管理職おすすめの仕事に役立つ本100冊×2

課長経験者が身銭を切る価値のあるのおすすめ本だけを紹介するページ(社会人向け)

再雇用という働き方 ミドルシニアのキャリア戦略 坂本貴志 松雄茂 著

1.はじめに

坂本さんの本は「ほんとうの定年後」も拝読しました。

その際も40を超えるはてなスターをいただき、私のページを訪れていただいた皆さんの、定年後に対する関心度合いも高かったものと推察しています。

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私自身も50代を迎え、いわゆる”ミドルシニア”に入った実感が湧いています。まだ定年や再雇用には少し時間がありますが、今のうちから再雇用とは何かを勉強しておけば、その時期に向けて何か取り組めることがあるのではと考え、手に取りました。実際、今読んでいて良かったな、と強く思える内容でした。

以下では、自身にとって印象の強かった箇所を引用して紹介していきます。

2.内容

  • 再雇用は定年後に取りうる選択肢の中でも有力なひとつ。これまで勤め続けてきた会社で65歳まで働くことができるということはすべての労働者が持つ権利であって、その選択肢は前向きに検討してもよいのではないかと思う。
  • 定年後も長期に継続雇用される時代になれば、働く人たちも従来型のキャリアパスを見直し、現代における新たなキャリアビジョンを描かなくてはならない。ポストオフ後の期間が10年ものスパンとなると、ポストオフ後の長いキャリアについて、ミドルシニア自身が本格的に考えなければならなくなる。役職を降りた後も活躍し続けられるように、キャリア設計を考え直す必要が出てきた。
  • 役職についたら上がりと考えるのと、役職についた後もいずれプレイヤーに戻ることを前提として考えるのとでは、キャリア全体の設計は根本的に変わってくる。役職についてからも、プレイヤーとして成果を残せる状態を保っていく、従業員側もキャリアの構造を考え直すことが必要な時代になってきた。
  • これまでは「子どもの進学がある」「まだ住宅ローンがある」と、家族のために、子どものためにというのを支えに頑張ってきたものが、子どもが大学を卒業して手を離れ、住宅ローンが終わると、働くミドルシニアの意識は一気に変わる。もうこれ以上頑張らなくていい。多少収入が減ることがあっても大きく困ることはない。このような心境の変化は、定年後の就業の選択に決定的な影響を与えるもの。
  • ポストオフ前は、仕事に全力を尽くして生きていく、多少無理をしてでも大きな成果を出したい、といった人が多かったと思われるが、ポストオフ後は「自分なりのペースで働きたい」という考え方に変化する。
  • いい意味でのモチベーションの変化や価値観のトランジションに成功した人は、定年後の仕事でも充実感を得ることができている。トランジションしきれずにフラストレーションが溜まるというのであれば、現役世代と同じモチベーションを得ることを求め、転職や独立、副業という別の選択肢を検討することも考えられる。どちらか一方の選択が正しくて、もう一方が間違っているというわけではない。どのような選択をするにせよ、ポストオフ後は現役時代からの変化に向き合い、自身の持つ選択肢の中からキャリアを選択していくことが求められる
  • 他の人が手一杯のときに「それ、やってみるよ」とできなくて困っている人がいたら率先して手を挙げた。こうした行動を積み重ねていくと、自分でも気づかないうちにその領域に社内で最も精通する社員の1人になっていた。自ら実際に手を動かしてアウトプットを創出できるようになり、その結果は上司も認めるところになっていった。これがまた新たな仕事のアサインにつながり、自分の居場所や貢献の仕方が明確になることで、仕事が楽しくなるという循環が起きた。日々の業務における地道な1歩1歩の取り組みこそが、リスキリング、アンラーニングの実際の姿だと考える。
  • よくよく考えてみれば、本来、自分の仕事が終わったら帰る、自由に休暇を取ること自体は決して悪いことではないはず。社員本人が望むのであれば、ある程度短時間の仕事で働くことも、仕事の範囲を狭めることも許されるべきこと。従来のように将来の出世を願い、難しい仕事に挑戦する人ばかりいるということの方が特殊。多様な働き方が認められる職場づくりは、マネジャーの重要な役割の1つ
  • マネジャーからの期待に対して「そこまでがむしゃらに働きたいわけじゃない」と感じるミドルシニアがいることも忘れてはならない。しかし、期待とは一律にバリバリ働いてもらうという意味ではない。同じ目標を追う仲間として力を貸してほしいということであれば、自分なりに働きたいと考えているミドルシニアも、それならもう少し頑張ってみようと思うのではないか。その「もう少し」は、人それぞれでいい
  • 誰しもこれまでと同じ土俵で戦うことが難しくなるタイミングは、どこかで必ず訪れる。そうなれば、これまでとは何か違った形で仕事に意義を見出すことも考える必要があるだろう。70歳雇用もありうる時代において、多くの人のキャリアは拡張するだけのものではなくなっている。転機に向き合うのがつらいからといってそれを避けていれば、自分を取り巻く環境変化に対して適切に対処できなくなってしまう。
  • これまでの仕事の中で嬉しかったこと、印象に残っていること、腹が立った瞬間、悲しかったことは何か。そして、それにチラシ併せてシニア期にやりがいを持てる仕事はどこにあるのか。これを機会に、改めて自分の内面を見つめてほしい。それもミドルシニア期に必要な準備。小さな準備を積み重ねていこう。私たちは70代まで働くかもしれない時代を生きている。小さな準備でも、これから10年超の年月の過ごし方には大きな差が生じる

3.教訓

私は少し早めにポストオフを経験したこともあり、本書に書かれている内容は強い実感をもって受け止めることができました。読み終えた今の段階では、「必ず再雇用を受けよう」「転職して再び管理職を目指そう」「できる範囲で好きなことをやろう」といった具体的な進路を決めているわけではありません。ただ、いずれは何らかの選択を迫られる時期が必ず来ること、その時に備えて準備を始めておく必要があることは、強く感じています。

あと数年で、60歳を迎える前に下の子どもが大学を卒業します。相続した預金で住宅ローンの一部を返済したこともあり、ローン完済も徐々に視野に入ってきました。そう考えると、「自分の好きなことに時間を使ってもよい」と思える土台が整いつつあります。その頃には、今さら再出世を目指したり、一回り年の違う後輩たちと真っ向勝負をするような状況でもないだろうと想像しています。

だからこそ、その時になってから「自分は何をしたいのか」を考え始めるのでは、少し遅いのだろうと思います。今は、キャリアコンサルタント産業カウンセラーの資格を活かし、人の話に耳を傾けて支援するような副業を始められたらいいな、と漠然と考えています。そのために、数年後を見据えてどんな準備が必要なのか、どこまで自分にできるのか、そして本当にそれが自分の望む道なのかを含めて、少しずつ考え始めたいと思っています。

具体⇆抽象トレーニング 細谷功 著

1.はじめに

細谷功さんの本とは、「地頭力を鍛える」が最初の出会いでした。

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それ以来、本書はずっと前から気になっていました。

というのも、書店で新書のコーナーでは平積みされて見かけることが多く、帯にも以下のような問題が表示されています。

「問題」以下のものの共通点はなんでしょう?

・目覚まし時計 ・懐中電灯 ・旅行代理店 ・カメラ ・お金

この正解が知りたい人は、ぜひ購入して49ページを確認いただければと思います。

以下では、特に印象的だった部分を10点に絞って引用して紹介します。

2.内容

(1)具体と抽象

  • 具体病というのは思考停止した状態で、このような人の仕事は真っ先に機械に置き換えられていくことになる。指示が全て具体的になっていれば、それは機械でも実行可能だから。AIやロボットが次々と人間のやっていることを代替していく時代、これから必要になってくるのは、具体的な事象を抽象化して応用を利かせることで「言われていない」ことまでを能動的に実施できる人材
  • 抽象度が上がれば上がるほど一般的になり、具体性が上がれば上がるほど特殊な個別の事象になっていく。このために抽象度が高い表現であればあるほどカバーする範囲が広くなり、知的対象の範囲が広がっていくことになる。つまり、抽象度が高くなればなるほど言葉の汎用性が上がり、1つの言葉で表現できる対象の数が増えていく
  • 物事の優先順位を常に意識している人は、抽象度の高い視点で物事を見ている可能性が高く、逆に「全て大事」となかなか優先順位がつけられず、「何も捨てられない」と考える人は具体的な世界にどっぷりと浸っている可能性がある。このことは、戦略的な思考に抽象化の視点が不可欠であることを示している。戦略的に考えるための重要な視点が「優先順位をつけること」であり、それを基にして「捨てること」だから。

(2)抽象化とは? 具体化とは?

  • 「一言で表現する」というのは、必ずその場での目的によって異なる。目的を考えるというのは抽象化と表裏一体であることを意味する。抽象化とは「都合の良いように切り取ること」。ここでいう「都合の良い」というのがその時々の目的にマッチしたということを意味する。
  • 特定の特徴だけを抜き出すことが抽象化であるとすれば、別の言い方をすれば、抽象化とは数多い情報の中から特定のものを抜き出す反面で、逆に不要なものを捨てるということ。つまり、抽象と捨象は表裏一体の関係。したがって、抽象の世界は必然的に「全てをありのままにとらえる」リアリティからは遠くなる。具体派の人はリアリティにこだわることが多いために、抽象化することを良心の呵責によってできないことが多い。
  • 抽象化が共通点を見つけることだとすれば、具体化は相違点を明確にしていくこと。このことは後述するコミュニケーションギャップの大きな要因。常に共通点や一般則を探しにいこうとする「抽象派」と、相違点を探しにいこうとする「具体派」の対立も永遠の課題と言える。違いを探しにいこうとするというのは、自分やその属する世界を特殊だと思うマインドセットと表裏一体のもの。

(3)アナロジーの応用 具体と抽象の使用上の注意点

  • 抽象レベルの「幹」のメッセージを出したい人は、「極論で言い切る」という手法を取る。ところが、それを見た具体派の人たちは、切り捨てられた枝葉が気になって仕方ない。そこで「こんな葉っぱもこんな枝もある」と反論するが、当の言い切った側の人は「そんなことはわかった上で切り捨てている」。従って「都合の悪いために切り捨てられた枝葉」を大事に思う人からは常に反論が出る。
  • 対極にある軸をちょうど真ん中の「0」の点を折り目にして、両端を合わせる形で図の真ん中のように「折り曲げて」みる。そうすると、両極端だった「成功」と「失敗」が同じ場所で重なり、その対極が「どちらでもない」という構図になる。このように物事を見ると、全く違った世界観が現れる。
  • 管理職が部下に仕事を任せていくときに、「全て自分でやりたい人」はなかなか部下に仕事を任せることができないというのは、「仕事の質に自分なりのこだわりを持つ職人気質のラーメン屋」は間違っても自分の味をカップラーメンにするなどということはしないであろうという点で、これらの構図は「ほぼ同じ」。
  • 「お前は間違っている」とか「この意見のほうが正しい」といった「正しい」「間違い」の議論を始める前に、そもそもそれはどういう状況で起こっているのか、それを語っている人はどんなことを狙ってその行動を取ったのか、その時にどんな制約状況があったのかといったことを十分に確認する。それをしないまま行われる議論は、そもそも議論にすらなっておらず、「自分の正しさを証明する」ためのものでしかないということを自覚すれば、世の中の無用な軋轢は減らせるのではないかと思う。

3.教訓

担当者として日々手を動かしている人が、その業務に最も詳しいのは間違いありません。だからこそ、細かな違いにも敏感になり、些細な差異が気になったり、入口から出口までの全プロセスを余さず報告したくなったりします。
しかし、受け取り手が同じレベルの情報量を求めているとは限りません。抽象度の高いタイプは「結局、何が言いたいの?」と要点を知りたがり、具体的なタイプは「そんなに簡単にまとめられるものではない」と感じます。これは職場で非常によく起こるすれ違いです。
具体も抽象もどちらも大切であり、その場で求められている粒度を柔軟に切り替えられることが理想だと思います(もちろん簡単ではありませんが)。


このブログではテキストのみで説明していますが、本書には「横の世界と縦の世界」を三角形の図で示した解説や、上司と部下の関係をリレーのバトンパスに例えた図など、視覚的な補足が多く盛り込まれています。文章と図表を行き来しながら読むことで理解が一段と深まるため、ぜひ実物を手に取って読んでみることをおすすめします。

プロカウンセラーの共感の技術 杉原保史 著

1.はじめに

「プロカウンセラーの」シリーズは多くを読んでいます。

杉原さんの著書も以前に読んで投稿しました。

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いろいろと話を聴く勉強をするなかで、読んで自分なりに咀嚼できる内容が増えてきました。

2.内容

  • 共感は、個人の境界線を越えてあなたと私の間に響き合う心の現象、つまり、「人と人とが関わり合い、互いに影響し合うプロセス」のこと。だから共感は、ただ相手とぴったり同じ気持ちになることを指すわけではない。むしろ、互いの心の響き合いを感じながら関わっていくプロセスであり、それを促進していくための注意の向け方や表現のあり方などを指すもの。
  • 相手の言っていることに同意できるかできないかは、差し当たり置いておく。もし今あなたが相手に共感することを目指しているのなら、相手の言っていることにあなたが同意できるかできないかは、どうでもいいこと。共感するという作業にとって、自分の意見は関係ない。それが「相手のための時間」ということであり、「相手中心」ということ。
  • 共感は受動的で終わるものではない。感じられたものは、”表現される”必要がある。”伝えられる”必要がある。これは共感の能動的で積極的な面。これもまた受動的な面と同じくらい重要。
  • 「共感」は、常に「受容」とセットで実践される。「受容」とは、どんなに不合理だと思えても、間違っていると思えても、相手の思いや気持ちを、そのままに、ありのままに、受け容れること。価値判断を留保し受け止める態度が受容であり、そこで感じられることに注意を向けて感じ取ることが共感
  • その人は現状において何か問題があると感じ、”変化”が必要だと感じているからこそ、あなたに相談している。だから、その人のありのままを受容すると同時に、変化をサポートする必要がある。その人に変化を促すような働きかけをすることが必要。何も特別に高度な援助の話をしているのではない。専門的な知識も技術もいらない。「一緒に考えよう」、ただそれだけのこと
  • 話し手がか細い声で「もう頑張れない」と言っている。「もう頑張れないんだね」という反射もありえる。例えば「限界まで頑張ってきたんだね」と反射することができる。もう頑張れないということは、そこまでものすごく頑張ってきたということを意味している。「もう頑張れないんだね」と「限界まで頑張ってきたんだね」とでは、伝えられるニュアンスにはかなりの違いがある
  • 共感とは”深めていくもの”。最初から相手の気持ちがピタリと分かる人などいない。分からなくてもいい。ギャップを感じていい。それを急いですぐに分かろう、ギャップをなくそうと焦らないこと。「分からない」と分かったこと、「ギャップがある」と分かったこと、それがすでに接近の動きを作り出している。だから、関心を持ってそこに注目するだけでいい。
  • 「淋しいんですね」とコメントするのは、話し手が淋しいという感情に触れるのを促進したいと思うから。話し手が「淋しんですよ」とか「淋しいなぁ」と素直に言えるような地点までガイドしたいと願うから。残念ながら「淋しんですか?」というコメントは、たった1文字違うだけだが、この目的には全く適しない。このコメントは、話し手に「私は淋しいんだろうか?」と内省させるよう誘導する。
  • 重要なことこそ、なかなか語ることができないもの。けれども、全く姿を現さないわけではない。語られることの中に微妙な形で現れる。特徴的な言葉の選び方や、不自然に力みのある考え方、また声、姿勢、視線、態度や振る舞いに現れる。それから得られる印象と話された内容が織りなす綾の中に、ぼんやりとした影としておぼろげに現れる。その影に声を与え、言葉を与えることが深い共感
  • 声に表された感情のニュアンスと、話される内容とが調和しているかどうかを感じ取るようにする。聴き手が話の内容ばかりに注意を向けていると、声の変化に気づかず、そこを素通りしてしまうことが多い。聴き手が話し手の声の変化に気づき、「あなたはその仕事がとても好きなんですね。今、生き生きとした感じで話していましたよ」と返すことはとても有用。
  • 相づちを打つときには、音声のレベルで調子を合わせる。ダンスのステップを踏むように、デュエットで歌うように。相手の声を聴くようにしていけば、自然に調子が合ってくる。また、相づちはどこで打つかとともに、どこで打たないかが重要。さらに、どこで強く打つかとともに、どこで弱く打つかが重要。
  • 悩んでいる人、苦悩している人、ストレスを抱えている人は、ほとんどの場合、何らかの葛藤を心に抱えている。共感的な対応をするためには、話を聴いてそうした葛藤に出会っても、性急に白黒つけようとしないことが大切。1つのコメントの中に葛藤の両面を穏やかに描き出すことができるとよい。その際、葛藤の両面をつなぐときに「そして」「それと同時に」「その一方で」といった接続詞を使う。そしてコメント全体を「穏やかな声」で言う。
  • 共感を示すことは、しばしばチャレンジであり、賭けでもある。もしかすると「あんた何言ってんの?」「見当違いもいいとこです!」「あなたの目は節穴ですか?」などと一蹴されたり、怒られたりするかもしれない。関係が破綻するかもしれない。そんな危険を冒してでも言葉を発する。それでもいいから、相手のために伝えたいことを伝える。伝えないときっと後悔するから、怖くても、思い切って(ただし穏やかに)そういう思いを伝える。それが共感
  • たしかに、聴き手のほうが動揺した姿を見せてしまっては話し手に気の毒だという配慮は分かる。けれども、話し手がそのように専門家ぶった立場を守ろうとしていては、真あなたが驚いていないのなら、わざと驚くことはない。けれども、内心では驚いているのにそうした生き生きした反応を隠すことこそがより専門的な関わり方だと考えているとすれば、残念でならない
  • 「自分の気持ち」に注意を向けることをしない習慣を長年にわたって発展させてきた人の場合、単に「そのときあなたはどんなふうに感じましたか?」という質問をシンプルに尋ねるだけでは、いったい何を尋ねられているのか、質問の意図がピンときていないことが多いもの。そういう場合には、自分の気持ちに注意を向けるとはどういうことなのか、ありうる例を具体的に示しながら分かりやすく導いてあげることが必要。
  • 「つらいんですね」と言葉をかけて、拒否されてしまったなら、そのことを受け容れること。そして「あなたのつらさは他の誰にも分からないね」と言ってみるとよいかもしれない。関わり手が「あなたは共感されたくないんですね」と話しかけたり、あるいは「あなたのつらさは他の誰にも共感なんてできないね」と話しかけたりするとき、そうした働きかけ自体が、共感的なものになりうると言える。

3.教訓

産業カウンセラーの体験学習では、
「クライエントが口にした言葉そのものよりも、実際に言いたかったことは何か」
「そのときクライエントはどのような気持ちでいるのか」
を常に考えるよう、繰り返し指導を受けました。
また、カウンセラーが感じ取ったことを伝えた際に、もしクライエントの気持ちと違っていたとしても、率直に「違います」と返してもらえること自体が、信頼関係が築かれている証拠――そんな言葉もいただきました。
本書を読み進めるうちに、当時の指導者の言葉が鮮やかに心に蘇ってきました。
さらに、次の内容が強く印象に残りました。

  • 悩みや苦しみ、ストレスを抱えている人は、ほとんどの場合、心の中に何らかの葛藤を抱えている
  • その葛藤の両面をつなぐときには、「そして」「それと同時に」「その一方で」といった接続詞を用いてコメントする

話し手は、理想と現実のギャップに悩み、葛藤や戸惑いを感じているからこそ、聴き手の前で語っています。聴き手が「両面を理解していますよ」と伝えることで、話し手は「あぁ、自分の思いを受け止めてもらえている、理解してもらえている」と感じられるのだと思います。
本書には、話を聴く際にぜひ実践したいと思える内容が数多く詰まっており、まさに良書でした。