理者にはなれない。しかし、糸を結ぶ能力がなければ優れた外科医になれないのと同じように、目標を設定する能力がなければ一人前の経営管理者にはなれない。
  • 時間の使い方を知っている経営管理者は、計画を立てることによって成果をあげている。彼らは行動する前に考える。目標を設定すべきことについて、特に繰り返し発生する問題をいかに処理するかについて、体系的かつ徹底的に考えることについて多くの時間を使う。何度も同じ危機に直面する問題については、再発を防ぐために、原因を発見すべく時間をかける。時間はかかるかもしれないが、結局は時間の節約になる。
  • 経営者であるということは、親であり教師であるということに近い。そのような場合、仕事上の真摯さだけでは十分ではない。人間としての真摯さこそ、決定的に重要である。他から得ることができず、どうしても自ら身に付けていなければならない資質は、才能ではなく真摯さである。
  • 戦術的な意思決定は、常に一次元の問題である。状況は所与であり、満たすべき条件は既知である。問題は、既知の資源を最も経済的に利用する方法を探すだけである。重要な決定、すなわち大きな意味を持つ意思決定は、戦略的な意思決定である。それら戦略的な意思決定を行うには、まず状況を把握することが必要である。あるいは、状況を変えることさえ必要である。さらには、いかなる資源が存在するかを知ることが必要である。また、いかなる資源が必要かを知ることが必要である。
  • 戦略的な意思決定には5つの段階がある。問題の定義、問題の分析、複数の解決案の作成、解決策の選定、効果的な実行である。
  1. 問題の定義:一見して重要な要因が本当に重要であったり、あるいは関係があったりすることは稀である。それらのものは、せいぜい兆候にすぎない。しかも、最も目立つ兆候が問題のカギであることは稀である。したがって、意思決定において最初の仕事は、本当の問題を見つけ、それを明らかにすることである。
  2. 問題の分析:適切な意思決定を行うためには、あらゆる事実を把握することは必ずしも必要ではない。ただし、意思決定にどれだけの危険が伴うかを判断し、意思決定の結果としての行動にどれだけの厳密さ求められるかを判断するためには、いかなる資料が欠落しているかはあらかじめ知っておかなければならない。もちろん、情報の入手が不可能であれば、推測が必要になる。推測が正しかったか否かは、あとになってみなければわからない。したがって、意思決定についても、「優れた診断をする者は、正しい診断を多く行う者ではない。間違った診断を早く見つけ、ただちに改める者である」という医者についての言葉がそのまま当てはまる。
  3. 複数の解決案の作成:複数の解決案を考えることこそ、それまで当然のこととしてきた前提に光を当て、調べ、その有効性を調べざるをえなくするための唯一の方法である。もし問題を徹底的に検討していたなら気づいたであろう意思決定の誤りを防止してくれる。いかなる解決案があるかは、問題によって異なる。しかし、常に、いかなる行動もとらないという解決案は検討しなければならない。何の行動も取らないという意思決定によって、いかなる結果がもたらされるかを列挙することである。
  4. 最善の解決策の選択:慣行を変えなければならないときは、一歩ずつ慎重に、ゆっくりスタートし、初めのうちは絶対に必要なこと以外は行ってはならない。手に入る人材以上の能力が要求されるならば、それらの人材がより多くのことを行えるよう努力させるか、それらのことを行えるものに交代させる必要がある。意思決定の結果を実行すべき人間が全くいなかったり、必要なところにいなかったいるするために、紙の上ではうまくいくはずでありながら、実際には失敗してしまうようでは、問題を解決したことにはならない。
  5. 意思決定の実行:いかなる解決策といえども、実行に移されて成果をあげなければならない。解決策を実行に移すためには、その実行に当たるべき人たちが、自らの行動において、いかなる変化を期待されているかを理解していることが必要である。また、彼らとともに働くべき人たちの行動において、いかなる変化を期待すべきかを理解していることが必要である。
  • 経営管理者に特有の仕事の意味を真に理解することのできる者は、目標を設定し、人間を組織し、コミュニケーションを図り、動機付けを行い、仕事を評価し、人間を育成したことのある者だけである。そのような経験がなければ、経営管理者に特有の仕事として提示されるものも、抽象的で生命のない形だけのものとしか理解できない。
  • 実に新しい課題は、明日の経営管理者に対し、哲学をもってあらゆる行動と意思決定を行い、知識や能力、技能だけでなく、ビジョンや勇気や責任や真摯さをもって人を導くことを要求する。つまるところ、いかなる一般教養を有し、マネジメントについていかなる専門教育を受けていようとも、経営管理者にとって決定的に重要なものは、教育や技能でなく真摯さである。

3.教訓

邦題では「現代の経営」となっていますが、原題は「The Practice of Management」であり、現代という表現は含まれていません。その原書が発刊された”現代”とは1954年のことですが、70年近くたった本日でも、普遍の真理を教えてくれる良本です。

自身は経営管理層ではなく、中間管理職の身であっても心に響く部分は多く、自身がボトルネックになってはならず、自身が手の届く範囲に限った部分最適を目指してはならず、期待をかけて変化を求めねばならないことを意識しないといけないと思います。

上巻の「教訓」にも、「自身が示す方向性によって、個々人の能力や考え方、組織全体のパフォーマンスが上にも下にも行ってしまうことにつながるので、改めて身の引き締まる思いを感じました」と記載したことについて、さらに思いを強くしました。

また、巷では「無いものねだりをせずに今ある人材でパフォーマンスをあげることを考えるべし」という記載を見かけますが、本書では「人材以上の能力が要求されるなら、それができる者に交代させる必要がある」と記されています。

 

さすがに困難な課題であると感じたときには、人材の手当てもあわせてお願いするという選択肢があると思えるだけで、少し気分が楽になるように思えます。