1.はじめに
大東亜戦争が開戦したあとの日本の「戦い方」「負け方」に焦点を絞り話が展開します。
序章や背表紙にも記載されているように、戦争における諸作戦の失敗を組織としての日本軍の失敗ととらえなおし、これを現代の組織にとっての教訓、あるいは反面教師として活用することが、最も大きなねらいです。
具体的には、「ノモンハン事件」「ミッドウェー作戦」「ガダルカナル作戦」「インパール作戦」「レイテ海戦」「沖縄戦」の6事例を採り上げ、個々のケースにおける失敗の内容が詳細に分析されています。
文庫版になる前の初版は1984年と、当時から相当な時を経ていますが、今読み返してみても、現在の組織にも当てはまる内容となっており、色あせない価値があると思います。
2.内容
(1)失敗の事例研究
①ノモンハン事件
敵状不明なまま用兵規模の測定を誤り、いたずらに後手に回って兵力逐次使用の誤りを繰り返した。情報機関の欠陥と過度の精神主義により、敵を知らず、己を知らず、大敵を侮っていた。
②ミッドウェー作戦
本来の主眼は米空母軍の捕捉撃滅することであり、ミッドウェーの占領そのものではなかった。ところが、山本長官は第一機動部隊の南雲司令官に、この作戦の目的と構想を十分に理解・認識させる努力をしなかった。
③ガダルカナル作戦
作戦司令部には兵站無視、情報力軽視、科学的思考方法軽視の風潮があった。本来的に、最前線からの個々の戦闘の経験が戦略・戦術に機能的に反映させるシステムが生まれていれば、環境変化の果敢な対応策が遂行されるはずであった。しかしながら、最前線からの作戦変更はほとんど拒否されたし、大本営のエリートも、現場に出る努力をしなかった。
④インパール作戦
「必勝の信念」という非合理的信条も、積極性と攻撃を同一視しこれを過度に強調することによって、杜撰な計画に対する疑念を抑圧した。戦況悪化に伴い、作戦中止は不可避だったが、牟田口司令官は「顔色で察してもらいたかった」といい、河辺司令官は牟田口が口に出さない以上、中止の命令を下さなかった。それ以上に重要なのは、計画が上級司令部の同意と許可を得ていくプロセスに示された「人情」という名の人間関係重視、組織的融和の優先であり、作戦中止の決定の場合にも顕著に表れた。
⑤レイテ海戦
作戦成功のための第一条件は、まず何よりも作戦目的の明確化であり、それが作戦参加の主要メンバーによって共有されていること、さらに目的の遂行のための自己任務の認識が正確になされていることが不可欠である。作戦の立案者と遂行者の間に戦略目的について重大な不一致があった。
⑥沖縄戦
現場の第三二軍は、自軍の基本任務の解釈について、上級司令部に指導・調整をまったく仰ぐことなく独自に処理した。したがって、航空決戦を本質とする大本営の作戦計画と、戦略持久を策する第三二軍の地上作戦計画とは、事前に全く接合されることはなかった。軍事合理主義に徹するとすれば、かかる状況においてこそ、上下の接合を図る努力が傾注されるべきであった。
(2)失敗の本質
- 目的のあいまいな作戦は必ず失敗する。それは、軍隊という大規模組織を明確な方向性を欠いたまま指揮し、行動させることになるから。本来、明確な統一的目的なくして作戦はないはず。
- 正規軍同士の作戦展開にしても、「察し」を基盤とした意思疎通がまかり通ったことの背景には、大本営の戦略目的が不明確であったという事実がある。中央部の意図・命令・指示はあいまいであり、成り行き主義が多かったとの受け止めがある。
- 結局、日本軍は6つの作戦すべてにおいて、作戦目的に関する全軍的一致を確立することに失敗している。この中には、いくつかの陸海協同作戦も含まれていたが、往々にして両者の妥協による両論併記的折衷案が採用されることが多かった。
- 日本軍のエリートには、概念の創造とその操作化ができた者はほとんどいなかった。「神明の加護」などの抽象的かつ空文虚字の作文には、それらの言葉を具体的方法にまで詰めるという方法論が全く見られない。したがって、事実を正確かつ冷静に直視するしつけを持たないために、フィクションの世界に身を置いたり、本質に関わりない細かな庶務的仕事に没頭するということが頻繁に起こった。
- 日本軍の戦略策定が状況変化に対応できなかったのは、組織の中に論理的な議論ができる制度と風土がなかったことに大きな原因がある。
- 本来、戦術の失敗は戦闘で補うことはできず、戦略の失敗は戦術で補うことはできない。とすれば、状況に合致した最適の戦略を戦略オプションの中から選択することが最も重要な課題になるはず。ところが、戦略発想は固定的だった。
- 戦略は進化すべきものであり、様々な変異が意識的に発生され、有効な変異のみが生き残る形で淘汰が行われるという進化のサイクルが機能していなければならない。組織が学習する主体として自己自体を作り変えていくという自己革新的ないし自己超越的な行動を含んだ「ダブルループ学習」が不可欠である。
- 組織目標と目的達成手段の合理的、体系的な形成・選択よりも、組織メンバー間の「間柄」に対する配慮という集団主義的原理が、作戦展開・終結の意思決定を遅らせることによって重大な失敗がもたらされた。
- 個人的なやり取りでは、作戦の統一性・一貫性を欠くことにつながった。個人による統合は、一面、融通無碍な行動を許容するが、他面、原理原則を書いた組織運営を助長し、計画的・体系的な統合を不可能にしてしまう結果に陥りやすい。
- 個人責任の不明確さは評価をあいまいにし、評価のあいまいさは論理よりも声の大きな者の突出を許容する。このような志向が、作戦結果の客観的評価・蓄積を制約し、官僚的組織における下剋上を許容していった。
(3)失敗の教訓
- 戦略の実行は、組織行動、管理システム、組織行動の相互作用を通じて遂行される。これらの相互作用の中から、何らかの組織のパフォーマンスが生み出される。戦略・戦術が意図したものと、実際の結果との間にパフォーマンス・ギャップがある場合には、それは戦略と実行が環境変化への対応を誤ったか遅れたかを意味するので、新しい知識や行動様式が探索され、既存の知識や行動様式の変更ないし革新がもたらされる。
- 組織の環境適応は、仮に組織の戦略・資源・組織の一部あるいは全部が環境不適合であっても、それらを環境適合的に変革できる力があるかどうかがポイント。つまり、1つの組織が環境に継続的に適応していくためには、組織は環境の変化に合わせて自らの戦略や組織を主体的に変革することができなければならない。こうした能力を持つ組織を、「自己革新組織」という。
- 組織の戦略原型が末端にまで浸透するためには、組織の成員が特定の意味や行動を媒介して特定のものの見方や行動の型を内面化していくことが必要。このようなパラダイムの浸透には、リーダーの言動による影響力が大きい。
- 組織学習には、組織の行為と成果との間にギャップがあった場合には、既存の知識を疑い、新たな知識を獲得する側面があることを忘れてはならない。組織としての既存の知識を捨てる学習棄却、つまり自己否定的学習ができるかどうかということ。
- 適応力のある組織は、環境を利用して絶えず組織内に変異、緊張、危機感を発生させている。あるいはこの原則を、組織は進化するためには、それ自体を絶えず不均衡状態にしておかなければならないといってもよい。不均衡は、組織が環境との間の情報やエネルギーの交換プロセスのパイプをつなげておく、すなわち開放体制にしておくための必要条件である。
- 進化は、創造的破壊を伴う「自己超越」現象でもある。つまり、自己革新組織は、絶えずシステム自体の限界を超えたところに到達しようと自己否定を行う。進化は創造的なものであって、単なる適応的なものではない。
- 日本軍は往々にして、その自己超越は合理性を超えた精神主義に求められた。そのような主義的極限追及は、そもそも初めからできないことがわかっていたものであって、創造的破壊につながるようなものではなかった。
3.教訓
まずは、組織の目的や方向性について、チーム構成員がそれぞれ同じ思いを共有することが第一歩です。そして、何でも本音で言い合えるオープンな雰囲気にし、「誰が言ったか」ではなく、「何を言ったか」で論理的に判断することが重要で、当該内容に基づき柔軟に進化していく組織作りが求められます。
そうしないと、面従腹背な組織が出来上がり、いざというときに何も決められず、何も実現できないという結果が待ち受けることになります。
このように、戦争を経験したことのない現代のビジネスパーソンにとっても、示唆に富む内容が盛りだくさんとなっており、何度読み返してもうなずく場面の多い良書だと思います。